ただただ虚しい
相談者は、制服姿の女子高生だった。
スカート丈も、髪の色も、問題ない。
スマホも持っているし、バッグも新しい。
ぱっと見、
「困っている理由」が見当たらないタイプだ。
椅子に座ってから、彼女は言った。
「……死にたいです」
声は静かだった。
泣いてもいない。
「理由は?」
「ないです」
即答だった。
「家も普通です」
「学校も、別に嫌じゃない」
「友だちもいます」
指先が、机の縁をなぞる。
「やりたいこともあります」
「進学も、ぼんやり考えてます」
「じゃあ、なんで?」
彼女は、少しだけ考えた。
「……空っぽで」
「ずっと、虚しいんです」
俺は、メモを取らなかった。
「死にたいって」
「具体的に?」
「今すぐじゃないです」
「方法も、考えてません」
「でも」
視線を上げる。
「朝起きて」
「今日も生きるんだ、って思うと」
「すごく、疲れます」
沈黙。
「それを誰かに言ったか?」
「言えません」
「理由がないから」
「“甘え”って言われると思った?」
小さく、うなずいた。
「不自由ないのに」
「恵まれてるのに」
「文句言うなって」
「……自分でも、そう思います」
俺は、少しだけ椅子にもたれた。
「なあ」
彼女を見る。
「虚しいってのは」
「何も感じてない状態じゃない」
「え?」
「感じすぎてる状態だ」
彼女の眉が、わずかに動く。
「刺激も」
「期待も」
「未来も」
「全部あるのに」
「どれも、心に落ちてこない」
「それな」
「かなり、しんどい」
彼女は、息を止めた。
「……それって」
「おかしくないですか」
「よくある」
即答だった。
「人はな」
「理由がなくても、疲れる」
「理由があるから苦しい」
「それも、よくある」
彼女は、俯いた。
「じゃあ」
「私は、どうしたら」
「決めなくていい」
「……え?」
「生きる意味も」
「将来も」
「今すぐの答えも」
「全部、保留でいい」
彼女の顔が、少し緩む。
「死にたい気持ちは?」
「消さなきゃ、ダメですか」
「消さなくていい」
「持ったままでいい」
「行動に移さなきゃ、それでいい」
少し間を置く。
「“死にたい”は」
「今の自分が限界だって信号だ」
「命の否定じゃない」
彼女の目に、うっすらと涙が浮かんだ。
「……証拠」
「いりませんでした」
「ああ」
「私が、弱い証明とか」
「理由とか」
「もう、探さなくてよかった」
彼女は、立ち上がる。
「今日」
「生きるって決めなくてもいいですか」
「いい」
「明日のことも?」
「考えなくていい」
ドアの前で、彼女は振り返った。
「……また」
「虚しくなったら?」
「来ていいぜ」
短く言った。
「ここに」
彼女は、小さく笑った。
ドアが閉まる。
⸻
事務所に、静けさが戻る。
相棒が言う。
「……理由がないのが、一番きついよね」
「そういう時もある」
「でも、ずっと続くかどうかは分からない」
俺は、窓の外を見る。
「生きる理由がなくても」
「生きてていい」
それだけのことだ。
虚しさを感じるのに、
証拠はいらない。




