知らぬ間にできた夫婦の溝をカレンダーが埋めた
なろうラジオ大賞6参加作品です。
「今日から師走です」
TVの声につられ、カレンダーに目を向ける。月めくりのカレンダーはまだ11月のままだった。
めくって破ろうとして、今日の日付に赤いペンで丸がつけられていることに気づく。予定は書かれていない。
――今日、なんかあったっけ。祝い事はないし、記念日でもない。来客ならひとこと書きそうだし、うーん、特売日とかかなあ。
あれこれ考えたがピンとこない。そもそも妻の由梨は予定を手帳に書く。なぜ今回に限ってわざわざカレンダーに書いたのか。
気になるなら本人に聞けばいいのだけれど。
最近は残業続きで帰宅が遅く、平日は由梨との会話がほぼなかった。さらに休日は何をするにも億劫で、妻との会話もおざなりに対応した自覚がある。だからカレンダーの話題もでたかもしれないが全く覚えていない。
『やっぱり話を聞いてなかったんだ』
由梨の呆れる声や曇り顔を想像すると、素直に尋ねることができない。迷っているうちに出勤時間になり何も聞かずに家を出た。
仕事中も何か大事なことを忘れている気がして集中できず、終業時に同僚の関から「疲れてるなら無理をするなよ」と声をかけられた。
軽く手をあげて応えながら、こいつも変わったと思う。今はこうした気遣いができる男だが、以前は独善的で、奥さんに三行半をつきつけられた過去がある。
女は男を突然見限るよと関が言ったときに、俺は相手をちゃんと見ていればわかると答えた。
それを思い出しやっと気づいた。
由梨にも心があり、変わらない日常などなく、俺は何も見えていなかったと。
急ぎ帰宅すると玄関に大きな鞄が置かれていた。
――まさか。
動揺してその場から動けないでいると、「おかえり」と妻が顔を覗かせた。普段通りの妻に涙がこみあげる。
「ごめん……」
俯いて涙を流す俺を見て、慌てて駆けてきた由梨が「どうしたの」とふわりと俺を抱きしめた。
結論を言えば、赤丸は俺が書いたものだった。
以前家飲みで深酒して由梨に抱きつき、「太ったな〜12月から一緒にジムに通おう」とカレンダーに印をつけたらしい。
記憶にないが、俺が最低なことはわかった。
「実は少し諦めてたの。夫婦はこんなものだって」
後にあの頃を振り返った妻の一言で、やはり崖っぷちにいたのだと猛省した。
あれからお互いに言葉が増え、夫婦の溝は浅くなった気がするけれど、由梨はどう思っているのだろう。
なんとなくカレンダーをめくる。
12/1に『再出発の記念日』と書かれていた。
大きな鞄はジム用のもの。
一緒に行こうと待っていただけです。