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7 小雲おばあちゃん

「ボクはスミだよ! よろしくね!」 

 

 私の前に出て来てくれた全身黒色の子猫は自己紹介をした。何とも元気いっぱいな子だ。その名前の通り、墨のように真っ黒だ。


「お前か、スミ。さっき言ったことは本当なのか?」

 

 宗介はスミ君にそう問いかけた。その様子は疑っているというより、まだ幼いスミ君がちゃんと分かっているかどうか心配のようだ。


「うん。前に小雲おばあちゃんから聞いたもん」

「まあ、あのお婆さんなら間違いないか」


 どこか納得して様子の宗介は私の方を振り返った。


「莉渚お嬢さん、どうやらスミの奴に心当たりがあるみたいです。この子は幼いですが、好奇心豊かで元気です。きっと貴女の力になるでしょう」

「ボク、頑張るよ!」


 私に向けて説明する宗介の隣でスミ君は誇らしそうに胸を張った。やる気は十分のようだ。私はこの子に賭けていいと思った。

 私は横にいる相棒に視線を送った。私と目が合ったジョンは優しく微笑んだ。


「莉渚の好きにすればいい」

「分かったよ。スミ君、お願いするね」


 ジョンから背中を押してもらった私は地面に膝をついて、スミ君の頭を撫でた。頭を撫でられたスミ君はふふと嬉しそうに笑った。

 こうして、私とジョンに新たな仲間、スミ君が加わった。



「スミ君、小雲おばあちゃんって君のおばあちゃんなの?」


 宗介たちに感謝と別れを告げた私とジョン、そしてスミ君は彼が言う『小雲おばあちゃん』がいるところに向かっていた。

 私たちはスミ君を先頭に、小道を歩いていた。人が1人通れるぐらいの狭い道だ。


「ううん、ボクのおばあちゃんじゃないよ。ボクの友達なんだ。小雲おばあちゃんは物知りで、ボクに色々教えてくれるんだよ」


 私の質問にスミ君はこちらを振り返って答えた。その笑顔を見れば『小雲おばあちゃん』と仲良くしていることが分かった。


「へー、どうしてそんなに色々知っているんだろうね」


 私が疑問に思っているとスミ君は得意そうな顔をした。


「小雲おばあちゃんはとても長生きなんだ。だから、何でも知っているんだよ」

「えっと、そのおばあちゃんって猫だよね?」

「うん。そうだよ」


 スミ君の返答に私は考え込んだ。猫の寿命は平均で15年程、長くても20年ぐらいだと聞いたことがある。

 私の年齢は18歳だから、おばあちゃんが余程長生きしていないと大体私よりも年下ということになる。

 もちろん、人と猫では一生の長さが違うため、そんな簡単な話ではない。けれど、私よりも短い年数でそんなに色々知っているだろうかと疑問に思ってしまった。


「おばあちゃんはいつも言っているよ」


 そんなことを考えている私にスミ君は声をかけた。私は思考の海から浮上して彼の顔を見た。


「この街で不思議なことが起こるのは神様が叶えてくれるからだって」

「神様?」

「うん」


 一体何の話だろうか。私がそのまま彼が言ったことを聞き返すと、スミ君は頷いた。


「あっ、あとね」


 神様のことをもう少し聞こうと思ったが、その前にスミ君が口を開いた。彼は何か言いたそうな顔をしていた。


「どうしたの?」

「お姉さんはボクのことを『君』って呼んでるけど、ボクは女の子だよ」

「え?」


 今日1番の衝撃が私を襲った。いや、ジョンが喋った時と同じぐらいの衝撃だから、正確に言うと、1位タイだ。


「え? 本当なの?」


 私は信じられなくてスミ君、いや、スミちゃんに聞いた。自分のことを『ボク』って言っているから、てっきり男の子なのだと思い込んでいた。


「うん、そうだよ」

「彼女の言う通りだよ」


 スミちゃんジョンからそう肯定された。世界広しといえど猫と犬から同時に質問に答えられたのは人類で私が初めてだろう。


「って、ジョンも知っていたの!?」


 私は思わず相棒を見た。ジョンはこの子と知り合いじゃないみたいだが、どうやって知ったのだろうか。


「ああ。匂いで分かったからね」


 ジョン曰く男の子と女の子で匂いに差異が出るらしい。匂いでそんなところも分かるんだと妙な感心をした。


 

 しばらく歩いていると、やがて一軒の家に着いた。見た目は一般的な家だが、一目見て廃墟だと分かった。

 屋根や壁はぼろぼろで、扉や窓に穴が空いている箇所がいくつもある。人が住んでいないのは明らかだ。


「スミちゃん、ここで合っているの?」


 私は案内してくれた子猫に尋ねた。こんなところに『小雲おばあちゃん』はいるのだろうかと不安になったからだ。


「いるよ。ボクについて来て」


 そう言って、彼女は自信満々に廃墟の家へと歩いていった。私とジョンもその後についていった。

 

 家の中も外見と同じぐらい朽ち果てていた。今、私たちがいるのはリビングだ。

 リビングには椅子やテーブル、ソファ等の家具はあるものの、どれも壊れていたり、ひっくり返っているものばかりだ。

 私は埃っぽい匂いを感じて鼻を摘んだ。隣にいるジョンが小さなくしゃみをした。彼も埃っぽい匂いは苦手らしい。


「小雲おばあちゃんー、ボクだよー」


 そんな中、スミちゃんは慣れた様子で家のあちこちを見て回っていた。恐らくおばあちゃんに会うために何度もこの家を訪れたようだ。

 家の奥へと向かったスミちゃんが戻ってくるのを私たちは待っていた。本当は彼女についていきたかったが、家具が散乱していて、私の体では歩きにくかった。それに、あちらこちらに蜘蛛の巣が張ってある。

 ふと話し声が家の奥から響いた。なにやらスミちゃんが誰かと話をしているようだ。


「お姉ちゃん! おばあちゃんがいたよ!」


 スミちゃんの声が聞こえた。どうやら奥の部屋にいるらしい。


「行こう、莉渚。ワタシが先に行くよ」


 そう言って、ジョンは奥の部屋に続く廊下を歩いていった。歩いている時に、蜘蛛の巣を前足で取り払ってくれた。


「ジョン、ありがとう」


 私は前を歩く白い背中にお礼を言った。ジョンの後に続いて私も家の奥へと進んでいった。



 廊下の先に別の部屋があった。かつては洗面所だったのだろう。鏡がついた洗面台が置いてあった。

 洗面所と扉で繋がっているのが浴室だ。浴室には水が張っていない浴槽があった。その中にはくたびれた白いモップのようなものが入っていた。

 浴槽のそばにスミちゃんがいた。しかし、スミちゃんの他には猫の姿はなかった。


「スミちゃん、小雲おばあちゃんはどこにいるの?」

「おばあちゃんならそこにいるよ」


 彼女は浴槽に目を向けた。私も浴槽の中を覗くと、さっきまでモップか何かと思っていたものがのそりと動き出した。

 

「あら? 人間のお客さんなんて珍しいわ」


 その白い猫はこちらを振り返った。髭は垂れ下がっていて、白い体毛もところどころ汚れた箇所が目立つ。

 白猫は浴槽から這い出て来て、スミちゃんの隣に並んだ。どうやらこの猫が小雲おばあちゃんらしい。


「スミちゃん、この方たちはどちら様なの?」

「人間のお姉ちゃんは莉渚ちゃんで、犬のお兄さんはジョンさんだよ。宗介さんのお友達なんだ」


 スミちゃんは小雲おばあちゃんに私たちを紹介してくれた。スミちゃんの中では私は宗介と友達らしい。


「そうなの? 宗介君とねえ」


 おばあちゃんは私たちのことを興味深そうな目で見ていた。宗介のことを『君』付けしているから、彼よりは年上なのだろうか。宗介が何歳なのか知らないけど。


「初めまして、帯山莉渚です。今日は聞きたいことがあって、こちらにお邪魔しました」

「ワタシはジョンです。莉渚の家族です」


 私は小雲おばあちゃんに頭を下げた。私の言葉が聞こえたらしいおばあちゃんは目を瞬かせた。


「あら? 莉渚さんはワタクシたちの言葉が分かるのね?」

「えっ? はい、そうですけど……」


 あれ、私のことはスミちゃんから聞いていないのかな。私は白猫の隣にいる黒い子猫の方に目を向けた。


「スミちゃん、私のことをおばあちゃんに言った?」

「うん。おばあちゃんに会いたい人がいるって言ったよ」


 スミちゃんは胸を張った。それだけなら私に起きていることをおばあちゃんは何も知らないんじゃないだろうか。誇らしそうにしているスミちゃんが可愛いから別にいいか。


「実は、今、私にあることが起きててですね」


 私はおばあちゃんに事情を説明した。彼女は私の話を黙って聞いてくれた。

 話をしながら、ふと私の頭の中である疑問が浮かんだ。

 目の前にいる白猫は私が動物と話が出来ることにさほど驚いていないようだ。宗介や他の猫たちは私と話が出来ることに仰天していたし、ジョンだって表情には出さなかったが尻尾をブンブンさせていた。

 でも、小雲おばあちゃんは外から見た限りでは落ち着いていた。尻尾を見ても微動だにしていない。

 私は内心ドキドキしながら説明していた。もしかして、このおばあちゃんが私の身に起きた異常について何か知っているのだろうか。


「それで、私がこうなった原因に心当たりがあるか知っていたら教えて欲しいなと思いまして」


 そう私は自分の話を締め括った。私は小雲おばあちゃんを縋るように見つめた。

 私と目が合った彼女は顔を綻ばせた。私は期待に包まれた。


「きっと神様の仕業ね」

「え?」


 私は小雲おばあちゃんに聞き返してしまった。神様の仕業。そう彼女は言った。分からないとは言わず、はっきりとそう言ったのだ。


「ご婦人、神様の仕業とはどういうことなのでしょう?」


 おばあちゃんの返答に同じく疑問を持ったらしいジョンが尋ねた。彼女は首を傾げていたが、やがて、彼女はああと納得したような声を出した。


「昔はこの街に住んでいる者ならば誰もが知っていたんだけど、今はもう人間すら知らないのね。時が流れるのは早いこと」


 小雲おばあちゃんはどこか遠くを見つめるように言った。そして、私とジョンのことを見つめた。その顔はまるで幼い子供に言い聞かせるような顔だった。


「この街にはね、願いを叶えてくれる神様がいるのよ」

「願いを叶えてくれるですか?」

「ええ。宗介君のところに行ったのなら、あの神社にも行ったのではないかしら?」


 おばあちゃんの言葉に私はある光景が思い浮かんだ。宗介たちとの集合場所だった瀬葉神社だ。


「あそこの神社の神様が願いを叶えてくれるの?」

「ここの土地は昔からあの神様が守ってくれていてね、お願い事をすると叶えてくれるの。だから、この街に住んでいる者は何かあると神様にお願いしたものだわ」

「ボクもそう教わったよ!」


 スミちゃんは得意そうに言った。だから、彼女は私の状態を聞いて、小雲おばあちゃんから教えてもらったものと同じだと考えたらしい。


「つまり、今の私の状態も誰かの願いを叶えてくれたっていうことですか?」

「ワタクシはそう思っているわ」


 おばあちゃんはそう断言した。嘘を吐いているわけではなさそうだが、おばあちゃんの説明を聞いても私はしっくりこなかった。


「そんなことがあり得るんですか?」

「だからこそ、神様の仕業なのよ」


 おばあちゃんは急に真剣な顔になった。私はその迫力に気圧されて後ずさりした。


「昔からこの街で不思議なことがあると、皆神様が誰かのお願いを叶えたに違いないって噂したものね。貴女に起きている現象も間違いないと思うわ」

「でも、人間の言葉が分からなくなったり、逆に動物と話ができていたりするなんて、そんなお願いあるんですか?」


 そんなお願いをして何になるのだろうか。私の質問に小雲おばあちゃんは悪戯っぽく笑った。


「神様は気まぐれでね、必ずしも良いお願いを叶えるわけじゃないのよ。アイツが嫌いだから不幸な目に合って欲しいとかそういう悪いお願いもかなえることがあるんだから」


 おばあちゃんの言葉に私は背筋が凍った。私が人間の言葉が分からなくなればいいと誰かがそう願った。そう考えると、私の周囲にいる人たちのことが怖くなった。


「それでも、ワタシは信じられません。本当にそんなことがあるんですか?」


 バリトンボイスが聞こえ、私は顔を上げた。ジョンはまだ納得していないようだった。


「ご婦人、貴女は神様の願いが叶ったという者を見たことがあるのでしょうか?」

「ええ、もちろんよ」


 小雲おばあちゃんは笑っていた。なんだか嬉しいような悲しいようなそんな不思議な笑顔だった。


「どのような者だったのでしょうか?」

「貴方たちの目の前にいるわ」


 おばあちゃんが言っている言葉が分からなかった。ここには私とジョン、スミちゃん、そして、小雲おばあちゃんしかいない。目の前とはどういうことだろう。

 と、ここまで考えて何か違和感を覚えた。前にもこんなことがあったような。確か、あの時は。


「まさか……」


 何かを察したジョンは目を見開いていた。彼の視線の先には笑みを浮かべている白い老猫がいた。


「ワタクシですよ。願いを叶えてもらったワタクシはもう100年は生きています」


 そうなんでもないことのように小雲おばあちゃんは私たちに告げた。


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