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火竜闘争記

作者: 犬丸工事

 ぐつぐつと煮えたつ、鮮烈なまでに赤いマグマの海に浸かりながら、レッドドラゴンはその生き物を見下ろした。

 それは実に小さい――全長15メルトルにもなるドラゴンから見れば、その小指の一本にも満たない大きさの生き物であった。


 生き物は『人間』という種であった。性別はオスであるようだ。

 その身には脆弱な人間種とくゆうの『甲冑』を着こんでおり、腰には一本の剣をさげている。


 一人である。否、取り巻きは大勢いるのだが、ドラゴンの住処に入る手前で待たせているのが見えた。一人でこの最強種であるドラゴンにたてつこうとしているのである。

 爛々と光る眼差しで、臆さず見上げてきている。


 ドラゴンはその目は気に入った。そのため、低い唸りまじりの声で、話しかけてやったのであった。


「一対一でこの私に、竜に挑まんとしているということは。『契約の闘技』を行うという意で相違ないな?」


「ああ。俺はお前が欲しい。お前という力が、存在が欲しいのだ」


 人間は大きく頷き、腰の剣を抜いてドラゴンへと突きつけてきた。


「俺には俺の国を作りあげ、この乱世を平定する夢があるのだ!! 故にこそ、お前が必要だ!! ドラゴン。いいや、『火焔竜フラメル』よ。俺に傅き、続け。俺の夢の礎となるのだ!」


 なんという傲岸不遜!! このドラゴン――火焔竜フラメルを、おのれの野望の糧としようなぞとは。さらに言うに事欠いて、その野望が天下泰平――世界平和とな?

 片腹痛くて、おもわずフラメルは嗤った。弾みで口から炎の吐息がまろび出た。


「笑止千万! この私を屈服せしめんとするその傲慢ぶりよ! 挙句に世界平和だと!? 片腹痛いわ、人間風情が!! ……だがしかし、その意気や良し。やってみるがいい。見事、私を打倒せしめたならば、お前の大望に乗ってやるとしよう!」


 冑の下で人間は笑った。それはそれは嬉しげに、楽しそうに頷き返した。


「有難い。火焔竜フラメルは何より闘争を欲し、ヒトとの義をも重んじるとは真であったな!! しからば早速始めるとしよう。我らが闘争を!!」


「うむ。――我が炎で融け焦がしきる前に、お前の名を聞いておこうか」


「おお。俺の名はイグナティウス。イグナティウス・ローレル。ローレルの獅子、イグナティオンの子だ。……俺は負けんよ。融け焦がされることなどない。お前の主になるのだからな!!」


「大口叩くのは、私を負かしてからにしろ!! ――それでは、始めようか!!」


 フラメルは大きく息を吸い、横ひと薙ぎの炎を噴きかけていく。まずは小手調べだ。人間――イグナティウスを骨まで残さずに燃やし尽くさんとする。


 それに対し、イグナティウスは体を真っ白の輝きに覆い尽くし、前へと転がる。紙一重のタイミングで躱し、立ち上がったと見るや膝を曲げて跳躍。

 ひと跳びでフラメルの胸の高さにまで到達した。


「身体強化か……! ぬぅ、やるではないか!」


「フ。……というよりか――」


 不敵な笑みをうかべた気配を滲ませながら、イグナティウスは剣を振るう。力強く、風を切って――ガキィン!! と硬い異音をたてて、剣はフラメルの鱗に弾かれた。

 ちょっとの傷も残すことなく。


「俺はこの『身体強化』魔法しか使えぬからな!!」


「…………は?」


 一瞬自身の耳がおかしくなったかと判じた最強種こと、フラメルであった。

 おもわずと聞き返すと、イグナティウスはなおも不敵に笑う気を滲ませて吼えるのだった。


「だから! 俺は『身体強化』魔法しか使えぬと言っている!」


「こ……この期に及んで、冗談をぬかすでない!! これは神聖な儀式なのだぞ!!」


「冗談などではない、本当だ!!」


「っ……な、なら、その剣や鎧冑に魔法を付与しているのであろう! 我が炎を防ぎ、鱗をも斬り裂けるようなものを!!」


「残念ながらそんなものはない!! 見たであろう、お前の鱗を斬り裂けなんだ、俺の剣を!! 避けた俺の姿を!! ローレル家は現在、自領の戦災復興がため、家計は火の車だ!!」


「……馬鹿か、貴様は!! 何ゆえさような状態で、この神聖なる儀に及んだのだ!?」


「すべては我が大望のためよ!!」


「馬鹿か、本当に!!」


 ――信じられないとかぶりを振りつつ、しかしながら始めてしまった儀式はやめられない。

 フラメルはその後も――あまりに一方的、あまりに無謀と思われる人間の男の挑戦を受け続けたのであった。


 後に千年王国を築き上げるとされる、イグナティウス王国の始まりの一幕であった。

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