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頑張っても恋人ができない

 相談者は、三十代半ばの女性だった。


 服装はきちんとしている。

 髪も整っている。

 努力してきたことは、嫌でも分かった。


 ただ――

 椅子に座った瞬間、少しだけ肩が落ちた。


「一日だけでいいんです」


「何がだ」


「恋人のふりを、してほしい」 


 俺は、間を置かずに言った。


「レンタル彼氏、他にいくらでもいるだろ」


「……ですよね」


 それでも、帰らなかった。


「理由は?」


 彼女は、小さく息を吸う。


「頑張ってきました」

「外見も磨いて」

「合コンも、紹介も」

「もう、できることは全部」


 指先が、膝の上で絡まる。


「それでも、できない」

「このまま一生一人かもしれないって」

「最近、ずっと焦ってて」


「で」


「一日だけ」

「“選ばれてる側”でいたかった」


 なるほど。


「確認するぞ」

「手は出さない」

「甘い言葉も言わない」


「……それでいいです」


「勝ち負けも、ない」


「はい」


 俺は、立ち上がった。


「じゃあ、一日だけだ」



 当日。


 親戚の集まり。

 視線は、彼女じゃなく“隣”を見ていた。


 俺は、前に出ない。

 答えも奪わない。


 話を振られたら、彼女を見る。

 決断は、全部彼女に返す。


 それだけ。


 不思議なことに、

 誰も彼女を急かさなかった。


 帰り道。


「……不思議ですね」


「何が」


「焦らなかった」

「何も証明しなくてよかった」


「楽だったか」


「……はい」


 少し間があって、彼女は言った。


「恋人が欲しいと思ってました」

「でも、違ったみたいです」


「ほう」


「自分を疑わなくていい時間が」

「欲しかっただけでした」


 俺は、うなずいた。


「今日も、あんたは、ここにいた」


 彼女は、少しだけ笑った。


「……証拠」

「いりませんでしたね」


「ああ」


「もう」

「一人に戻っても、大丈夫な気がします」


「それでいい」



 事務所に戻ると、相棒が言った。


「恋人役、満更でもなかったんじゃない?」


「冗談。向いてないよ」


 俺は窓の外を見る。


 恋人は、頑張って手に入れるものじゃない。

 でも――

 自分を安売りしないことは、今すぐできる。


 だから。


 この仕事に、

 証拠はいらない。


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