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強くならなきゃいけないと思っていた

 相談者は、二十代前半の女性だった。


 服装はシンプルで、化粧も薄い。

 無理をしていないようでいて――椅子に座った瞬間、肩だけが固まった。


「……私」

「強くなりたいんです」


 言い切りだった。


「どういう意味で?」


「落ち込まないように」

「人に迷惑をかけないように」

「ちゃんと、普通に生きられるように」


 一息で言う。


「今の私は」

「弱すぎて」

「うつっぽくて」

「何もできなくて」


 指先が、ぎゅっと握られる。


「このままじゃ、ダメだと思うんです」


 俺は、すぐには答えなかった。


「なあ」


「はい」


「強くなりたいってのは」

「誰のためだ?」


 彼女は、少し考えた。


「……周り、です」


「親とか?」

「職場とか?」


「全部です」


 正直な声だった。


「ちゃんとしてないと」

「迷惑だって思われる気がして」


 俺は、椅子にもたれた。


「じゃあ、聞くぞ」


「はい」


「強くなったら」

「何が起きる?」


 彼女は、すぐに答えられなかった。


「……怒られなくなる」

「がっかりされなくなる」

「心配も、されなくなる」


「安心するか?」


「……たぶん」


「幸せか?」


 視線が落ちる。


「……分かりません」


 俺は、頷いた。


「強くなりたいって気持ち自体は」

「悪くない」


 彼女が、少しだけ顔を上げる。


「でもな」


 間を置く。


「認められるための“強さ”なら」

「それは、やめた方がいい」


「……どうしてですか」


「終わりがない」


 静かに続ける。


「認める側は」

「満足しない」

「次の条件を出す」


「それについていったら」

「強くなる前に」

「自分が、なくなる」


 彼女の喉が、小さく鳴った。


「じゃあ……」

「私は、どうすれば」


「強くなりたいかどうかは」

「今、決めなくていい」


「え?」


「まず」

「弱い自分を」

「排除しようとするな」


 彼女は、唇を噛んだ。


「でも」

「このままじゃ……」


「このまま“で”いいとは言わない」


 重ねる。


「ただ」

「このまま“を”否定するな」


 沈黙。


 やがて、彼女が小さく言う。


「……強くなりたいって」

「本心なのか」

「分からなくなってきました」


「それでいい」


「え?」


「分からなくなるってのは」

「ちゃんと考えてる証拠だ」


 彼女の目が、少し潤む。


「……証拠」

「いりませんでしたね」


「ああ」


「私」

「強くならなきゃって」

「決めつけてただけかもしれません」


「多い話だ」


 彼女は、ゆっくり立ち上がった。


「もし」

「それでも強くなりたいって思ったら」


「そのときは」

「止めない」


 少し間があって。


「自由だ」


 彼女は、深く頭を下げる。


 ドアが閉まる。



 事務所に、静けさが戻る。


 相棒が、ぽつりと言った。


「強くなりたい、かぁ。私もそう思ってた時期あったな」


「俺も」


「本当?」


 窓の外を見る。


「強くなくたっていい、

そう思えた今が

一番、楽だけどな」


 強くなる必要はない。

 でも、選ぶ自由はある。


 それだけで――

 もう、証拠はいらない。

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