星を見てなかった日
バイト終わりの帰り道は、いつも賑やか。
コンビニ袋をぶら下げた誰かが先頭を歩いて、後ろからだらだらとみんながついていく。話題なんてなんでもよかった。シフトの愚痴、店長の口癖、昨日見たドラマ。くだらない話ばかりで、時折笑ったりしながら、気づいたら駅前まで来ている。
解散はいつもあっさり。
「じゃあね」「お疲れ」、手を振るか振らないかくらいの温度で、それぞれの方向へ散っていく。
あなたは、その中の一人だった。
笑う人。たまに鋭いことを言う人。グループの中心にいるわけじゃないけど、いなかったら何か足りない、そういう存在。名前を呼ぶことも、呼ばれることも普通にあったけど、特別意識したことはなかった。たぶん。
空を見上げるのも、みんなでやる習慣みたいなものだった。誰かが最初に言い出したのか、もう覚えていない。ただ、帰り道に流れ星が見えることがたまにあって、それからなんとなく、暗くなるころに空を見上げるようになっていた。見えるときもあるし、見えないときもある。なぜか毎回、ちょっと本気で探してしまう。
今日も、そのつもりだった。
気づいたら二人だけになってた。
どういう流れだったか、正確には思い出せない。誰かが先に帰って、誰かが別の用事で曲がって、気づいたら隣にいるのがあなただけになっていた。あなたが言ったのか私が思っただけなのか、「あれ、二人か」という言葉が、どちらからともなく空気に溶けた。
賑やかさが抜けた分、いつもと違って静かになった。でも悪い静かさじゃなかった。
「今日、流れ星見れるかな」
たぶん私が言った。話題が欲しかっただけかもしれない。
「どうだろう。昨日は見えたって言ってたけど」
あなたはそう言って、少し空を見上げた。街灯の光が届かない角度で、あなたの顔は半分影になっていた。
私も空を見上げた。星はある。雲もない。
歩きながら、たまに見上げながら、たいした話もせずに歩いた。グループの中では埋もれてしまうような間が、二人だとそのままそこにある。でも不思議と、埋めなくていい気がした。その静けさに気づいたのは、しばらく歩いてからだった。
「あ」
あなたが小さく言った。
反射的に、私はあなたの顔を見た。空じゃなくて、あなたの顔を。
視線の先を追えばよかった。でも間に合わなかった。あなたの目が何かを追って、それから落ちた。流れ星だと、すぐにわかった。
「見た?」
あなたがこちらを向いた。
「……見てなかった」
正直に言うと、あなたは少し笑った。困ったような、でも責めているわけじゃない、そういう笑い方だった。
「え?何見てたの」
「ごめん、下みてた」
星空の下みてた。
あなたはそれ以上聞かなかった。もったいないとか言いながら、また前を向いて歩き始めた。私の心臓が、少しおかしなリズムを刻んでいた。
空は深い藍色になっていた。街灯の数が少ない道で、星だけがくっきりと見えていた。
あなたはいつも通りだった。話すときは話して、黙るときは黙って、自然に隣を歩いていた。
私だけが変だった。
何か言うたびに今うまく話せたかと思って、沈黙のたびに今どんな顔をしているかが気になった。視界の端にあなたがいるだけで、落ち着かなかった。ずっと隣にいたのに、今日初めて見た気がした。
駅の手前で道が分かれた。
「じゃあ、また」
あなたはそう言って、いつも通り手を上げた。特別なことは何もなかった。
「うん、また」
声が普通に出たことに、少しほっとした。
あなたの背中が遠くなって、角を曲がって、見えなくなった。一人になった瞬間、息を吐いた。
夜空を見上げた。星はまだそこにあった。さっき流れたはずの星は、もうどこにもなかった。でもあなたが「あ」と言ったときの顔が、まだ目の裏に残っていた。
星が落ちたみたいに、あなたが私の心に降ってきた。
空を見ていなかった。ずっと、あなたを見ていた。




