第8話 白衣の観測者
娯楽区第二駅で、ほとんどの乗客が降りた。
ネオンと音楽のはずの区画は、夜になると妙に静かで、巨大なスクリーンだけが無音で映像を流している。
車内には、数人しか残らない。
《次は 医療区第四駅》
表示が変わる。
白い建物の列が近づいてきた。
ドアが開いたとき、冷たい空気が流れ込む。
消毒液の匂いと、薬品の甘さが混ざったようなにおい。
白衣の少女が乗り込んできた。
以前会った、あの無表情な少女だった。
端末を胸に抱え、静かに席に座る。
「……やっぱり、乗ってる」
こちらを見る。
「この時間帯、よく見かける」
どう返したのかは、書かれない。
少女は、記録を取るように端末を操作する。
「夜のモノール、変でしょ」
断定に近い口調だった。
「通常運行ルートから、数ミリずれる」
数ミリ、という単位が妙に現実的だった。
「人間の目じゃ分からない。でも、機器には出る」
端末の画面を向ける。
そこには、円を描く線と、微妙に歪んだ線が重なって表示されていた。
「誤差として処理されてる。でも……」
少女は画面を閉じる。
「誤差が、毎日続くのは変」
医療区の建物が、窓の外を流れていく。
同じ形の窓、同じ高さの壁。
「この都市、人が減ってるって話、聞いた?」
どこかで聞いた言葉だった。
答えたはずの反応を、少女は読み取ったらしい。
「やっぱり」
少しだけ、声を落とす。
「原因、事故でも病気でもない」
白衣の袖を指でつまむ。
「“消えてる”」
言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
「記録上は、最初から存在しなかったことになってる」
こちらを見る。
「ねえ。あなた、自分がここにいる理由、分かる?」
問いの意味が重い。
何か言ったのだと思う。
少女は、わずかに目を細めた。
「……普通の人とは、答えが違う」
アナウンスが鳴る。
《まもなく 医療区第五駅》
白衣の少女は立ち上がる。
「私は、観測する側」
ドアの前で、こちらを見た。
「あなたは……観測される側じゃない」
意味深な言葉だった。
ドアが開き、白い光の中へ消える。
残されたのは、端末の光の残像と、
“消えてる”という言葉。
未登録区画。
書き換えられるログ。
ずれる円環。
それらが、ひとつの線でつながり始めている気がした。
《次は 学園区第三駅》
表示が変わる。
学生たちが、規則正しく乗り込んでくる。
昼と同じ顔、同じ動き。
この都市は、変わらないふりをしている。
でも、夜のモノールの中では、
少しずつ、違う言葉が増えていく。
外。
消える人。
観測されない存在。
その中に、自分も含まれている気がしてならなかった。




