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イケメンロボとの甘い生活

掲載日:2026/04/30

 ネットで話題になっていたそのひとを、遂に購入した。


────

 同棲型ヒューマノイド


 人間にしか見えない見た目ながら、あなたの要求に従い、あなたの生活を物理的にも心理的にもサポートします


 独り暮らしの寂しさを埋めるため、お子様に恵まれないご夫婦の幸せのため、ヒューマノイドとの暮らしを始めてみませんか?


 維持費は夏場のエアコン並程度の電気代、定期的なメンテナンス費用、それとあなたの愛だけです


────


 そんな紹介文のあとに、約15種類の顔写真が並んでいた。

 子ども、若い女性、そして若い男性──

 その中に、私が一目惚れしたそのひとが、優しく微笑んでこっちを見ていたのだった。




「宅配便でーす」


 愛想のよさそうなおじさんの声が聞こえて、私は胸を躍らせながら、印鑑を握りしめて玄関へ走った。

 ドアを開けると宅配ドライバーのおじさんが、自分よりもでっかい縦長の段ボール箱を抱えて立っていた。


「これ、重いですねぇ……」


 何が入ってるんです? みたいなおじさんの笑顔にはもちろん答えない。


「あっ。穴が空いちゃってるな。中身は……」


 無事かな? というふうに中を覗き込もうとするおじさんを必死でやめさせ、私は遂にそのひとを受け取った。


 玄関のドアを閉めると、ワンルームアパートの静かな部屋に、私のドキドキとワクワクが漂った。


 中身を傷つけないよう、床に寝かせた段ボールを丁寧にカッターナイフで開ける。

 彼は厳重に発泡スチロールで守られていた。


 顔の部分の発泡スチロールをそっと剥がすと、目を閉じた彼の端正なその顔の、鼻から上が現れる。


「……はじめまして」

 私は思わず正座して、挨拶をした。

「私は瑞稀みずき──坂下さかした瑞稀みずきです。あなたの名前はもう考えてあるの。あなたは春希ハルキ──私の人生に春のような希望を与えてくれるひとですよ」


 発泡スチロールをぜんぶ取り去ると、彼は王子様のようなフリルのついた白いシャツと、黒い綿のズボンを身につけていた。

 これだけ人間に似ているのに、ちっとも不気味じゃない。死体のようでもない。

 それはまるで今から私がキスで起こすための、眠りの森の王子様だった。


 でも彼に触れるのは恐れ多い気がして、キスはおろか頬に触るのもためらわれた。

 充電済の状態で発送されている。後頭部の髪の毛の中にあるスイッチをいれれば、彼が動きだすはずだ。


 介抱するように頭を起こさせた。子どもみたいに軽い頭だった。


 スイッチを──入れる。

 軽い起動音がした。


「おはようございます」


 彼の唇が、爽やかな風を産むように、そう言った。続けて長いまつ毛が動いてまぶたが開き、キラキラした瞳が優しく私を見つめて、微笑んだ。


 私は軽く嬉しい悲鳴をあげてから、ぺこりと挨拶し、彼に言った。


「おはよう、春希。私のことは瑞稀って呼んでね? あと、敬語はなしで。『おはよう』でいいからね?」


「うん、わかった」

 彼の微笑みが、親しげなものに変わった。

「わかったよ、瑞稀。これからよろしくね」



====



 パワハラ部長にまたさんざん嫌味を言われた。

 ぼちぼち暗くなりはじめているいつもの帰り道を歩きながら、でも今日も私はニコニコ笑顔だ。


「ただいまー、春希」


 玄関のドアを開けてそう言うと、いつもの優しい笑顔で奥の部屋から彼が現れた。


「お帰り、瑞稀。今日は仕事、どうだった?」


 私のことを知りたがる声で、聞いてくれる。


「いつも通りだよー。あのパワハラ部長、いつか物陰から狙撃して、暗殺してやりたい」

「アハハ。このあいだ一緒に見たあの映画みたいにだね?」


「そそ! あー、お腹減った。ストレスでお腹ペコペコ!」

「ふふっ。すぐに食べられるよう準備してあるよ」


「わあっ! ハンバーグだ」

「おからハンバーグだけどね。ごめん、瑞稀。いつも粗末な食事で……」


 申し訳なさそうな笑顔でそう言ってくれるけど、もちろん春希のせいじゃない。

 彼をお迎えするのに約250万円を一括で支払ったのだ。

 そのため貯金はほぼゼロになってしまったけど、後悔はしていない。

 節約生活も平気で受け入れている。お金には代えがたいものを手に入れてしまったのだから。




「瑞稀はよく頑張ってる」


 ベッドに並んで寝転ぶ彼の肘を枕にして、私は心地良いその声を聞く。


「瑞稀はかわいいし、頑張り屋さんだし──僕は瑞稀のことを尊敬してるよ?」


 彼の腕は華奢で、やわらかい。

 その肌を通じて、彼の優しさが私の中に、じんと伝わってくる。


「僕がずっと側にいるからね」


 子守唄のように私はそれを聞きながら、髪を撫でてくれるその手のあたたかさを感じながら、彼に答えた。


「ありがとう、春希……。おかげで今夜もスヤスヤ眠れちゃう」


 抱きつくと、優しく抱き返してくれる。


「じゃ、おやすみ」

「おやすみ、瑞稀。愛してる」


 彼の添い寝があるから私は毎晩、深く眠れる。

 悪い寝相で私をベッドから突き落とすこともない。

 安眠妨害のけたたましいいびきももちろんかかない。



====



 会社をクビになってしまった。


 ちょっとしたミスをパワハラ部長に大ごとにされて、自己都合で退職することにされ、要は追い出されたのだ。

 精鋭社員ばかりで現場を固めることを理想とする部長にとって、私はちょっとだけそこからはみ出していたのだ。


 収入がなくなった。

 貯金もほぼ、ない。

 光熱費が払えない。

 春希を起動させておくには夏場のエアコン並の電気代がかかる──


 ブランドもののバッグをいくつか売った。

 でもアクセサリーとかは売りたくない。

 春希に見せるため、いつでも綺麗にしていたい。


「どうしよう、春希……」

 彼と食卓で向かい合って、最後の紅茶を飲みながら、私は相談した。

「このままじゃ、春希の維持ができなくなっちゃう」


 いつものように優しく微笑んで、春希が言った。


「大丈夫だよ、瑞稀。今なら僕を広告つきに替えれば、僕のために支払った購入代金の八割が払い戻しできる」


「そうなの!?」

 私は飛びついた。

「八割っていうと……200万円ぐらい戻ってくるってこと!?」


「うん。しかも──」

 にっこり笑って、春希が言った。

「そうすれば僕とずっといられるよ」


 ずっと──


 購入したとはいっても、春希とは5年間のリース契約だった。

 5年経ったらメーカーに返さないといけない。それ以上一緒にいたかったら、契約終了時にまた250万円を支払って、記憶を引き継いだ新品の春希を購入しないといけないきまりだ。


 もう2年、一緒に暮らしてる。

 あと3年で250万円を貯めることはどう考えても無理だった。


 別れたくないと思ってた。


「広告つきにしたら、春希と別れなくていいんだ!」

 私は全力で、その話に飛びついた。

「する! それにして! それがいい!」


「わかった」

 頼もしく、春希が笑った。

「じゃあ、この契約書にサインしてね」



====



 新しい仕事が決まった。


 働きだしてみたものの、どうも自分には合っていないような気がした……。


 いつものようにソファーで、春希の膝を借りて、寝そべって私は泣き言を口にする。


「なんか疲れちゃうんだよなー、必要以上に。私、向いてない仕事に就いちゃたのかな……」


 慰めて、春希──

 そう思っていると──


「仕事の疲れにはリオナミンA」

 春希が営業口調で言った。

「心の疲れだったらメチゾラム。今ならお試し価格だよ、瑞稀」


 そんなんじゃない。

 そんなんじゃなくて、いつもの彼のように、ただ話を聞いて、慰めてもらいたいのに──!


 不満そうに顔を起こして、見上げると、そこに彼のいつもの微笑みは、なかった。

 顔の前にウィンドウがついている。

 そこに転職情報がいっぱい表示されている。


「さぁ瑞稀」

 春希がいつもの優しい声で、言った。

「外出の時間だよ」


 広告つきにしたら毎日3時間、外出しないといけないきまりだ。私一人に広告を見せたってあまり意味がないのだ。




 顔の前に、頭の上に、肩に、胸に──全身に広告ウィンドウをつけた春希を連れて、夜の街を徘徊しながら、私は思い出していた、無償の愛をくれていた頃の彼を──




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― 新着の感想 ―
これは……広告にあふれた現代を……するどく風刺した作品ですね。 3時間の外出中、まるで鶴田浩二の『街のサンドイッチマン』と化したロボットと一緒。 愛の力と気恥ずかしさを天秤にかけて……。 また………
せつねぇー 情緒迷子
 どんなサービスでも誰かの人件費がかかっているんだから、お金払わずにサービスが受けられるはずがないわけで。昔の人が言っていた「タダより高い物は無い」というのは真理なんだなと。  喪女心の隙間に入り込ん…
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