第6話 現代社会のルール
今日は、疲れたな。
そう、少年――朔也は、小さくつぶやいた。
誰に聞かせるでもない、ただの独り言だった。
現代文明は、驚くことばかりだ。
まず、お金でなんでも買えるということ。服も、食べるものも、生活に必要なものすべてが、貨幣というたった一つの基準で手に入るらしい。必要なものを必要な分だけ、棚から取って、代価を支払う。それだけで成立する世界。
すごい。
正直、そう思う。
村では、そうはいかなかった。
食べ物は、取りに行かなければ手に入らない。獣を狩り、木の実を拾い、季節によっては保存のきくものを確保する。服も道具も、誰かが作るか、あるいは修繕して使い続けるしかない。必要なものは、労力と引き換えだった。
だが、この街では違う。
労力は、いったん「お金」という形に変換され、それを使って、また別のものを得る。間に一段階挟まっているような、不思議な仕組みだ。
ただし、そのお金は簡単には手に入らないらしい。
相羽の話では、お金を得るためには「労働」というものをしなければならない。
労働。
その言葉自体は、村にもあった。だが意味は違う。村での労働は、そのまま生きることだった。畑を耕すことも、狩りに出ることも、家を直すことも、すべてが生存と直結していた。
けれど、ここでは違う。
働くことと、生きることの間に、必ずお金が介在する。
学校に申請すれば、アルバイトができる。
つまり、学校に通いながら、働いて、その対価としてお金をもらう。そして、そのお金で食べ物を買う。
食べるために、直接食べ物を取りに行くのではない。
食べるために、まず別の仕事をする。
なんとも、遠回りな仕組みだ。
そう思わずにはいられなかった。
村にいたころは、自分の食べ物は自分で取ってこなければならなかった。それができなければ、飢え死にと背中合わせだ。誰かが代わりにやってくれることは、基本的にない。
そう考えると、この街の仕組みは、ずいぶんと親切だ。
働けば、最低限、生きていけるようにできている。
――このルールのほうが、まだましなのかもしれない。
朔也は、そう結論づけた。
危険は、見えにくいが、完全に消えているわけではない。それでも、村よりは「安全」に見える。
とりあえず、お金を稼がないといけない。
そうしなければ、ここでは生きていけないらしい。
ふと、ここへ送り出してくれた人物の言葉を思い出す。
「しばらくは、生活に困らない」
確か、そう言われた。
それはつまり、最初からある程度のお金が用意されている、という意味なのだろうか。
確かに、部屋はあった。最低限の生活用品も揃っていた。だが、それがどこから来たのか、朔也は詳しく聞いていない。
聞かなかった、というより、聞く必要がないと思っていた。
与えられたものは、使えばいい。それが、これまでの彼の生き方だった。
だが、この街では、それでは足りない気がする。
お金が尽きれば、すべてが止まる。
それが、少しだけ怖かった。
やはり、仕事を見つける必要がある。
同時に、学業も続けなければならないらしい。学校は、ここではとても重要な場所だ。知識を得るためだけでなく、この社会に属しているという証明にもなる。
――都会の人は、忙しくて大変だ。
そんな感想が、素直に浮かぶ。
やるべきことが多く、覚えることも多い。だが、その分、守られているようにも感じる。
空を見上げると、すでに夕暮れの色だった。
知らない道。知らない街。知らないルール。
それでも、不思議と不安はなかった。
ただ、少し疲れただけだ。
朔也はそう思いながら、静かに帰路についた。




