4章 5話
自室に鍵をかけた。
私にできることは思いつく限りやったけれど、それでも不安は押し寄せる。
本当に夕は大丈夫なのだろうか…。
洗面台で歯を磨きながら、鏡の向こうの自分に問いかける。
鏡に映る彼女は、暗い顔をしてこちらを見かえしていた。
のろのろと着替えてベッドに入っても、夕の安否が気になってしかたがなく、眠ることなどできそうになかった。
もう何度目になるか分からない寝返りをうったところで、急に不自然な睡魔に襲われる。
精神的に疲れていた私には、それに抗う力などなかった。
薄れゆく意識の中、何かが割れる硬質な音が雨音を幽かに切り裂いたと思ったのは、果たして夢か幻か。
私の声なき問いに応えたのは、無機質な雨音だけだった。
◆◇◆◇◆
私はまた、赤い夢の中にいる。
はじめの夢によると、死ぬのは私を含め5人。
明後日には救助がくるため、あとは明日さえは乗り切ればなんとかなるはずだ。
しかしそう思うも、私は本当に夕を守ることができたのだろうか。不安が募る。
跳ねる鼓動を義務感で押さえつけ、今回もまたスクリーンになっていく霧を見つめた。
そこに映ったのは自室だった。
私と逸樹が誰かと対峙している。
すると、うなだれていたその誰かが、スクリーンの中の私の油断した隙に、懐からスタンガンを取り出し、襲いかかる。
逸樹がとっさに私を庇って突き飛ばし、身代わりとなって倒れた。
誰かはスタンガンを再度起動しようとするも、充電切れか作動しないのを見て、舌打ちをするとそれを荒々しく放り投げた。
そして、テーブルの上の、来客用のガラス製の灰皿を掴む。
スクリーンの中の私は逸樹にすがりついて、目を見開き呆然としていた。
誰かはそんな私に背後から近づき、殴る。
私は逸樹に覆いかぶさるように倒れ伏した。
誰かはとどめとばかりに、さらに動かない私に数回灰皿を叩きつける。
怖いくらい鮮やかな血の赤が、飛沫となって空を舞った。
段々と殴打音に濡れたような音が混ざり、私の頭部は一筋、また一筋と緋色に染まる。
それにつれて、ぼやけたような誰かの顔の唇がつり上がっていき、狂気の笑みを描いていった。
どれくらい時がたったのだろう。
しばらくすると誰かは満足したらしく、部屋に背を向けてドアから静かに去って行く。
部屋にはぴくりとも動かない逸樹と、その傍で血だまりを広げている私の死体が残された。
ここまで映すとスクリーンは霧散した。
私の脇から、何者かの笑い声がする。
そこにはやはり、靄をまとった人影が揺れていた。
「あははっ、お次はとうとうアンタの番だ!
せいぜい足掻くが良いよ、アンタの大事なだ〜いじなオトモダチみたいな目にあいたくなければ。」
滴るような悪意で粘ついた声が、とても楽しそうに、遊園地にでも行くかのように語る。
それはどういう意味なのだろうか。
やはり、いやでも…。
私は何か口に出そうとしたが、私の意識は急速に覚醒していき、できなかった。
「起きてみてからのお楽しみっ。
あはは。あっはっはっはははははは!」
人影の声が、私の心を読んだかのように嘲笑するのが、薄れゆく赤い空間に響いた。




