五文字
春。別れの季節。
桜の花弁で薄紅色に染まった道の上で、僕は彼女と向き合っていた。
僕より一つ年上の、今日卒業する先輩。
独りで本を読んでいた僕を、楽しい部活に誘ってくれた恩人。
僕の小説にいつも挿絵を描いてくれた、一番のパートナー。
僕はその人に、震える声で告げる。
「……卒業、おめでとうございます」
「……ありがとう」
僕の言葉を聞いた彼女は、微笑みながらそう返してくれた。
それを見た僕は、胸の奥に鋭い痛みを感じる。
この人と、会えなくなるのは辛い。
……けれど。
僕はなけなしの勇気を振り絞って、その言葉を告げた。
「○○○○○!」
飾り気のない、たった五文字の言葉。
物書きとしては恥ずべきことかも知れないが、ただそれだけに万感の想いを込める。
それが伝わったのか。
彼女は一瞬ハッとした表情をし、そしてすぐに笑みを浮かべて言った。
「……○○○○○」
「………………え?」
彼女のその言葉を聞き、僕は一瞬間の抜けた声を出してしまう。
それを見た彼女は、その笑みを更に深めて続けた。
「絶対に、また会えるから」
それだけ言って、彼女はそこから歩き去る。
……彼女が浮かべたその笑みと、彼女が言った五文字の言葉が、ずっと僕の頭から離れなかった。