3章 6話
私は一人で臙脂色のカーペットが敷かれた階段を、銀色の手すりを掴んでようやくふらふらと上り、自室へと戻ろうとした。
しかしふと、夕のことが気になって、夕の部屋に向かってみる。
私と同じく、2階の部屋なので距離は近い。
すぐに部屋の前に着いたものの、私はそこで立ち止まってしまった。
あの夢が予知夢だと判明した今では、次に狙われるのは間違いなく夕だ。
すぐにでも警告しておくべきだというのは確かなのだが…。
逸樹には受け入れてもらえたとはいえ、やはり迷いはある。
気持ちが定まらないまま、ドアをノックする。
しばらく待っても反応がない。
どうやら留守のようだ。
私は情けない話だが、安心してしまった。
もうこれ以上、今日は何もしたくない。
私は踵を返して自室に帰り、鍵をかけると、カードキーを所定位置に収めた。
おざなりに寝る支度だけを整えて、そのまま布団に潜り込む。
暖かく私を包み込んでくれる羽布団の感触が、今は何よりもありがたく、安心できた。
結局私は都馬を助けることができなかった。
後悔が波のように、私の心に寄せては帰っていく。
抱え込んだ枕に顔を押し付けて嗚咽と涙を殺し、私は人知れず泣いた。
順当に行くなら、次の被害者は夕、ということになる。
夕は私の親友だ。決して死なせたくない。
しかし、誰も助けられなかった私に、彼女を守れるのだろうか。
___いざという時は、私の命に代えても…。
赤く腫れた目で重苦しい決意を抱きながら、雨音を背景に、私の意識は夢の中に沈んで行った。
◆◇◆◇◆
私は、もう本当にいい加減うんざりしているが、またまた赤い夢の中にいた。
まあ、前回のようなこともあり得るから油断はできないが、役に立つ情報が拾える可能性も存在するので、何とも言えない。
白い靄がスクリーンになっていく。
私はそれを、凪いだ心で見つめていた。
人影が珍しいことに、私のすぐ脇に出現した。
「なんだ。今回はみっともなく取り乱さないんだ。
つまぁんな〜い!」
しかし、私はそれを黙殺する。
スクリーンは…真っ暗だ。
ただひたすら暗くて何の変化もない。
強いて言うなら、最初の方に、激しい雨音に混じって何かが割れる甲高い音が微かに聞こえたくらい。
訝しく思っていると、そのまま画面は消え去った。
途中、目を凝らすと一瞬だけ、紫色の紐状の物が見えたような気がする。
しかし、それだけだった。
今回の夢にはサービスは一切ないらしい。
それでも最低限のヒント…凶器と現場はある程度確認できた。
私は傍らの影の方に顔を向ける。
こいつがここまで近づいてきたのはこれが始めてだが、近くで見ても、なんだかぼんやりしている。
白靄を体に纏っているせいだろう。
いつ見てもむかつく奴だ。
夕は私の親友。
大学に入学しても、周りにどこか馴染めなかった私に声をかけ、最初の友人になってくれたのだ。
絶対に死なせたりしない。
たとえ代わりに、私が犠牲になったとしても。
私は宣戦布告する。
「させないよ。絶対に。」
私が人影の目(と思われるあたり)を直視して話すのは、これが初めてだった。
「アンタにできるものなら、やってみればぁ〜?
あははははは!」
影はゆらめいて、言った。
表情は靄に隠れて、窺い知ることはできない。
しかしきっとこの人影は、不敵に笑っていたのだろう。
私の意識は、人影を睨みつけながら、覚醒していった。
これで3章は終了。
次からは4章に入ります。
あと、機会音痴な作者ですが、頑張ってweb拍手ボタンを設置してみました。




