エピローグ:孫が見つけた禁断の日記
シオンが旅立ち、ルグラン公爵邸に静寂が訪れる……はずもなかった。
さらに十数年後。シオンの息子であり、現公爵の孫にあたるレオンは、図書室の整理中に「それ」を見つけてしまった。
隠し棚の奥、仰々しい封印が施された一冊のノート。
表題には、祖母エヴァの生真面目な筆致でこう記されている。
『公爵夫人エヴァ・ルグランの独省録 ―あるいは、猛毒の観測日記―』
「おばあさまの日記……? 高潔な騎士精神を学ぶ良い機会だ」
若きレオンは居住まいを正し、敬虔な気持ちでページを捲った。それが地獄の門を開く行為だとも知らずに。
【結婚一年目:某日】
夫・ユースが、私の寝顔を三時間見つめていたとメイドから報告を受けた。
恐怖を感じる。
これが王都で流行している「呪いの儀式」というものか。
私は防衛のため、彼を庭の噴水まで投げ飛ばした。
彼は水浸しになりながら「エヴァ、君に投げられると、全身の血が活性化するようだ。ありがとう」と供述。
……末期的だ。この男は毒素だけでなく、脳を破壊する魔力を持っている。
明日は早朝から精神浄化のために大岩を百回持ち上げることにする。
【戦場での出産:某日】
吹雪の谷で、ついにシオンが産まれた。
ユースは産声を聞くなり、私と赤子を見て「……奇跡だ。二人の天使が同時に私の魂を刈り取りに来た」と呟いて気絶した。
産後で疲れている私に、夫の介抱までさせるつもりか。
とりあえず、気付け薬代わりに彼の顔に冷水を浴びせ、ついでに「離縁届」を突きつけた。
彼は「その紙、裏に君のサインがあるなら家宝にするよ」と笑った。
やはり、この男はキモい。いや、キモいの向こう側へ到達している。
【シオンの独立後:某日】
ようやく息子が家を出た。
静かな夜。ユースが「ようやく二人きりだね、エヴァ」と言いながら、私の腰に手を回してきた。
その瞬間、私の右拳が勝手に彼の顎を捉えていた。
だが、おかしい。拳に伝わる彼の体温が、嫌ではないのだ。
私は今夜、初めて「自発的に」彼と同じ寝室に向かうことにした。
……あくまで、彼に説教をするためである。断じて、抱かれたいわけではない。
「…………っ。」
レオンは静かに日記を閉じた。
その顔は青白く、手は小刻みに震えている。
「レオン。そんなところで何を読んでいるんだい?」
背後から、朗らかな声がした。
現れたのは、おばあさま(エヴァ)だ。その腕には、なぜか「仕留めたばかりの巨大な猪」が抱えられている。
「……おばあさま。この、日記の内容は……本当なのですか?」
「ああ、懐かしいわね。私の若かりし頃の、苦難の記録よ。ユースという名の怪異と戦い続けた、聖戦の記録と言ってもいいわ」
そこへ、おじいさま(ユース)が、これまた「おばあさまへのプレゼント」だという巨大なダイヤモンドの原石を抱えて現れた。
「エヴァ! 今夜のメインは猪か、素晴らしい! 君が解体する姿を想像しただけで、私の心臓の鼓動が激しく……!」 「黙りなさい、このキモ公爵! 石を置いてきなさいって言ってるでしょ!」
いつもの、爆音を伴う痴話喧嘩が始まる。
レオンは、日記の最後に殴り書きされた一文を、震える目で見つけた。
『追記:やはり私は、このキモい男がいなければ、剣の振り方も忘れてしまうらしい。癪だが、これが私の運命なのだろう。』
レオンは天を仰いだ。
「……お父様、僕、やっぱり修道院に行きます。この家には、僕が理解してはいけない『概念』が満ちすぎている……」
ルグラン家の平和は、こうして次代へと語り継がれていくのであった。
【完結】
最後までお付き合いありがとうございました!
ルグラン家は今日も平和(?)です。
もし楽しんでいただけたら、評価・ブクマ・感想をいただけると次作の励みになります。
スピンオフ(孫世代/シオン周り)も書けそうなので、反応が良ければ検討します!
よろしければ【ブックマーク/評価】で応援いただけると嬉しいです!




