2章 4話
紆余曲折はあったものの、私たちは各自作業に入っていった。
私の場合は、話はもう決まっているので、絵を描いていく。
適当に、空いている机に座り作業を開始する。
逸樹は一つ前の机に座って、興味深そうに私の作業を見ていたが、不意に話しかけてきた。
「なあ、部屋の隅にある本棚に、バックナンバーのついた厚い本があるが、あれが会誌か?
参考に読んでみたいんだが。」
私は目で確認する。
確かに逸樹が指しているのは、文芸サークルの会誌だった。
部屋の隅の、大きな木製の本棚に並んでいる。
本棚は、重厚な茶色いニスの色が気品を醸し出す、我が部自慢の一品だ。
「うん、汚したり、折ったりしないなら良いよ。過去5年分まであそこに保管してあるから、好きに読んで。
持ち出しも、ちゃんと返すならオッケーだよ。」
「わかった。後で借りさせてもらう。」
しかしここで、千秋さんと作業していた夕が、右手を挙げると口を挟んだ。
「あ、待ってー。
去年のはアタシが借りるから、持ってくのは古いやつにしてぇー。ごめんねー。」
「ああ、構わない。参考にしたいだけだからな。」
逸樹は頷く。
「ありがとー。」
そこで会話は切れ、私たちはまたしばらくの間、黙々と作業を続けた。
夕方の4時頃になってから、私たちは早めに作業を切り上げて、寮への帰路につく。
同じく寮生の夕、逸樹、千秋さん、九重先輩も一緒だ。
さらに、紗枝まで一緒に行くといってきかず、乱入してきた。
寮暮らしなのかときくと、昨日の遭遇の後に行った聞き込み調査で、私が寮生だと聞きつけて、即刻手続きをしたらしい。
早すぎるだろう、行動が…。
紗枝は、センパイと共同生活…と、うっとりと呟いていた。
この子が道を踏み外さないか、真剣に心配になってきた。
皆は、和やかに談笑しながら歩く。
特に逸樹と千秋さん、紗枝は新入生なので、校舎の紹介なども織り交ぜつつ、語る。
やはり新入生2人(私に個人的な質問ばかりする紗枝は除いて)は大学生活に興味があるようで、あれこれと質問されては、夕、九重先輩と一緒にできる限り答えていく。
紗枝はしばらく放置だ。この子には自重というものを知って欲しい。本気で。
意外なことに、九重先輩は気持ち悪いくらい、校舎の構造に詳しかった。それもピンポイントで。
「それからなぁ。特に体育館の更衣室のセキュリティは、この学校も気を遣っているのだよ。男子、女子ともに、たとえ窓を開けたとしても、各寮の2階と3階の中間の壁にくるようになっている。絶対に覗けない。
漢たるもの、覗きは感心せぬからな。
そもそも寮だって鍵はオートロックだし、夜間には定位置にカードキーを差し込んでおかないと、管理人が確認に行くのだが。まあ、内側からなら鍵なしでもあくが。あと…。」
…きっと先輩の頭の中も春なのだろう。
九重先輩の話を聞きながら、私の意識は別の所に飛んでいた。
あと1週間もすれば、また講義が始まるなぁと、私は満開の桜並木を5人でくぐりながら思う。
桜___始まりの季節を告げる花。
願わくば、今年も穏やかに過ごせますように。
私はそう、心から祈った。
それが聞き届けられることはないということも知らずに。
私の視線の先にあった桜の花が、降り注ぐ雨の勢いに負けて、花弁をひらひらと撒き散らしながら地面へと舞い落ちていった。
大変申し訳ありませんが、作者の期末試験が死滅しそうなので、更新を今週は控えます。
次回は日曜日あたりになると思います。
読んでくださっている皆様、本当にごめんなさい…。m(_ _)m