5章 6話
作者、もう期末試験以来に本気出しちゃいました。
先生は、千秋さんの正面で止まり、苦しそうに語る。
「真相を言うとね、彼女があの日、あんな時間まで残っていたのは、君のためだよ。
君に、君のためだけに創った物語を贈りたいのだと…そう彼女は言っていた。」
…先輩の言っていた大事な人は、やはり千秋さんだったのか。
千秋さんが先輩の妹だとわかった時から、そうではないかと思っていた。
先輩があんなに遅くまで残ってあの物語をつくっていたのは千秋さんのためで、そこに千秋さんが勘繰るような事情はなかったのだ。
つまり、千秋さんの起こしたこの事件は完璧に、勘違いが拗れた逆恨みだった、ということになる。
もっとも、一人で帰らせたことに関しては責任があったかもしれないが、雨天の風の強い日だからと言ってあの事故を予測することなど、それこそ神でもないと不可能だ。
千秋さんが白石先生と面識があり、語り合って悲しみを共有していれば避けられたすれ違い。
そんなくだらないことで夕たちは殺されたのかと思うと、怒りを覚えると同時に疑問を感じる。
どうして千秋さんはああも頑なに、事故に疑いを持ったのだろう。
姉の死を受け入れたくないがゆえの暴走だと考えるのが自然なのかもしれないが、それがどこか棘のように心に引っかかっている。
千秋さんは目に見えて混乱している。
先生の告白を聞くと、力無く膝から木の床に崩れ落ちた。
「嘘。…そんなの嘘よ!
だって私はそう聞いて…!」
天に届かんばかりに、千秋さんは吼える。
けれどその声にもう憎悪はなく、ただただ見開いた目から伝い続ける涙と共に、哀しみを吐き出すだけだった。
「いいや、本当だよ。」
柔らかなその声を哀しみに染め、先生が言った。
しばらく彼女は放心していたが、突如として笑い出す。
それは紛れもない、自嘲の笑みだった。
「あはは。結局、私は舞台の上で踊る、道化師だったのね。
…でも、人の命を奪った私にそんな言い訳をする権利なんて、ないわ。」
千秋さんは一同白石先生の顔を見ると、天を仰いだ。
透明な泪がすうっと頬を伝っていくのが、彼女の台詞とは場違いに綺麗で、魅入られる。
きっとこの泪も、降り続ける雨に紛れてしまうのだろう。
再び、彼女が口を開く。
いっそ淡々とした口調だったが、雄弁に彼女の虚無感と悲哀を物語っていた。
「…そして、全ては掌の上のことよ。
あの___っ!?」
彼女が話している途中で不意に小さな地震が起きた。
おそらく物を少し揺らす程度の威力しかなかっただろうが、部屋に鎮座していた重厚な本棚が、バランスを崩して彼女のいる方に倒れこむ。
私たちはとっさにしゃがみこんだり、近くの壁に手をついた。
なんで…。重量があるから、早々倒れたりしないはずなのに…!
一瞬のことで、反応できる人などいない。
いや、いなかった…彼女以外には。
本棚は千秋さんだけでなく、そのすぐ前に立っている白石先生にも襲いかかる。
本が本棚から飛び出て宙を舞うのが、冗談のようにゆっくりと感じられる。
私は落下する本の隙間から、千秋さんを見た。
千秋さんが瞬時に白石先生を私たちの方に力一杯突き飛ばすと、膝をついた不安定な状態だった彼女はその勢いで反対側、つまり本棚の方にへたり込んだ。
最後に垣間見た彼女の表情は、頬に涙の跡が残る、満足げな笑顔だった。
…彼女が笑顔をみせるのは、これが初めてのことだった。
そして、これが最期。
本棚がついに倒れこみ、千秋さんの華奢な体躯は無残にも押し潰される。
一瞬の轟音。
うっすらと舞う埃に私たちは目をかばい、顔から手を退けた頃には、もう遅かった。
散乱する本の海の中で、本棚と床の隙間から、つー、と血が流れ出ている。
皆呆然としてしまい、動けなかった。
しかし、一拍の後、一番最初に正気に戻った逸樹が生死を確認しようと近付いていった。
突き飛ばされて床に倒れていた白石先生が、続いて立ち上がる。
千秋さんの体の大半は本棚の下敷きだが、かろうじてはみ出している右腕をとり、逸樹が皆の注目を浴びながら、脈をとった。
奇しくも、その右腕は白石先生を突き飛ばした時に彼女が伸ばした腕だった。
逸樹は首を左右に振る。
彼女は死んでいた。
そして事件は幕を閉じた。
幕を閉じた、と環ちゃんは思ってるんでしょうねぇ…。(にやにや)
まだ続きます。
でも、次話からタグ詐欺だろって感じだった、ファンタジーが若干入ってきます。
俺は本格ミステリーしか認めねぇ!という方は、ここで読みやめて、後に更新されるエンディングまでスキップするのをお勧めします。
まあ実は今までの時点でファンタジーは既に入っていたんですけど、気付いてましたか?
佐久間君の正体や、黒幕が知りたい方はお待たせしました。
そろそろ出します。
次からの2話をみれば、察しの良い方はお気づきになると思います。
それでは。




