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5 お使い

 私は自動ドアの前に立っていた。内心緊張でいっぱいだった。ここに入るのにこんなに体が強張るなんて小さい頃、1人で初めて入った時以来だ。そういえば、あの時もお母さんからお使いを頼まれていたっけ。

 私は決意を固めて、そこへと足を踏み入れた。私が自動ドアを潜ると、よく聞く入店音が店内に響く。

 その音が聞こえたのか、棚に商品を陳列していた店員さんが私の方を振り返った。20代ぐらいの若い男の人だ。


「〒\|=×○=\°:☆°!」


 何度聞いても耳慣れないあの音を聞き流しながら私は目的の品物を探し始めた。何故、私がコンビニにいるのか。それは少し前に遡る。



 仲間を集めてもらう条件として宗介が私に頼んだのは、彼のご飯を買ってくることだった。

 ただのお使いでよかった。これがもし、隣街のボス猫を倒してこいとか、猫同士の喧嘩を止めてくれなんて言われたら、大変なことだ。私にできる自信はない。

 

「オイラ、今日の朝からずっと何も口にしていなくて。腹ペコなんですよ」


 宗介はそう言って、地面に体を張り付いた。なんでも、彼の飼い主は仕事に行ってしまい、宗介のご飯を用意してくれなかったらしい。


「オイラの飼い主は仕事で忙しいんでさあ。まあ、ずっと寝ていたオイラも悪いと思っているんですがね」

「それで、ワタシたちにご飯を買ってほしいというんだな?」

「ええ。この際、猫用のご飯でしたら、何でも構いませんよ」


 宗介はそう言うと、私の方を見た。ジョンも同じく私を見つめた。


「すまない、莉渚。お願いしてもいいだろうか」

「あっ、うん。大丈夫だよ。ただ買ってくるだけだし」


 幸い、私はスマホを持っている。スマホには電子マネーのアプリが入っているため、買い物自体は問題じゃない。

 ただ、あの『音』を聞くことになると思うと、気が進まない。


「ワタシも着いていきたいが」


 ジョンは申し訳なさそうにしていた。流石にリードもしていないジョンをコンビニに連れて行くわけにはいかない。


「大丈夫だって。これぐらい1人で平気だよ」


 私もお腹が空いていた。だから、宗介のご飯と自分用のご飯を買ってくるつもりだ。


「そうか。しかし、そんな莉渚にこんなことをお願いするのも何だな」


 ジョンは何か言いにくそうにしていた。あっ、もしかして。私の頭の中である考えが思い浮かんだ。


「ジョンにも何か買ってこようか? コンビニなら犬のご飯も売っているよ」

「ワタシは大丈夫だよ。君の母上からご飯をもらったからね」


 ジョンは私を安心させるように微笑んでいた。その隣で羨ましそうに宗介がジョンのことを見ていた。


「そっか。あれ? それなら、ジョンが私にお願いしたいことって?」

「うん。もう1つ試したいことがあったんだ」


 そう言って、ジョンが言い出したのは私の異常に関することだった。確かに、ジョンが言ったことが本当なら確かめる必要がある。


 

 その後、私はジョンと宗介を置いて、コンビニへと向かった。コンビニに向かう途中、誰かの言葉も耳に入ってこなかったので、私は胸を撫で下ろした。

 しかし、コンビニに入るとそうはいかなかった。先程、私が店に入った時、店員さんに挨拶(あれは多分「いらっしゃいませ」だろう)された。

 さらに、店内ではBGMが流れていた。流れているのは流行りのJ-POPだ。軽快なリズムとともに私にとって耳障りな音が鳴り響いていた。

 どうやら私の異常は歌でも同じらしい。知りたくなかった発見だ。

 そんな状態で私はコンビニの棚を歩き回り、お目当てのものを見つけた。

 猫用のご飯だ。宗介は何でもいいと言っていたので、とりあえず適当なもの(パッケージに何と書いてあるか分からないからだ)を1つ選んだ。

 パッケージに可愛らしい猫の写真が貼ってあるから、猫のご飯で間違いないだろう。

 次に、私は自分が食べるご飯を探した。入り口から1番奥にある棚に向かった。弁当が並んでいる棚を眺めていると、自分が物凄くお腹が空いていることに気づいた。

 ジョンをはじめとした動物たちと話しているお陰でしばらく空腹を紛らわせていたみたいだが、やはり食事は必要だ。

 私はおにぎり2個を棚から取った。他にもペットボトルの水を2本手に取る。喉も乾いていたからだ。

 お目当てのものが揃った私はレジへと足を運んだ。ここからが本番だ。

 本当はセルフレジを利用したかったが、私にはある目的があったから、普通のレジへと向かった。 

 レジには店員さんがいなかった。奥にいるか、もしくは棚に商品を陳列しているあの若い店員さんしかいないかもしれない。私は意を決した。


「すみません」


 私はとりあえず誰かに聞こえるように声を出した。少しすると、私に挨拶してくれた若い店員さんがレジに入った。


「袋をお願いします」

「・+=%€♪÷\」


 彼はそう言って、私がレジに出した商品のバーコードを読み取っていった。それが終わる前に私は再び口を開いた。


「すみません、肉まんを1つください」


 私は真っ直ぐ店員さんを見つめてそう言った。店員さんは顔を上げた。そして、彼は頷いた。

 商品を全て読み取ると、店員さんは肉まんが入っているショーケースの前に立ち、肉まんを1つ取り出した。私はその様子をじっと見つめていた。

 

「→°¥|:|÷>○:|〒\×=\*?」


 店員さんがレジに戻ると、私に向かって何かを言っていた。肉まんとレジ袋を手に持っているのを考えると、一緒の袋に入れていいか聞いているのだろう。


「一緒で大丈夫です。あと、おしぼりをください」


 私の言葉に、店員さんはおしぼりをカウンターの下から取り出して袋の中に入れた。


「○×¥=#\」=*+♪→」

 

 店員さんは何かを言っていた。恐らく値段を読み上げているのだろう。その証拠にレジの画面に金額が表表示されていた。

 

「電子マネーでお願いします」


 私はバーコード決済の電子のアプリを立ち上げた。そして、スマホの画面を店員さんに見せた。

 店員さんは商品を読み取る機械でスマホの画面に表示されているバーコードを読み取った。

 レジからレシートが印刷され、商品が入った袋とレシートを店員さんから渡された。


「$°○\・=*○|→×」


 そう言って、店員さんは私に向かって頭を下げた。私は袋を持って、コンビニの出口へと向かった。

 成功だ。そう確信した。私は無事に任務を達成できた開放感を抱えながらコンビニを出ていった。



「いやー、本当に助かりました。ありがとうございます」


 宗介は私が買ってきたご飯をバクバクと食べていた。勢いよく食べる姿が可愛らしい。

 無事にお使いを済ませた私は宗介の飼い主の家に戻ってきていた。

 宗介がご飯を載せるためのお皿を持ってきてくれたので、そこに私が猫用のご飯を空けたところだ。


「そんなに喜んでくれて、私も嬉しいよ」


 私はおにぎりを頬張りながらそう口にした。私も久しぶりのご飯だ。こんなにコンビニのおにぎりを美味しく感じるのは生まれて初めてだ。


「ワタシからもありがとう。ちょうど喉が渇いていたんだ」


 ジョンはお皿に入っている水をペロペロと舐めていた。ジョンはご飯がいらないと言っていたけど、それとは別に水が欲しい筈だ。だから、私はペットボトルの水を買ってきた。お皿は宗介が持ってきてくれたものだ。


「あっ、そうだ。言われたようにやってみたけど、ジョンの予想通りだったよ」

「やはりそうだったのか」


 私の報告にジョンは嬉しそうな表情を浮かべた。そう、私には宗介のご飯を買う以外にも別の目的があったのだ。


「どうやら、莉渚が話す言葉は他の人に問題なく通じるようだな」


 私の言葉が人間に通じるかどうか。それを確かめるために、私はコンビニへ行ったのだった。


 

 コンビニに行く前のことだ。ジョンは私に確かめて欲しいことがあると言っていた。


「もしかして、莉渚が口にする言葉は問題なく通じるんじゃないか」

「え? 本当?」


 ジョンの言葉に私は首を傾げた。そんなことがあり得るだろうか。だって、私には他の人の言葉が分からないのに。


「莉渚の話を聞いてある疑問が浮かんだ」

「ある疑問って?」

「どうして、君の両親はいつも通りだったんだろうってね」


 ジョンの言葉に私は朝の出来事を思い返した。確かに、お父さんとお母さんはその口から出てくる言葉を除けば普段通りだった。

 だからこそ、私はいつもと変わらない両親のことが怖くなったのだけど。


「例えば、突然、母上たちが変な言葉を話していたら、莉渚はどう思う?」

「やっぱり、お母さんたちがおかしくなったと思っちゃうよ。とても冷静ではいられない」


 事実、私は両親から逃げ出して、家から出てしまった。


「けど、両親はいつも通りだったのだろう? 莉渚みたいに混乱している様子はなかった」

「うん。多分、そうだね。でも、それがどうしたの?」

「いつも通りだったということは、父上や母上から見て、莉渚は普段と変わらなかった。つまり、君の言葉は通じていたと考えられるんじゃないかな」

「あっ!」


 ジョンの指摘に私は声を上げた。確かに、ジョンの言う通りだ。

 朝の両親は私に対して心配そうな顔をしていた。もし、2人から見て私に何か異常が起こっているのなら、心配よりも恐怖が勝る筈だ。

 けど、実際はただ心配しているだけだった。ここから考えるに、お母さんたちは私の言葉がちゃんと聞こえていたことになる。


「これはあくまで莉渚の話を聞いたワタシの推測だ」

「それを確かめるために、コンビニで何かする必要があるってことだね」

「そうだ。君にはある行動をしてもらわないといけない」


 そうして、私はジョンからいくつかの指令を与えられた。1つ目は店員さんを呼ぶこと。これで私の声が何かしらの形で店員さんに聞こえていることになる。

 2つ目は袋を用意してもらうこと。これは1つ目と違って、確実に私の言葉が店員さんに通じていないとできないものだ。

 3つ目はレジのカウンターに置いてあるホットスナックを注文することだ。これも私の言葉が聞こえていないとできないものだ。もちろん、私は商品を指で指していない。

 最後はおしぼりを要求することだ。これもダメ押しで必要だ。

 これらの指令を私は見事にやり遂げた。その結果、全て上手くいった。

 1つか2つぐらいならたまたまかもしれない。けれど、4つとも成功したのだ。これは確実に私の言葉が店員さんに通じていたことになる。


「でも、私の言葉が相手に通じるからといって、どうするの? 私には向こうの言葉が通じないからコミュケーションは取れないよね」


 コンビニのやり取りもたまたま私が一方的に用件を伝えるというものだったから上手くいった。

 けれど、実際のコミュニケーションはお互い言葉を交わす必要がある。人間の言葉が分からない今の私では役に立たないだろう。


「いや、大丈夫だよ。ワタシがいるからね」


 ジョンは大きく胸を張った。


「どういうこと?」

「ワタシたち動物はね、君たち、人間の言葉が分かるんだよ」

「ええ!? そうなの!??」


 私は今日で2番目の驚きの声を上げた。ちなみに、1番目はジョンが喋った時である。


「そうだよ。といっても、あくまで言葉が分かるだけだ。ワタシたちは人間の言葉が話せないし、人間だってワタシたちの言うことは分からない。だから、実際に意思疎通はできないんだ」


 ジョンの説明を聞いて、私はどこか納得してしまった。昔から彼はまるで私の言葉が分かっているかのような振る舞いをしていた時がある。

 あれはてっきりたまたまそういう風に聞こえているだけだと思っていたが、本当にちゃんと分かっていたらしい。


「つまり、もしも、私が人と話す時は」

「ワタシが耳となり、莉渚に人間の言葉を届けよう」


 私はある場面を想像した。私とある人が向かい合っている。私の隣にはジョンがいる。

 私が何かをその人に言う。それで、その人は私に向かって返事をする。言葉が通じない私の代わりに、ジョンが通訳してくれる。うん、どう見てもシュールな場面だ。

 

「分かったよ。その時はお願いね」

「ああ、任せてくれ」


 けれど、いざという時、誰かと会話できるかもしれないという考えは私を楽にさせた。どういう時に必要になるか今のところ想像がつかないけど。



「お腹いっぱいです。本当にありがとうございます」


 宗介は私が買ってきたご飯をあっという間に平らげてしまった。満腹なのか彼は幸せそうな顔をしていた。


「これも全て莉渚お嬢さんのお陰です」


 宗介はそう言って、私に向かって頭を下げた。私は人生で初めて猫から頭を下げられるという貴重な体験を味わった。


「ううん、気にしないで。私はただ買い物に行っただけだから。それよりも」

「ええ。分かってますとも。約束通り、オイラの仲間たちを呼びましょう」


 宗介はお任せくださいというように胸を張った。こうして、私とジョンは宗介とその仲間たちから情報を集めることになった。

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