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生ハムはみんなの人気ものです!

作者: 秋本悠
掲載日:2025/08/26

続いてしまった、生ハム令嬢…。(笑)



(生ハムの次は……やっぱりサラミかしら? 保存もしやすいし、旅の食料にも良いかも)


 そう思ってしまった私は悪くないはずだ。



 私は、マルティーナ・ラックスハム伯爵令嬢。

 生ハムの意味を持つ家名の令嬢だ。

 ちょっと前に婚約破棄がきっかけで、どうせならば好きな事をやろうと一念発起して、生ハムを作り始めてしまったのは、何を隠そうこの私だ!

 相手の浮気で婚約破棄をしたわけなのだけれど、結果的に生ハム生産がうまくいって、私としては満足なのです。

 でも気になることがまたひとつ。

 生ハム作りって、基本待つことが仕事……みたいな? 熟成乾燥させることが大事なので、私が作っている生ハムは待つ時間がとにかく長い!

 最低でも半年は必要だと思っている。

 そのため、受精乾燥の期間に入ってしまえば、他にやることはない。さて、困った。何をしよう? という話なのだ。

 そこでふと目に入ったのが、白カビのチーズ。


(は! うちの領地のチーズは白カビメインだった! というか、白カビがあるのならば、白カビのサラミも作れるんじゃない!?)


 ええ、思いついてしまったのならば、仕方がないと思います。

 まぁ、サラミも一ヶ月から二ヶ月くらいかけて乾燥・熟成させますから、結局は生ハムと一緒じゃない? なんて言われてしまいそうですけれども。でも生ハムよりもかなり短い期間で作れるのだから良いのでは? と思ってしまいました。

 ちなみに、この世界にもソーセージは存在しているし、うちの領地でも作っている。

 サラミはウィンナーみたいに腸詰めをして、普通のサラミだったら熱乾燥ののちに燻製にしてさらに熟成乾燥をさせる。白カビサラミだったら、腸詰めにしたあと白カビを付けて熟成させる。

 あ! 両方作ってみればいいのか!

 生ハムと一緒で最初は試作だ。もし上手くいったら正式に始めればいいのだ!

 私はまたもや父のところに駆け込み、「新しく作りたいものがあるのですけれど!」と叫んだ。

 父は政務の途中だったのか、ペンと書類を持ったまま、ぽかんとした顔で私を見ていたけれど、「ああ、うん。マルティーナの好きにしたらいいよ」とすぐに了承してくれた。ありがたい。


 そんなこんなで、私は生ハムの次にサラミ作りに取り組んだのでした。






 やったー! サラミ作りも成功したどー!


 一ヶ月の熟成期間を経て、味見をしたサラミは腐ってもいなかったし、程よい塩気で食感も私が覚えている前世のサラミと同じだった。

 嬉しいー! 生ハムにサラミにって、ますます領地の収入が増えるじゃありませんか!

 お父様にも差し入れしたところ、おいしいと気にいってくださいました。こちらも生ハム同様、生産を続けていいって!

 生ハムを予約してくださっている方にサラミも普通の燻製タイプのものと、白カビタイプのものを一本ずつおまけでお付けして、宣伝してみたところ、こちらも飛ぶように売れている。

 今では色々な大きさのものを作っている。大きいものから小さいものまで。皆でやいのやいの言いながら研究をして作っている。最近はチーズやくるみを入れた一口サイズのものが人気だ。

 本当に天職だわ! なんて思っていたときに、事件は起きた。






「おい! お前! ちょっと待て!」


 社交シーズンに王都でパーティーへ参加したときです。生ハムとサラミの生産をしているのに領地を離れるのはちょっと嫌だったのですが、仕方がない。これは貴族の義務です。

 それに父も口には出さないものの、婚約者がいない私に新たな婚約を考えているようだったので、そのためにも社交に精を出さなければいけない。

 そんなときに、とある侯爵家のパーティーへ参加したところ、突然声をかけられました。声の方向へ振り返ると、見知らぬ令息がひとり。


「あの……どちら様でしょうか?」


 見覚えのない顔でした。どなたかしら? と首を傾げていると、その令息はこともあろうか、私の手首をいきなり掴んできました。


「痛っ! ちょっと……いきなり何ですの!? 離してください!」

「無視をするお前が悪いのだろう!? 貴様、何故私の申し出を受けないのだ!」

「申し出? 待ってください。何のことですか!? 痛い! 離して!」

「離したら逃げるだろう!? 了承の返事をするまで離さないぞ!」


 一体何のことだかさっぱりわかりません。急に掴みかかってきて、無視だとか申し出だとか何のことか。どこの家の方なのかすらわからないのに、そんなこと言われても。

 もうこれははしたなくても急所に一発お見舞いして離してもらうしか……などと若干物騒なことを考えているときでした。


「何をしている!?」


 見知らぬ令息と私が揉めている声は会場内にも響いていたのでしょう。別の男性が割って入ってきました。あら? この方は主催の侯爵家の次男ではなかったかしら?

 侯爵家次男の方は、令息を睨み「レディになんたることを! 離せ! さもなくは警護の騎士にすぐさま引き渡すぞ!」と冷たい声で告げれば、令息は顔を青くして慌てて私の手首を離しました。


「大丈夫ですか? あなたはラックスハム伯爵令嬢ですよね?」

「ええ、そうです。助けて頂いてありがとうございます」


 多少手首が赤くなったが、怪我をしているわけではなさそうだった。まったく! 一体何なのよ!? 本当にこの人誰!?

 見知らぬ令息を睨みつけてやると、令息は私の目線に気付いたのか、目を吊り上げた。


「さて、どうして君は当家主催の夜会で、ご令嬢に掴みかかっていたのかな?」


 次男様が令息に問いかけます。令息は私を睨んだまま、次男様に訴えかけました。


「ラックスハム伯爵令嬢が悪いのです! 私がせっかく結婚してやろうと何度も打診したにもかかわらず、無視をするのです! 大体、一度婚約がだめになった傷物を迎え入れてやろうというのに、厚顔無恥も甚だしい!」

「は? 結婚?」


 おっと、いきなりぶっこまれた情報に、低い声が出てしまいました。危ない危ない。

 結婚なんて知らないし! 確かにお父様は今日の夜会で良い人がいたら……的なことは言ってましたけど、打診が来ていたとかそういう話はされていない。

 マジで知らない! どういうことよ!?

 黙っていても仕方がないと私は反論する。


「すみませんが、私は存じ上げません。我が家へ打診していたとしても、それを管理しているのは私の父です。文句でしたら父へお願いいたします」


 帰ったらお父様をとっちめないと! こういうトラブルがありそうならば、言っておいてもらわないと対処のしようもない。

 私の発言に騒ぎを静観していた周囲からどういうこと? といった感じのざわざわとした空気が出る。

 しかし令息は私の答えが気に入らなかったのか、また掴みかかってきそうになった。けれど、次男様が間にさっと入って、阻止された。


「君、まずは彼女に自分の非礼を詫びたまえ。大体結婚とは家同士の問題だ。当主が否であれば潔く諦めるものだろう。それに、令嬢に対して傷物だとか貶める発言をしていて、何故縁を結べると思うのか。大体、どこの家の者だ? 私は君の顔を知らない」


 え? 次男様も知らない人なの? 主催が知らない招待客って誰よ?

 そうギョッとしていると、令息は急に焦り出した。


「いや……その私は……」

「名を名乗ってもらおうか。もしも名乗らなかった場合は、やっぱり警護の騎士に連れて行ってもらおうか」


 次男様が脅しをかければ、令息はおずおずと自分の名前を告げた。彼はとある子爵家の嫡男らしい。嫡男? え? 家名は知っているけれど、こんな令息がいただなんて知らないんだけど……。

 それは次男様も一緒だったらしい。


「君……それは本当か? 確かにあの家に跡取りは現在いなかったはずだが……」


 そうだ。彼の言う通りだ。確か次期子爵となられる方は、一年前くらいに事故で儚くなったはず。ということは養子……?

 不思議に思いながら令息を見ると、次男様の言葉に気を悪くしたのか、顔を真っ赤にしていた。


「私が正当な次期子爵だ! あんな出来損ないがいたから正当なる後継者の私がいつまでの日陰の身であったのだ! ようやく次期子爵として認められたから、お前を娶ってやろうというのに!」


 あ。いわゆる庶子か……察し。この年齢で引き取られたということは、今まで恐らく平民として暮らしていたのだろう。だから年頃の貴族家の子供たちが通う学院へ行っていたわけでもないから、顔を知らなかった。そう考えて納得した。そりゃ、次男様も知らないわけだ。彼も私よりひとつかふたつくらい年上で、似たような時期に学院へ通っていたからね。

 まぁ、そんな話はさておき。他家の跡取り問題は私には関係ないからそれは別に良い。でもだからと言って、何故私? っていうか、いくら次期子爵とはいえ、伯爵家の一員である私に対して、その態度はいかがなものか。

 え? 一度婚約が駄目になっているから、侮辱しても良いって? んなわけないでしょう! どうやってもうちは伯爵。子爵家が侮って良いわけがない。

 当然周囲もそういう雰囲気になってきた。

 恐らくは、こういう態度の子爵家に父は不信感を募らせたのだろう。正式にお断りして以降、返事をしたらややこしいことになる可能性があるから無視をしていた。多分、これが正解。

 断られたら次に行けばいいのに、どうしてそんなに私にこだわるのか……。意味がわからんと思っていれば、あちらが勝手に言い出した。


「お前が私と結婚する際に、生ハムとやらの権利も一緒に貰ってやると言うのだ! 傷物のお前が持参金代わりとして持ってくるのはちょうどいいだろう?」


 お前! 生ハム目当てかよ!! それが私に固執する原因か!

 まぁ、今社交界ではうちの生ハムブームが来ていますけれどね。ははん、読めたぞ。

 恐らく、この子爵家はこの庶子令息の件もあって、あまり評判が良くないのだろう。もしかしたらすでに傾きかけているのかもしれない。

 そこに社交界を賑わせている、私の生ハム! これを取り込んで、立て直しを図ろうという魂胆か。

 でも……残念ながら、無理じゃないかしらね?


「残念ですけれど、子爵家では無理でしょう」

「は? 何を言っている!? 貴様のような女に何故そのようなことを言われなくてはならない」

「だって、子爵家のご領地は確か、かなり南の温かい地域だったと記憶しておりますが?」

「だったら何だというんだ!?」

「残念ですけれど、生ハムはうちの領地のような寒い地域でないと作れないのです。ですから、子爵家では恐らく作れませんわ」


 そう、根本的な問題だ。この子爵家の領地では生ハム作りに適していない。熟成小屋みたいなのが作れれば大丈夫かもしれないけれど、残念ながらこの世界にそういう便利なものって存在しないのよね。気候は自然任せ。だから、温かい地域では熟成じゃなくて腐敗して駄目になってしまう。

 そう言ってやれば、令息はぽかんとした顔ののち、また憤慨した表情を見せた。


「うるさい! それをどうにかして我が家に利益をもたらしてこそ女主人だろう!?」

「いえ、その前に婚姻の打診はお断りしているはずですので、まるで決まっているかのような言い回しはおやめになって頂けますか?」

「そうだな。それにこれだけ騒ぎを起こしたのだ。貴殿の言動は今日の招待客に全て見られている。どちらが正しいかなんて、周囲が判断してくれるだろう。さて、君の言動は正しいと言えるのか?」


 私が否定すれば、それに乗っかるように次男様も加勢してくださった。そして次男様の言う通り、周囲は令息に対して非難めいた視線を浴びせている。


「まぁ……見苦しい。貴族の何たるかをわかっていらっしゃらないご様子」

「そうですな。引き取られて一年も経っていないのでしたら当然かと。あれで正当な後継者と言われても……」


 どこからともなくクスクスと笑い声が聞こえてくる。ああ、これが貴族社会。足の引っ張り合い。

 私に非難があまりないのは、恐らく生ハムのおかげ。だって、みんな流行に乗りたいものね。ここで私や我が家を批判すれば、生ハムから遠ざかるでしょうから。

 おまけにサラミという新商品が出て、こちらも早くもブームが巻き起こっている。

 婚約が駄目になったところで、うちの勢いからしてみたら縁を結びたい家などたくさんあるはずだ。むしろこんな勘違い後継者がいる子爵家と話がまとまってしまってはとんでもない! と周囲が私の味方をする。

 ありがとう、ありがとう! 生ハム様!

 本当に前世を思い出して良かった! 生ハム作って良かった!

 周囲に責められた令息はその空気に耐えられなかったのか、もう一度私を睨んでその場から去っていった。

 あー! よかったぁ! 一時はどうなることやら思った!

 はぁ……と胸に手を当ててほっとしていると、次男様が声をかけてくる。


「大丈夫でしたか?」

「ええ。騒ぎを起こしてしまい、大変申し訳ございませんでした」

「あなたが悪いわけではないでしょう。そもそもあの家に招待状を送ったのは我が家ですし、それ以上に礼儀知らずの令息が悪いのです。あの子爵家との付き合いは考え直すべきですね」

「そうですね。私も父に進言してみようと思います」


 ホントにな! 生ハムの予約リストに入っているんだったら、速攻削除して抗議をお父様に送ってもらわなくちゃ!

 次男様は微笑んで、私に手を差し伸べてきた。


「休憩室へご案内いたしましょう。少し休まれた方が良い」

「ですが……。我が家の不手際ですので、ご遠慮なさらず」


 言われるがまま、次男様にエスコートされ、休憩室へと案内された。

 とても豪華なソファへ促されて座ると、すかさず公爵家の使用人の方がお茶を持ってきてくださった。

 次男様は私の向かいへ座り、進められてお茶を頂く。とても薫り高くおいしいお茶だった。どこのお茶かしら? これならば生ハムやサラミとペアリングしてもおいしいかもしれない。

 そう思いながらお茶を頂いていると、次男様が話しかけてきた。


「本当に災難でしたね。もしも気分が優れないようでしたら、家までお送りしましょう」

「お気遣い、ありがとうございます。少し休めば平気ですわ」

「そうですか。ところで、現在結婚の打診は全てお断りしているのでしょうか?」

「え? それは……父に任せているので、私にはよく……」


 あー、本当は色々言っていたけれど、生ハムとサラミ作りに夢中で、あんまりよく聞いてなかったのよね。あはは……。

 適当に誤魔化すと、次男様がひどく真面目な表情で私を見た。


「実は……私もラックスハム伯爵家へあなたとの婚姻を打診しているのですが、ご存知ない?」

「え?」


 いきなりの発言に私は目を丸くする。知らないよ、そんなこと!

 次男様は私の驚き方に、何も知らないとわかったらしい。苦笑した。


「今日の夜会に……あなたを連れてきてくださるよう、ラックスハム伯爵にお願いをしていたのです。伯爵はあなたさえ良ければとおっしゃっていただいていたのですが……。私が声をかけようとしたときにあの騒ぎでしたので……」

「それは……申し訳ございません」

「いえ! 本当にあなたは悪くありませんので、謝らないでください!」


 いや、知らなかったこととはいえ、大変申し訳なく……。もう、お父様ったら! 最初から今日参加するように言ったのはこういうことだったのね!

 次男様はそんな私をよそに話を続ける。


「学院在学時からあなたのことを良いなと思っていたのですが、そのときあなたはすでにアーベレ伯爵令息と婚約されていた。だから諦めたのです。けれど、婚約は破棄された。これはチャンスではないかと思った。そして、あなたは目覚ましい活躍を見せている。私もあなたが作った生ハムを食べました! 衝撃でした。口の熱であんなにもとろける食感、素晴らしかった!」


 ん? 何か途中からおかしくない?


「そして、最近新たに作られたというサラミもいただきました。こちらは生ハムとは違って噛み応えのある食感なのに、香辛料も効いていて、また違った味わいだ! 私はこれを生み出すあなたに再度惚れ直してしまいました!」


 んん? それって私に惚れ直したんじゃなくて、生ハムに惚れたんじゃないの??


「ぜひ、私と結婚してほしい! 私は婚姻したら、家にある子爵位を継ぐことなっている。領地も侯爵家の飛び地を任されることになっていて、ラックスハム伯爵の領地に近い地域だ。環境も似たような場所だし、生ハムを作るのも適しているだろう。それにあなたも里帰りしやすい」

「……はぁ」

「苦労はさせない! それに生ハム作りも続けてもらって構わない! あんなどうしようもない男からも絶対に守る! だからぜひ!」


 おっと、何か圧がすごい……。というか、本当に私に惚れてるの? 生ハムじゃないの?

 何かもう色々と言いたいことはあるけれど、お父様が半分認めているのだったら、大丈夫かしら? 悪い方ではないのは学院時代から知っているし、例え生ハムに惚れているとしてもさっきみたいな野心を感じるわけでもなくただ純粋に生ハムを愛していらっしゃるように思える。

 そういえば、さっきの夜会会場のお料理に、生ハムを使ったオードブルが何種類かあったわね。よくこんな調理法を知っていたなって感心をしていたけれど、あれって私がお父様に教えたレシピよね。

 ということは、お父様経由で侯爵家に流れていると。もうこれは外堀が埋められているというやつでは?

 私は頭の中で色々考えつつ、にっこりと笑った。


「そうですわね。でも、あなたのことあまりよく知らないのです。ぜひその人柄をもう少し知りたいのですけれど?」


 次男様にそう言えば、彼の顔が輝いた。


「だったらぜひ、デートに誘っても良いだろうか!? 観劇でも買い物でも、食事でも! どこへでも行こう! 私のことを知ってくれ!」


 わぁお、前のめり!

 こうして私は次男様の猛プッシュを受けて、婚約する運びとなりました。

 彼は我が領地まで足を運んでくれて、生ハムやサラミの製造現場を見学したり、実際に製造を体験してみたりして、ますます生ハムの虜になっている様子。

 私に生ハム製造に精を出して良いなんて言ったけれど、実は彼が一番楽しんでいるのではないかしら? と思っている。

 利益だけを求めずに、こうして実際を見て体験して、その上で好きなことをやってと言ってくれるのだから良いだろう。


「今回の生ハムも良い出来だねぇ……。パンにチーズと生ハムをぎゅうぎゅうに挟んで、ピクニックにでも持っていくかい?」

「貴方、本当にそれが好きね」

「ああ! 何せ、君が作ってくれたものだからね!」



色々やることいっぱいあるのにね、書いちゃいましたw

ある意味現実逃避……。

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