イケメンロボとの甘い生活
ネットで話題になっていたそのひとを、遂に購入した。
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同棲型ヒューマノイド
人間にしか見えない見た目ながら、あなたの要求に従い、あなたの生活を物理的にも心理的にもサポートします
独り暮らしの寂しさを埋めるため、お子様に恵まれないご夫婦の幸せのため、ヒューマノイドとの暮らしを始めてみませんか?
維持費は夏場のエアコン並程度の電気代、定期的なメンテナンス費用、それとあなたの愛だけです
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そんな紹介文のあとに、約15種類の顔写真が並んでいた。
子ども、若い女性、そして若い男性──
その中に、私が一目惚れしたそのひとが、優しく微笑んでこっちを見ていたのだった。
「宅配便でーす」
愛想のよさそうなおじさんの声が聞こえて、私は胸を躍らせながら、印鑑を握りしめて玄関へ走った。
ドアを開けると宅配ドライバーのおじさんが、自分よりもでっかい縦長の段ボール箱を抱えて立っていた。
「これ、重いですねぇ……」
何が入ってるんです? みたいなおじさんの笑顔にはもちろん答えない。
「あっ。穴が空いちゃってるな。中身は……」
無事かな? というふうに中を覗き込もうとするおじさんを必死でやめさせ、私は遂にそのひとを受け取った。
玄関のドアを閉めると、ワンルームアパートの静かな部屋に、私のドキドキとワクワクが漂った。
中身を傷つけないよう、床に寝かせた段ボールを丁寧にカッターナイフで開ける。
彼は厳重に発泡スチロールで守られていた。
顔の部分の発泡スチロールをそっと剥がすと、目を閉じた彼の端正なその顔の、鼻から上が現れる。
「……はじめまして」
私は思わず正座して、挨拶をした。
「私は瑞稀──坂下瑞稀です。あなたの名前はもう考えてあるの。あなたは春希──私の人生に春のような希望を与えてくれるひとですよ」
発泡スチロールをぜんぶ取り去ると、彼は王子様のようなフリルのついた白いシャツと、黒い綿のズボンを身につけていた。
これだけ人間に似ているのに、ちっとも不気味じゃない。死体のようでもない。
それはまるで今から私がキスで起こすための、眠りの森の王子様だった。
でも彼に触れるのは恐れ多い気がして、キスはおろか頬に触るのもためらわれた。
充電済の状態で発送されている。後頭部の髪の毛の中にあるスイッチをいれれば、彼が動きだすはずだ。
介抱するように頭を起こさせた。子どもみたいに軽い頭だった。
スイッチを──入れる。
軽い起動音がした。
「おはようございます」
彼の唇が、爽やかな風を産むように、そう言った。続けて長いまつ毛が動いてまぶたが開き、キラキラした瞳が優しく私を見つめて、微笑んだ。
私は軽く嬉しい悲鳴をあげてから、ぺこりと挨拶し、彼に言った。
「おはよう、春希。私のことは瑞稀って呼んでね? あと、敬語はなしで。『おはよう』でいいからね?」
「うん、わかった」
彼の微笑みが、親しげなものに変わった。
「わかったよ、瑞稀。これからよろしくね」
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パワハラ部長にまたさんざん嫌味を言われた。
ぼちぼち暗くなりはじめているいつもの帰り道を歩きながら、でも今日も私はニコニコ笑顔だ。
「ただいまー、春希」
玄関のドアを開けてそう言うと、いつもの優しい笑顔で奥の部屋から彼が現れた。
「お帰り、瑞稀。今日は仕事、どうだった?」
私のことを知りたがる声で、聞いてくれる。
「いつも通りだよー。あのパワハラ部長、いつか物陰から狙撃して、暗殺してやりたい」
「アハハ。このあいだ一緒に見たあの映画みたいにだね?」
「そそ! あー、お腹減った。ストレスでお腹ペコペコ!」
「ふふっ。すぐに食べられるよう準備してあるよ」
「わあっ! ハンバーグだ」
「おからハンバーグだけどね。ごめん、瑞稀。いつも粗末な食事で……」
申し訳なさそうな笑顔でそう言ってくれるけど、もちろん春希のせいじゃない。
彼をお迎えするのに約250万円を一括で支払ったのだ。
そのため貯金はほぼゼロになってしまったけど、後悔はしていない。
節約生活も平気で受け入れている。お金には代えがたいものを手に入れてしまったのだから。
「瑞稀はよく頑張ってる」
ベッドに並んで寝転ぶ彼の肘を枕にして、私は心地良いその声を聞く。
「瑞稀はかわいいし、頑張り屋さんだし──僕は瑞稀のことを尊敬してるよ?」
彼の腕は華奢で、やわらかい。
その肌を通じて、彼の優しさが私の中に、じんと伝わってくる。
「僕がずっと側にいるからね」
子守唄のように私はそれを聞きながら、髪を撫でてくれるその手のあたたかさを感じながら、彼に答えた。
「ありがとう、春希……。おかげで今夜もスヤスヤ眠れちゃう」
抱きつくと、優しく抱き返してくれる。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ、瑞稀。愛してる」
彼の添い寝があるから私は毎晩、深く眠れる。
悪い寝相で私をベッドから突き落とすこともない。
安眠妨害のけたたましいいびきももちろんかかない。
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会社をクビになってしまった。
ちょっとしたミスをパワハラ部長に大ごとにされて、自己都合で退職することにされ、要は追い出されたのだ。
精鋭社員ばかりで現場を固めることを理想とする部長にとって、私はちょっとだけそこからはみ出していたのだ。
収入がなくなった。
貯金もほぼ、ない。
光熱費が払えない。
春希を起動させておくには夏場のエアコン並の電気代がかかる──
ブランドもののバッグをいくつか売った。
でもアクセサリーとかは売りたくない。
春希に見せるため、いつでも綺麗にしていたい。
「どうしよう、春希……」
彼と食卓で向かい合って、最後の紅茶を飲みながら、私は相談した。
「このままじゃ、春希の維持ができなくなっちゃう」
いつものように優しく微笑んで、春希が言った。
「大丈夫だよ、瑞稀。今なら僕を広告つきに替えれば、僕のために支払った購入代金の八割が払い戻しできる」
「そうなの!?」
私は飛びついた。
「八割っていうと……200万円ぐらい戻ってくるってこと!?」
「うん。しかも──」
にっこり笑って、春希が言った。
「そうすれば僕とずっといられるよ」
ずっと──
購入したとはいっても、春希とは5年間のリース契約だった。
5年経ったらメーカーに返さないといけない。それ以上一緒にいたかったら、契約終了時にまた250万円を支払って、記憶を引き継いだ新品の春希を購入しないといけないきまりだ。
もう2年、一緒に暮らしてる。
あと3年で250万円を貯めることはどう考えても無理だった。
別れたくないと思ってた。
「広告つきにしたら、春希と別れなくていいんだ!」
私は全力で、その話に飛びついた。
「する! それにして! それがいい!」
「わかった」
頼もしく、春希が笑った。
「じゃあ、この契約書にサインしてね」
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新しい仕事が決まった。
働きだしてみたものの、どうも自分には合っていないような気がした……。
いつものようにソファーで、春希の膝を借りて、寝そべって私は泣き言を口にする。
「なんか疲れちゃうんだよなー、必要以上に。私、向いてない仕事に就いちゃたのかな……」
慰めて、春希──
そう思っていると──
「仕事の疲れにはリオナミンA」
春希が営業口調で言った。
「心の疲れだったらメチゾラム。今ならお試し価格だよ、瑞稀」
そんなんじゃない。
そんなんじゃなくて、いつもの彼のように、ただ話を聞いて、慰めてもらいたいのに──!
不満そうに顔を起こして、見上げると、そこに彼のいつもの微笑みは、なかった。
顔の前にウィンドウがついている。
そこに転職情報がいっぱい表示されている。
「さぁ瑞稀」
春希がいつもの優しい声で、言った。
「外出の時間だよ」
広告つきにしたら毎日3時間、外出しないといけないきまりだ。私一人に広告を見せたってあまり意味がないのだ。
顔の前に、頭の上に、肩に、胸に──全身に広告ウィンドウをつけた春希を連れて、夜の街を徘徊しながら、私は思い出していた、無償の愛をくれていた頃の彼を──




