第1話 [同士、転生す]
冗談で頼んだら思ったよりちゃんとしたのが送られてきた。
「資本主義はすべてを腐らせる……!」
俺――赤旗真司は吼えた。
日本のとある駅前、マイクを手にした俺の叫びは、誰にも届いていなかった。行き交う人々は冷たい視線を向け、スマホ片手に小さく笑う者すらいる。
だが、俺は止まらない。
「労働者諸君、資本家どもに搾取されていることに気づけ! 賃労働こそ現代の奴隷制! 真の自由と平等は、社会主義によってこそ実現されるのだ!」
目の前に並ぶ通行人たちは、誰一人足を止めない。バイト先もクビ、友人もゼロ、家族からも「もう帰ってくるな」と言われ、俺は孤独だった。
でも、信じていた。
革命は必ず訪れる。
どんなに笑われようと、俺の信念は揺るがなかった。
その日も、ブラック企業の前でビラを撒いていたときのことだ。ビラを受け取る者はいなかった。警備員に腕を掴まれ、「帰れ」と怒鳴られた。
「なぜ怒る!? お前もまた搾取される側の人間じゃないのか! 我々は階級的には同志だぞ!」
「うるせぇんだよ!」
追い出され、憤りながらビルの前を歩く。スマホに目を落とした瞬間――
トラックが俺に突っ込んできた。
――ああ、終わったな。
その直後、俺の意識は闇に沈んだ。
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気づけば、草原だった。
見渡す限り緑が広がる大地。小高い丘、穏やかな風、空には双つの太陽。
「……これは、まさか」
俺の頭の中に、異様な声が響いた。
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《転生者:アカハタ・シンジ、ようこそ異世界へ》
《職業:革命家》
《ユニークスキル:「プロレタリアートの目覚め」「搾取構造可視化」「人民扇動」》
《特典:社会変革に必要な基礎知識・語学・常識を付与しました》
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転生……異世界……これは、なろう的な展開だ。だが、これは偶然ではない。歴史的必然だ!
そう確信した瞬間、俺は天を仰ぎ、高らかに叫んだ。
「この腐った世界に革命をもたらす! 階級社会を打倒し、すべての労働者を解放する! 赤き旗の下に、団結せよ!」
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しばらく歩くと、石造りの道が現れ、遠くに街が見えた。
門の前には番兵と見える二人の男が槍を持って立っていた。
「通行証はあるか?」
「ない。だが、俺はこの世界を変えるために来た者だ。同志よ、我と共に――」
「……帰れ」
槍の切っ先がこちらに向けられる。
(なるほど、この世界も腐ってやがる……)
仕方なく門前で野宿することにした。食料もない。スキル《人民扇動》を試すにも、まだ対象がいない。俺の革命は、まだ始まりすらしていなかった。
だがその夜、焚き火の灯りの中、ひとりの少女が近づいてきた。
「……あなた、旅の人?」
彼女の名はリサ。街の下層に住む織工の娘だった。父は病に倒れ、家は重税で苦しんでいるという。
「この国は、貴族様たちがすべてを握ってるの。働いても働いても、暮らしは良くならない……」
彼女の言葉に、俺は拳を握った。
「……リサ。お前は、自分が搾取されていることに気づいているか?」
「え……?」
「貴族たちは、お前たちの労働で得た富を独占している。お前たちこそ、労働者階級――プロレタリアートだ。真の敵は、お前たちの上に胡坐をかいているブルジョワどもだ!」
彼女はぽかんとした顔をしていたが、俺は止まらなかった。
革命とは、まず意識の覚醒から始まるのだ。
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次の日、リサは俺を街へ案内してくれた。
貧民区の裏通り、糞尿の流れる溝、病人だらけの診療所。
対照的に、城のある高台の住宅街は大理石に彩られ、噴水すらある。
この格差――これこそ階級社会!
俺はスキル《搾取構造可視化》を発動してみた。
街の構造が、赤と黒の網で表示される。黒は貴族、赤は労働者。線でつながる“搾取パス”が見える。
「……こんなにも露骨に、富が吸い上げられているのか」
俺は震えた。この世界でも、搾取は当たり前の顔をして存在している。
これは偶然ではない。
これは必然だ。革命の必要性は、どの世界でも不変なのだ。
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俺は貧民区の広場に立った。身を震わせ、叫ぶ。
「労働者諸君! なぜ貴族どもに富を奪われ続けている!? お前たちの汗と血こそが、この街を支えているのだ!」
誰もが戸惑った顔でこちらを見る。
それでも、俺は叫ぶ。
「今こそ団結の時! 搾取する者とされる者、その構図を壊すのだ! この手で! 革命の烽火を上げるのだ!」
一人、二人……立ち止まってこちらを見る者が増える。
誰かが小さく拍手した。
リサが頷いた。
「あなた……本当に、変えてくれるの?」
「もちろんだ。我々の手で、新しい世界を創る!」
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次回:
「炭鉱と鎖と第一の演説」
──搾取の現場にて、赤旗は掲げられる
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