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星を見てなかった日

作者: 九条タクト
掲載日:2026/07/07

バイト終わりの帰り道は、いつも賑やか。

コンビニ袋をぶら下げた誰かが先頭を歩いて、後ろからだらだらとみんながついていく。話題なんてなんでもよかった。シフトの愚痴、店長の口癖、昨日見たドラマ。くだらない話ばかりで、時折笑ったりしながら、気づいたら駅前まで来ている。

解散はいつもあっさり。

「じゃあね」「お疲れ」、手を振るか振らないかくらいの温度で、それぞれの方向へ散っていく。


あなたは、その中の一人だった。

笑う人。たまに鋭いことを言う人。グループの中心にいるわけじゃないけど、いなかったら何か足りない、そういう存在。名前を呼ぶことも、呼ばれることも普通にあったけど、特別意識したことはなかった。たぶん。


空を見上げるのも、みんなでやる習慣みたいなものだった。誰かが最初に言い出したのか、もう覚えていない。ただ、帰り道に流れ星が見えることがたまにあって、それからなんとなく、暗くなるころに空を見上げるようになっていた。見えるときもあるし、見えないときもある。なぜか毎回、ちょっと本気で探してしまう。

今日も、そのつもりだった。


気づいたら二人だけになってた。

どういう流れだったか、正確には思い出せない。誰かが先に帰って、誰かが別の用事で曲がって、気づいたら隣にいるのがあなただけになっていた。あなたが言ったのか私が思っただけなのか、「あれ、二人か」という言葉が、どちらからともなく空気に溶けた。

賑やかさが抜けた分、いつもと違って静かになった。でも悪い静かさじゃなかった。

「今日、流れ星見れるかな」

たぶん私が言った。話題が欲しかっただけかもしれない。

「どうだろう。昨日は見えたって言ってたけど」

あなたはそう言って、少し空を見上げた。街灯の光が届かない角度で、あなたの顔は半分影になっていた。

私も空を見上げた。星はある。雲もない。

歩きながら、たまに見上げながら、たいした話もせずに歩いた。グループの中では埋もれてしまうような間が、二人だとそのままそこにある。でも不思議と、埋めなくていい気がした。その静けさに気づいたのは、しばらく歩いてからだった。


「あ」

あなたが小さく言った。

反射的に、私はあなたの顔を見た。空じゃなくて、あなたの顔を。

視線の先を追えばよかった。でも間に合わなかった。あなたの目が何かを追って、それから落ちた。流れ星だと、すぐにわかった。

「見た?」

あなたがこちらを向いた。

「……見てなかった」

正直に言うと、あなたは少し笑った。困ったような、でも責めているわけじゃない、そういう笑い方だった。

「え?何見てたの」

「ごめん、下みてた」

星空の下みてた。

あなたはそれ以上聞かなかった。もったいないとか言いながら、また前を向いて歩き始めた。私の心臓が、少しおかしなリズムを刻んでいた。


空は深い藍色になっていた。街灯の数が少ない道で、星だけがくっきりと見えていた。

あなたはいつも通りだった。話すときは話して、黙るときは黙って、自然に隣を歩いていた。

私だけが変だった。

何か言うたびに今うまく話せたかと思って、沈黙のたびに今どんな顔をしているかが気になった。視界の端にあなたがいるだけで、落ち着かなかった。ずっと隣にいたのに、今日初めて見た気がした。


駅の手前で道が分かれた。

「じゃあ、また」

あなたはそう言って、いつも通り手を上げた。特別なことは何もなかった。

「うん、また」

声が普通に出たことに、少しほっとした。

あなたの背中が遠くなって、角を曲がって、見えなくなった。一人になった瞬間、息を吐いた。


夜空を見上げた。星はまだそこにあった。さっき流れたはずの星は、もうどこにもなかった。でもあなたが「あ」と言ったときの顔が、まだ目の裏に残っていた。


星が落ちたみたいに、あなたが私の心に降ってきた。


空を見ていなかった。ずっと、あなたを見ていた。

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