第9話 舞い散る花弁
ゲートをくぐり、朔也は公園の奥へと進んでいった。
そこには、フラワーロードがあった。
道の両脇に花壇が並び、夜でも分かるほど色とりどりの花が植えられている。
その道は、公園のさらに奥までまっすぐ続いていて、まるで奥へ来ることを歓迎しているかのようだった。
周囲は、背の高い木々に囲まれている。
街の喧騒は遠のき、風が葉を揺らす音だけが、静かに耳に届く。
不思議と、胸の奥が落ち着いた。
「……ここの雰囲気、なんか落ち着くなあ」
朔也はそうつぶやき、歩調を緩める。
急ぐ理由はなかった。むしろ、この空気を味わいたいと思った。
夜の冷たい空気。
ほのかに香る花の匂い。
足元を照らす、控えめな園路灯。
それらを一つ一つ確かめるように、周囲を見渡しながら、
朔也はゆっくりと、楽しむように奥へと進んでいった。
フラワーロードを抜けると、視界が一気に開けた。
そこは、広い芝生の広場だった。
ドッグランが作れそうなほどの広さがあり、足元には柔らかな草の感触が広がっている。
周囲には、桜の木々が並んでいた。
この季節には花見ができるように整えられているのだろう。今はまだ蕾の時期だが、枝の重なりが作る影が、夜の空気に溶け込んでいる。
広場の中心には、浅い池があった。
水面は穏やかで、街灯の光をぼんやりと映している。時折、風が吹くと、波紋が静かに広がっていった。
――風情がある。
夜の公園とは思えないほど、整っていて、美しい。
人工的なのに、どこか自然に近い。
そんな広い場所に出たことで、
朔也の胸の奥に、さらに大きな感動が湧き上がった。
朔也は、しばらくその場に立ち尽くし、
静かな感動に身を委ねていた。
「……わあ、すごいな。これ、自然のものじゃなくて……人が作ったんだよな。魔法みたいだ……」
そうつぶやき、広場の中央にある池へ向かって歩き出そうとした、そのときだった。
――違和感。
「……?」
音がしたわけではない。
何かが見えたわけでもない。
ただ、感じた。
理由の分からない感覚。
胸の奥に、かすかな引っかかりが生まれる。
その正体は分からない。
けれど――確かに、そこにある。
朔也は、ゆっくりと視線を巡らせた。
……あそこだ。
視線の先にあったのは、花園だった。
チューリップの花々が咲き誇り、その間を歩けるように整えられた、人気のスポット。
昼間なら人でごった返しているはずの場所だ。
――だが、今は誰もいない。
風に揺れる花々。
整えられた小道。
それだけのはずなのに。
朔也は、そこから目を離せなかった。
何かがいる。
そう断定できる根拠はない。
それでも、
その花園から、確かに“違和感”が滲み出ているのを、朔也は感じ取っていた。
その違和感に、糸を引かれるようにして、
朔也は花園へと足を踏み入れた。
一歩。
また一歩。
進むたびに、違和感は確実に大きくなっていく。
空気が重くなるわけでも、寒くなるわけでもない。
ただ、「ここにいる」という感覚だけが、異様に強まっていく。
――ごす。
鈍い感触が、足先に伝わった。
「……?」
足元を見る。
そこにあったのは、頭だった。
人の頭。
首から下はなく、切断面は花に隠れるようにして見えない。
瞳は開かれているが、焦点は合っていない。
どこを見ているのか分からない、空っぽの目。
朔也は、それを見ても取り乱さなかった。
「……これ、人のもの?」
不思議そうに、そんな感想を抱く。
「なんで、こんなところにあるんだろう」
疑問はある。
だが、恐怖はない。
そう思いながら、もう一歩、前へ進もうとした――そのとき。
「――誰!!」
鋭い声が、夜気を切り裂いた。
朔也は、素直に振り返る。
そこにいたのは、黒髪の少女だった。
凛とした佇まい。
腰まで流れる艶のある黒髪。
整った顔立ちは、きっと誰もが思わず振り向いてしまうほどの美貌だろう。
桜と、チューリップの花弁が夜風に舞い、
その姿を包み込むように、幻想的な光景を作り出している。
――だが。
彼女から放たれる殺気は、そんな幻想とは程遠い。
空気が、張りつめていた。
視線を向けられただけで、皮膚の内側がひりつく。
彼女は、こちらに向けて何かを放とうとしている。
腕を突き出し、
全身の筋肉を張り詰め、
今にも踏み込み、間合いを詰めてくる体勢。
美しさと同時に、
「殺すために存在している」ことが、はっきりと伝わってくる姿だった。
だが、朔也の目には、それが“異常な光景”として映らなかった。
今日、何度も見た表情。
何度も、自分の言葉に苛立たせてしまった、あの顔。
だから。
ここで彼女と出会ったことにも、
花園に人の頭が転がっていることと同じくらい、違和感がなかった。
朔也は、ただ。
その少女――相羽結月のことを、
じっと、静かに見つめていた。




