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エイプリル・フール  作者: いちい
藍色の愛を胸に抱いて
29/45

5章 1話





___やっと僕を見つけてくれたね。




◆◇◆◇◆




助けが来るまで、あと1日。




ドンドンドン、という暴力的な音で、私は覚醒する。


寝ぼけ眼で枕元の腕時計を見ると、午前7時。

こんな朝から私に何の用だろう。

ぼんやりと霞がかった頭で考えるも、答えは出ない。


ベッドで身を起こしてしばしぼうっとしているうちに、徐々に意識がはっきりしてくる。

そうだ、昨日は確か、夕が危険で…。


私は、はっとした。


まさか、いや、でも…。


いやな予感がする。


ドンドンドン。


音はまだ鳴り続けている。


私はひとまず起きていることを伝え、寝癖もそのままに急いで寝巻きの上から上着をひっかけると、ドアへと走った。


扉を引き開ける。

そこには蒼白な顔の逸樹が立っていた。


「なんで女子寮にいるのか、つっこみたいけど…。

そんな場合じゃないみたいだね。

何かあったの?」


私はことさら強がって、おどけたようにそう言い、逸樹の顔を見る。

少し声が震えてしまったかもしれない。


本当は、何が起きたかなんて薄々予想がついている。

でも、それを口にしたら現実になってしまいそうな気がして、問えなかった。

愚かだよね。

私が言おうが言うまいが、現実は変わらないのに。


それでも、そうとはわかっていても。私の気のせいで、異常など無いのだと言って欲しかった。

いやな予感を、笑い飛ばして払拭してほしかった。





お願いだから、否定して。


心から、そう願う。




「相田 夕が殺された。

寮の表にある木で、首吊り状態だったらしい。

部屋の窓が外から割られていて、そこから侵入されたんじゃないかって言われている。

とは言っても、女子寮の窓の方には体育館の壁か、その下に続く崖しかないから、どうやってもそんなところに登れるはずがないらしいが。」


苦渋を孕んだ、逸樹の声。




いわないで。


その願いは、儚くも散っていった。


いつか雨に打たれていた桜のように。


私はその場に崩れ落ちた。


床の冷たさが、絶望と共に私の体を蝕んでいくようだった。


「逸樹、お願い…。

夕に会わせて。」


弱々しく懇願する。

今は何も考えられないのに、無意識のうちに私の口は勝手に動いて、そう言葉を紡いでいた。


逸樹はしばらく躊躇っていた。

ショックを受けている私に、これ以上の負荷がかからないか心配しているのだろう。

しかしそれでも、私は夕に会いたい。

でなければ、夕はまだ死んでなどいないと、無駄な希望を捨てきれなくなってしまう。


重ねて逸樹に頼み込むと、彼は、自分が同行することを条件に承諾した。


このままで外を歩かせるわけにはいかないからと言われたので、着替えだけしてから、無言のままに逸樹の後をついて行く。

どこに行くのか、なんてことは訊かなかった。


夕のいる場所に向かっている。

それだけわかっていれば、充分だった。


逸樹に先導されて連れてこられたのは、キャンパスの中央に位置する事務棟の一室。


事務棟はその名の通り事務関連の施設が集中しており、全ての手続きがここで済ませられるようになっている。

1階には保健室があるのだが、そのままその奥に誘導される。


一番奥の空き部屋で、夕はブルーシートの上に横たわっていた。

表情は目が閉ざされているため、窺いにくい。


そして、その首には醜い黒紫色(こくししょく)に染まった細い線が刻まれていた。

もうこの世には戻って来られないのだと主張する、決定的な境目が。

周囲に血が出ているほどに深い引っ掻き傷があることから、苦しんで死んだのだろう。

綺麗に塗られている爪の赤だけが場違いにいつも通りで、鮮烈なその色が網膜に焼きつくようだ。


ああ…。


私は涙を流した。

せめてもと、歯を食いしばって嗚咽を殺す。


私には泣く資格などない。

夕を助けられなかった私には…。


なぜあそこで帰ってしまったのだろう。

結局私は、誰一人助けることなんてできなかったのだ。




__起きてみたらのお楽しみっ。




あの人影の言った言葉の意味がようやく分かった。


でももう遅い。

…遅すぎた。


「逸樹、もういい。気が済んだ。

私はこれから夕の部屋に行く。」


「おい、環。なんか今日のお前は、いくらなんでもおかしいぞ。

やっぱり部屋に戻って休んだ方が…。」


逸樹が心配そうに言った。


しかし、私が夕のためにしてあげられることは、犯人を捕まえることくらいしかもう残っていないのだ。

私はせめて、夕の仇をこの手で捕らえたい。


無言で部屋から出て行こうとすると、肩を掴まれた。


「環…。俺はお前が心配なんだよ!

___そんな泣きそうな顔で、無理すんなよ…。」


くしゃりと顔を歪めて、彼は訴える。


私はそんな彼の腕を振り払って、外に向かった。


もう逸樹の言葉では、私は止まれない。


私は部屋の出口まで来てようやく、一度だけ歩みを止めて、振り返った。

逸樹は先ほどの姿勢のまま、顔を歪めている。

彼の右目からは、一筋の涙が流れていた。


果たしてそれは、何に対して捧げられた涙だったのか。


私はそのまま部屋を後にし、寮へと戻って行った。









しばらくはシリアス全開です。

自分で書いておいてなんですが、暗い…。




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