5章 2話
申し訳ありませんが、4〜7日は私用のため、更新が停滞しそうです。
夕の部屋の前で、私は立ちすくんでいる。
どうやってここまで来たのかは、何も考えられなかったためか、よく覚えていない。
私はここまで来て、夕の部屋への一歩を踏み出せずにいた。
もうこの部屋で私を暖かく迎えてくれる友人は、どこにもいない。
そう思うと、昨日までは親しみを覚えたこの部屋に、今はとても強い忌避感を感じるのだ。
ただ扉を開いて中を調べるだけ。
難しいことなど何もない。
こんなこともできないようなら、犯人を捕まえるなど夢のまた夢。
そう、私はやらなければならない。
この手で、夕の仇を捕まえるまで…。
管理人さんに道すがら借りたカードキーを取り出す。
ドアを開けようとしたその瞬間、誰かの影が私の視界に写り込んでいるのに気が付いた。
影の主が犯人だったら危険だというのに、不思議と警戒心はわかなかった。
もし犯人だったら、夕と同じ場所に連れて行ってくれるかな…?
そんな暗い思考で背後を緩慢に振り向く。
そこにいた人物は…。
九重先輩だった。
「九重先輩…?
どうなさったんですか?」
九重先輩は思いつめた表情で、ひとまず相田君の部屋に入ろう、と言った。
もし九重先輩が犯人だったら危険だ。
そのくらいは私にも分かる。
しかし、私はもう何もかもがどうでも良かった。
確かに夕の仇を捕まえたいのは本当だが、結局のところそれも、私のエゴなのだから。
夕はこんな私を見たら、悲しむだろうか、それとも怒るだろうか。
それぞれの場合に思いを馳せる。
きっとどちらでも、おどけた仕草で、ぽかぽかと私を叩くのだろうな。
思わず笑うと、九重先輩は怪訝そうにした。
夕の部屋は、逸樹の情報通り窓が割られていた。
割れ窓の向こうには、土色がむき出しになった崖が見える。
距離にして、1メートルよりやや短いくらい離れているだろうか。
先輩は鍵をかけると、私に椅子を勧め、自身も夕の部屋のテーブルにつく。
そして、ポケットから一通の白い封筒を取り出すと、私の前に置いた。
「それは、今回の相田君が殺された件で使用されたであろうトリックだ。
僕には犯人は分からないが、この校舎の構造から言って、おそらくその方法を用いたのではないかと思う。
もし君に犯人を捕らえたいという意志があるのならば、役立てまたえ。」
願ってもない申し出だ。
ただ、なぜ彼は私にこんなものを渡してきたのだろう。
その理由が私には分からない。
無条件に信じることは、到底出来なかった。
「先輩、なぜあなたがこんなものを、わざわざ私に?」
先輩が私に返したのは質問だった。
「この学校の出資者、経営者…、というか理事長が誰か、君は知っているだろうか?」
私は質問の意図が見えず、戸惑いながら答える。
「先輩のお父さんの、九重 汀氏、ですよね。」
九重先輩の父が理事長だというのは有名な話だ。
すんなりと思い出せた。
先輩は俯き、苦しげに声を絞り出す。
いつものふざけた振る舞いは、見る影も無い。
「ああ、そういうことになっているな、書類上は。
しかし実情は違う。
この学校の実質的な理事長は、僕、九重 砌だ。」
その声に含まれていたのは、紛れもない悔恨の念。
彼は驚く私を尻目に続けた。
「僕のお爺様が亡くなった際に、遺産の分与として、僕宛に幾許かの資金が遺されていた。
九重一族は、経済界ではそこそこ名のある一族だからな。
お爺様は特に、僕には目をかけて下さっていたのだよ。
そして、父もそれを元手に何かしてみれば良い、と言ってくれた。
まだ年若いゆえ、名義は父にさせてもらっているのだが、この九重大学は、僕が理事を務めているのだ。」
九重先輩はここで息をついた。
私の目を見る。
「そして、僕が校舎の構造に詳しい理由もここにある。
此度の騒動は、当たり前ではあるが僕の本意ではない。
経営者としても、死んでいった彼らの友人としても、何かしたかった。
去年の事故が原因とあってはなおさら、な。
ただ、僕には事件の概要は見えても、それを糾弾することはできない。
動機も君の方が正確に理解できるだろうしな。
それに何より、その資格は、あの日あの場所にいなかった僕にはない。
だから、僕は君に託すことにしたのだ。
…そうだな、ついでに言うなら、君は相田君を救えなかったことで、自暴自棄になっている、そうだろう?
そんな君に役割を与えることで、無謀なことを思いとどまらせる、という意味もあるな。」
ここまで一息に言うと、九重先輩は静かに立ち上がった。
ドアへと向かい、振り返らずに私に、最後の言葉を紡ぐ。
「全てが君に託された。
ばらばらに散らばっていたヒントは、それを見れば完璧に繋がるだろう。
舞台の幕を引くに相応しいのは、唯一君だけだ。
良き結末を期待している。」
がちゃり、と、ドアの閉まる音がする。
後に残されたのは、私と、九重先輩に託された白い封筒。
開けるか開けないかも、私次第。
私が望めば、ここで破り捨て、全ての真実から耳目を塞ぐことさえ出来る。
___しかし。夕はそれをきっと、望まない。
私は封筒を開けて、中に封入されていた紙を開く。
九重先輩の言っていた通り、そこにはあるトリックが記されていた。
それを見た瞬間、私の持っているあらゆる情報が、真実の破片が、繋がっていく。
最後に残った動機のピースを嵌めると、この事件の真実が私の前に明らかになる。
___白い靄の向こうにあったそれは、悲しい物語だった。
次の次くらいで解決編に入ります。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。
もうしばしお付き合い願いたく存じます。
ところで皆様、犯人はもうお分かりになりましたか?
本編では九重先輩のアシストが入っておりますが、この物語は、ここまでの情報できちんと推理できるようになっております。
実は最初はもっとしょぼいトリックだったのですが、姉に読ませたところ失笑をかったため、難易度を若干上げて今に至るのです。
そこで、これは環には解くのムリじゃね?と思ったので、彼に協力してもらいました。
謎は、
1、犯人は誰か
2、犯人の動機
3、犯人の手口(部長、都馬、夕)
4、佐久間君の正体
5、この物語、どこかがおかしくないか
です。
フラグ回収や答え合わせは後ほど後書きか本編で行います。
それではまた、5章3話でお会いしましょう。




