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エイプリル・フール  作者: いちい
踊れ踊れ白靄の中で
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2章 2話

 




「部長!見学者1名、確保しました。」


 そう声をかけると、私はノックもなしに、意気揚々と扉を引いた。


 不自然なくらい元気にふるまった方が、逸樹も直前の話題から気をそらされるだろう。

 意識してドヤ顔を作る。


 しかし、薄暗いそこには見知らぬ少女が1人で、申し訳なさそうに立っているだけだった。


 ああ、なんて気まずい…。


 その少女は新入生なのだろうか、どことなく顔立ちにあどけなさが残っていながらも、落ち着いた佇まいをしていた。

 ふわりとした印象、オリーブ色のたっぷりとしたロングスカートと、栗色がかった髪色が、いかにも文学少女然と彼女を彩っている。


 私は思わず誰何した。


「あの、あなたは?入部希望の人ですか?」


 彼女はこちらに気がつくと、おどおどと口を開く。


「え、えっと…。あそうなのですけれども、来てみたら、白石とおっしゃる方がいらっしゃって、ここで待つようにと…。

 その方はもう行かれてしまいましたので、どうしたら良いのかと、困っていたのです。

 あなた方は、こちらのサークルの方でしょうか。」


 どうやら、勝手にまた白石先生が侵入したようだ。


 おそらくその人物は、白石 拓人。

 巷では若いイケメン教員として女子学生たちにちやほやされているが、私たち文芸サークルの部員は全員知っている。


 ヤツはただの本の虫なのだ。


 顔面偏差値に騙されてはいけない。

 しかも奴は文芸部の教員で、憎らしいことに、職員権限で部室の鍵まで入手している。


 他には部長と、実は副部長である私だけしか持っていないのに。


 おっと、いけない。

 彼女を放置してしまった。


 白石先生への苛立ちと、入部希望者に渾身のドヤ顔を晒してしまった羞恥心を笑顔で隠して、私は彼女の質問に答える。


「ええ、そうですよ。

 あなたの名前は?」


 一瞬びくっとして、彼女は千秋 奈々美と名乗った。

 今年入学した法学部の1年で、千秋と呼んで欲しいと。


 一通り、棚から手続き書類を取り出して、千秋さんと逸樹に記入してもらう。

 どうせ逸樹も入部するだろう。


 案の定、彼も入部の意思はあるようで、入部届けに必要事項を記入した。


 後は部長に提出して許可をもらい、部員名簿に名前を加えるだけ、というところで、ちょうど夕、九重先輩と部長が入室してくる。


「おっ、今日は早いねー、彼氏と一緒ですかぁ?このこのぉっ。」


「やっ、おっはよ〜。皆の砌君だよ!」


「おはようございます、小塚さん。

 そちらのお二方は、入部希望者ですか?」


 おっと、そうだった。

 二人を紹介しないと。


「あっ、おはようございます、部長、夕も。あ、あとついでに九重先輩。

 そうです。こっちの女性が千秋さんで、こっちが幼馴染の篠宮です。」


「「よろしくお願いします。」」


 二人は、声を揃えて挨拶した。


 部長は安堵の表情を見せる。


「ああ、良かったわ。

 1人も獲得できなかったらどうしようかと思っていたのだけれど。

 何とか捕獲……失礼。確保できたのですね。

 素晴らしい。

 では、通常の活動を始めましょう。」


 ここで、違和感を感じる。


「あれ?部長、都馬はどうしたんです?

 姿が見えませんが。」


 怪訝に思い、私は問いかけた。


「あっ、トーマは今日、来ないってー。

 テニスサークルの方の試合が近いんだってさー。」


 試合なら仕方ないか。


 まあ、都馬が休みがちになったのは、最近始まったことではない。

 彼は私たちと同じく古参でありながら、ここしばらくは、顔をあまり出さなくなっているのだ。


 …正確に言うなら、去年のあの出来事があってから、というのが正しいが。


「さて、それでは雑談はこのあたりにして、始めましょう。」


「え、いや。誰か僕の扱いにつっこんで?

 ねえ無視?無視なの?

 …はっ、これがまさか、噂の放置プr…。」


 部長は九重先輩を無視してそのまま続け、今月の活動予定の説明に入った。

 壁際の使い込まれたホワイトボードに、大雑把な予定を書き込みながら話す。


 九重先輩は部室の隅に行って、椅子の上で体育座りをしながら器用に机に指でのの字を書いて、素晴らしいバランス感覚を披露している。

 なぜその器用さを別のところで発揮しないのだろうか…。


「今月は下旬に、九重幼稚園で絵本の読み聞かせをします。

 各自、準備をしておいて下さい。

 因みに新入部員が2名いるので念のために言っておきますが、会誌を出すのは毎年、その学年の終わりです。

 例年3月ごろなので、当分気にする必要はありません。

 同時に、同2名は、誰か先輩と組んでフォローをしながらやり方を教わるように。

 その場合の作品は、2人で1つで結構です。

 以上。」


 彼女はそう締めくくった。

 説明が終わると、そうなるだろうとは思っていたが、やはり逸樹は私の所に来た。


「環、俺と組んでくれるか?」


 まあ予想はしていたし、別に良いか。雑用でもしてもらおう。


「しょうがないなあ。いいよ。

 ジュースでも今度、おごってよね。」


「ありがとう。よろしく頼む。」


 お昼をおごれと言わなかったのは、なけなしの優しさである。

 

 千秋さんは、夕と組むことにしたらしい。

 意外な組み合わせだ。

 千秋さんが、夕にあまり作業を押しつけられないと良いのだが、ちゃっかりしたところがあるからなぁ。


 なるべくこのペアを気にかけるようにしようと、心に留めた。


 無視された上に、千秋さんにも選んでもらえなかった九重先輩は、がっくりと項垂れている。




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