3章 4話
部長の発見現場を後にした私たちは、寮の煉瓦造りの瀟洒な門をくぐると、エントランスへと足を進める。
すると、何やら話し声が、入り口の大きな両開きの門の中から漏れ聞こえてきた。
私と逸樹はそのまま扉を開きエントランスに入ったが、その話の内容はとうてい無視できるものではなかった。
金髪のチャラい男子生徒が、エントランスの各所に設置されているテーブルのうちの一つを囲んで、椅子に座って興奮気味に2人の連れにまくし立てている。
余程気が高ぶっているのか、声が大きくて周りにいる生徒が顔を顰めたり場所を移しているのに、彼らは気付かない。
「だから本当に、隣の部屋から何か大きい物が倒れる音が聞こえたんだって。」
向かいの、ピアスをつけているこれまたチャラい短髪の生徒がその相手をしている。
「お前の隣って誰だよ。」
「ああ、同じサークルの、津宮ってやつ。」
3人目の、茶髪の生徒が反応した。
「おっ、そいつって、文芸サークルにも入ってるやつだろ?
あそこは何か祟りでもあるんじゃねぇの?
ほら、去年の。」
おいお前、シャレになんねぇって。
そう言って彼らはげらげらと笑った。
私はそれを聞くや否や、男子寮の都馬の部屋に向かった。部屋割りは基本、名簿順なので、当たりをつけて片っ端から表札をチェックしていく。
5部屋目でようやく当たりを引いた。
ドアノブを回すが、鍵がかかっているのか開かない。
無我夢中でドアに、どんどん、と荒々しく拳を叩きつける。
「都馬!都馬!聞こえる!?返事して!」
そうしているうちに、逸樹が追いついて来た。
「どいてろ、環。」
逸樹は私をどかせると、勢いよくドアを蹴破った。
細身に見えるのに、どこにそんな力があるのだろう。
その音に驚いて、次々とギャラリーが集まって来る。
中には私が男子寮にいることから、痴女?とか、いや男の娘だよ、とか聞こえてくるが、私にはそんなことはどうでもよかった。
今はただ、都馬の安否が心配だ。
部屋に跳ねるように飛び込むと、私は靴も脱がずに中に進入した。
入ってすぐの居間には異常が見られない。
しかし私は、どこからか死の臭いを感じ取っていた。
閉まっている奥の寝室の扉へと向かう。
扉を開けるとその向こう側で、都馬は仰向けに倒れていた。
目を見開いて苦悶の表情を浮かべており、その瞳からは、もはや生の輝きは失われていたのだった。
辺りには乱雑に、物が散乱している。
きっと都馬がもがいた時に散らばったのだろう。
エントランスの生徒たちが聞いたという音も、これが元に違いない。
「都馬!」
私は彼に駆け寄ろうとしたが、背後から逸樹に抱きとめられて拘束された。
「やめろ、環。もう死んでる。」
そに言葉で私はやっと現実を思い知り、体から力が抜けてしまった。
明らかに死んでいる都馬を見ても、まだ心の何処かで思っていた。
都馬が死んだなんて嘘で、まだ息があるかもしれないと。
それは私の身勝手な希望でしかないけれど、それでも、そう信じていたかったのだ。
そうだ…時計は…。
確かに、あの夢の中で時計が指していた時間はまだ先だったはずなのに、どうして…。
ベッドサイドの目覚まし時計を見る。
それは私を嘲笑うかのように、銀色の筐体を輝かせて、16時43分を指したまま止まっていた。
そこで、私の記憶は一度途切れる。




