8.因縁の対決(6)
(まずい、このままでは──)
死ぬ。そう覚悟したとき、応接室のドアが開く。
「殿下!」
駆け込んできたのは、金髪の美しい娘だった。文官用の服を着ているので、レニオスの部下だろう。
「大丈夫ですか? 早く、シグネアの花を煎じたものを」
「大丈夫だ。随分薄い。小さいころから耐性を付けているから、これくらいなら何ともない」
「なんともないなんて嘘です! 飲んでください。何かあったらどうするのですか」
「心配してくれているのか?」
レニオスはふっと笑うとその文官を抱き寄せて、手渡されたボトルを飲み干した。
「シ……グ、ネア……?」
ロングレイン侯爵は、息も絶え絶えに呟く。
シグネアの花。それはブラックリリーの毒に効く解毒剤のはず。
「ああ、俺が飲んだのはブラックリリーの毒だろう? 侯爵のものは、知らん。用意したお前が一番よく知っているのではないか?」
レニオスは何でもないことの様に言い放つ。
それを聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。
(まさか……グラスが逆だったのか? どうして──)
使用人には口酸っぱく、どちらのグラスをレニオスに出すのか伝えていた。間違えるはずなどないのに。
そこまで考えて、ハッとする。
(間違えてないのか?)
これを出した使用人は、わざと逆にしてロングレイン侯爵に出したのではないだろうか。あの使用人はどんな顔をしていたかと必死に思い出す。
長身でがっしりとした、中年の男。確か最近この屋敷に雇われたばかりで──。
ロングレイン侯爵の意識は、そのまま闇に飲まれた。
◇ ◇ ◇
ロングレイン侯爵が毒に倒れた翌日。
レニオスは王宮の謁見室にいた。
正面に座るのは父である国王だ。そして、謁見室にはもうひとり──第一王子であるレオナルド・アッシュフォードもいた。
「なぜ私まで呼ばれたのか、納得いかない。俺はお前と違って、忙しい」
「兄上は聞かれたほうがいいかと。ご自身に関することですから」
「どういう意味だ?」
レオナルドは機嫌が悪そうに腕を組み、レニオスを睨みつける。
レニオスは何も答えず、机の上へ何枚もの書類を並べた。
「父上。確認していただきたいものがあります」
「何だ」
「私に対する、一連の暗殺未遂についてです」
レオナルドの表情が僅かに歪む。しかし、自分が犯人である証拠があるわけがないと高を括っているのか、取り乱したりはしなかった。
「犯人が分かったのか?」
国王がレニオスに尋ねる。
「はい。少なくとも、誰が指示したかはわかりました」
レニオスは兄を見る。
「こちらは、ロングレイン侯爵と白雪宮の間で交わされた書簡です」
「ロングレイン侯爵と白雪宮?」
「はい。そして、こちらは白雪宮が暗殺者ギルドに偽名で依頼をかけたときの書類」
レニオスは端から順番に、説明していく。全てが、白雪宮がレニオスの暗殺未遂に関わっているという証拠だ。どれも、フォレストに依頼して集まった資料だった。
「偽物だ!」
レオナルドが叫ぶ。
「そんなもの、いくらでも捏造できる! お前こそ、何度も殺されるようなパフォーマンスを見せて俺を陥れようとしているのだろう!」
「兄上。あいにく私はそんなに暇ではありません」
「なんだとっ!」
レオナルドはこめかみに青筋を立てる。
「なら、これは?」
レニオスは最後の一枚を取り出した。
ロングレイン侯爵の証言書だ。
レニオスは昨日、エノレアに頼んで彼女が作ったエリクサーをほんの少しだけロングレイン侯爵に飲ませた。当然解毒するには量が足りないので、意識を取り戻したロングレイン侯爵は地獄の苦しみを味わうことになる。
そこで、取引を持ち掛けた。
残りのエリクサーを与える代わりに、全てを自供しろと。
そして、自供が終わるまではエリクサーを渡さないとも言った。
そこからは、あれよあれよと簡単に自供が取れた。
猛毒の苦しみから逃れたいがために、ロングレイン侯爵はいとも簡単にすべてを話したのだ。
「侯爵は、兄上の指示だったと証言しています」
レニオスの言葉に、国王の表情が険しくなる。
「レオナルド。これは一体どういうことだ?」
「違います! すべて出鱈目です!」
レオナルドが立ち上がった。
「私は何も!」
「ここにある証拠が、全て捏造だと? ロングレイン侯爵の証言も?」
「そうです! ロングレイン侯爵がレニオスと結託し、私を陥れようとしているだけだ!」
「では、なぜここ最近、ロングレイン侯爵家へ秘密裏に行っていた?」
「それは……! 政治的な相談です!」
レオナルドは必死にその場を取り繕うと、言い訳をする。
かなり厳しい言い訳で、聞いているこっちが滑稽に思えてくるほどだ。
国王はしばらく沈黙し、ようやく口を開く。
「レオナルド。お前については、改めて調査が必要なようだ」
「父上!」
「王位を望むこと自体は悪ではない。だが、そのために弟を殺そうとするとは、言語道断だ。しばらく、自室にて謹慎とする」
「父上、お待ちください!」
謁見室に、レオナルドの声が響く。
しかし、国王がその声に耳を傾けることはなかった。




