4 情報収集
ジョンが言う情報が集まりそうな相手。私には見当もつかなかった。
恐らく動物だということはなんとなく想像がついた。というか、ジョンが人間と話をしているところが想像できない。
私たちは公園を出て、ジョンが目指す目的地に向かっていた。今いるのは閑静な住宅街で、両脇をコンクリートの塀に挟まれた道路をジョンと共に歩いている。
スマホの時計を見ると、10時頃になっていた。だからなのか、家々からは人の気配が感じられず、ジョンと私の足音だけが響いていた。
「その相手って、どんな人、じゃなかった、どんな子なの?」
「多分君も会ったことがあるんじゃないかな。まあ、話すのは初めてだろうけど」
ジョンはそう言った。私が会ったことがある子。一体誰なんだろう。
しばらく歩いていると、突然ジョンはある家の門の前で足を止めて、横を向いた。私も彼の視線の先を追った。
その家は周りの家と違い昔ながらの和風建築だった。1階部分の窓は私の身長よりも高く、ガラス張りになっている。
その窓の下の地面に1匹の猫が体を地面にぴったりとくっ付けて気持ちよさそうに寝ていた。
ジョンは家の門を潜った。私もお邪魔しますと言いながら後に続いていく。
私たちが入った家も他の家と同じように人の気配がない。きっと、どこかに出かけているのだろう。
ジョンは寝ている猫に近づいた。寝ているその子の体は全体的に茶色だが、所々で虎のような紋様が入っている。どこかで見たことがあるような気がする。
「おい、宗介」
ジョンは寝ている猫に向かってそう口を開いた。この子は宗介という名前らしい。宗介と呼ばれた猫は目を瞑ったままだ。
「おい、さっさと起きろ」
そんなことはお構いなしに、ジョンはその子を再度起こそうとした。
「そんな無理に起こそうとしなくてもいいんじゃない?」
「いや、こいつは中々起きないやつなんだ。だから、こうやって何度も起こすしかない」
ジョンはワンワンと吠えた。彼の叫びのお陰か茶トラの子の目がぴくりと動いた気がする。
「宗介、いい加減にしろ!」
「ジョン、落ち着いて。どうしたの?」
「こいつはもうとっくに起きているんだ」
「え?」
私は寝ている宗介をよく観察した。よく見ると足が小刻みに震えているし、尻尾の先が揺れている。私が顔を見つめていると、突然茶トラの目が開いた。
「まったく、旦那は乱暴なんだから。もう少しゆっくり寝させてくださいよ」
宗介と呼ばれた茶トラはのっそりと起き上がった。そして、前足を地面について、体をのけ反るように伸びをした。
「ようやく起きたか。どうして寝たフリなんてしたんだ?」
「オイラも色々あるんでさあ。昨日はちょっと若い衆たちとね」
宗介はそう言って、クアと大きな欠伸をした。彼は少年みたいな高くどこか小生意気な声をしていた。
宗介は辺りを見回して、やがて私がいることに気づいたらしく、目を細めた。
「おや? このお嬢さんは確か旦那の飼い主さんではありませんか?」
「そうだ。彼女の名前は莉渚。私の家族だよ。君も見たことがあるだろう?」
「ええ、ありますとも。旦那と仲良く歩いているのを何度も見たことありますよ」
宗介の言葉に私は思い出した。私とジョンが散歩している時、たまにすれ違う子だ。ジョンとこの子が出会うと、お互いワンワンやニャーニャーと鳴き声を上げているのをよく覚えている。
のんびりと歩いている姿をよく見かけるので、てっきり野良猫かと思ったが、どうやらこの家の飼い猫らしい。
「えっと、宗介さんだっけ? ジョンとはどういう関係なの?」
「それはまあ、オイラと旦那は中々の、って」
宗介は私の顔に穴が空くんじゃないかと思うほど見つめていた。彼の瞳孔が開いた。確か、猫って、驚いた時、そんな感じになるんだっけ。
「しゃ」
「しゃ?」
「喋った!? 人間のお嬢さんがオイラたちの言葉を喋ったー!?」
宗介の叫ぶ声が辺りに響いた。そのリアクションはどこかで聞いたような気がする。ジョンはやれやれと言った感じでため息をついた。
「なるほど、そんなことが……」
あの後、私とジョンでパニックになっている宗介を必死に宥めた。ある程度落ち着いた彼に、私の身に起こっている異常について説明した。
宗介は前足で顔を擦りながら、私の方を興味深そうに見ていた。
「しかし、そんな不思議なことがあるなんて驚きですよ」
「それにしても驚きすぎだろう。君の叫び声でワタシは耳がキーンとなったぞ」
「いや、普通はあれぐらいリアクションすると思うよ。ジョンが落ち着き過ぎなんだよ」
私は宗介のことをそう擁護した。私と全く同じリアクションを取った彼に親近感を覚えていた。驚くと声を上げるのはどうやら哺乳類共通らしい。
「それで、莉渚お嬢さんがこうなった原因をオイラに聞きたいと」
「その通りだ。何か心当たりはないか?」
私とジョンは期待の眼差しを宗介に送った。見つめられた彼は前足で耳の裏を掻いていた。
「そうは言われましても、オイラには全く心当たりがありません」
「……そうなんだね」
私は宗介の答えを聞いて気落ちした。ジョンの言う当てが外れてしまったのだ。私は希望へと繋がる道がぷっつりと切れてしまったような気持ちになった。
「でも、君『たち』が集まれば、何か知っている者がいるんじゃないか?」
「どういうこと?」
思わず私はジョンの顔を見た。ジョンが何を言っているのか分からなかった。
「なるほど。それでオイラのところに来たんですね」
「ああ。そういうことだ」
首を傾げているのは人間だけで、犬と猫(宗介)はお互い通じ合っているらしい。何だか仲間外れの気分だ。
「そういえば、紹介が遅れていたな」
ジョンはふと思い出したかのように言った。そして、私の方を振り向いた。
「ここにいる宗介はただの猫ではない。この街に住む猫たちの取りまとめ役だ」
「へえ。そんなところをやらせてもらってます」
ジョンの紹介に宗介は照れくさそうにしていた。見た目は可愛らしい猫だけど、そんな偉い猫だったのか。私は猫も見かけによらないことを知った。
「そして、ワタシの友人でもある」
「そう言っていただけると光栄ですよ」
それに、我が家のペットの友達だった。あ、散歩中のあれって、友達同士の挨拶なんだ。またジョンの新たな一面の発見だ。
「つまり、宗介さんにこの街の猫たちを集めてもらって、話を聞くってこと?」
「その通りだよ。彼らは街中のあちらこちらにいる。だから、誰かしらが莉渚の身に起こったことについて知っているものがいるはずだ」
「まあ、オイラたち、特に野良の奴らは情報が命ですからね。オイラが知らないことも知っている奴がいてもおかしくないですよ」
宗介はどこか誇らしそうにしていた。確かに私もこの街で猫を見かけることがある。猫は行動範囲が広いから色々なことを見聞きしているという。
「それなら、宗介さん、お願いしてもいい?」
「ワタシからもお願いするよ」
私とジョンからのお願いに宗介は何かを考え込むような顔をした。やがて答えが出たのか私たちを見つめた。
「そうしたいのは山々ですが」
「え? もしかして無理?」
宗介の口から出たのは拒否だった。ジョンの友達だから、仲間を集めてくれるのだと勝手に思っていた。
「君の仲間を集めるのはそんなに難しいのかい?」
「まあ、集めるのも楽ではないんですよ。ただ、それとは別にオイラもある問題を抱えていましてね」
「ある問題って?」
私の疑問に宗介は頷いた。彼は突然何か思いついたような顔をして、私たちを見た。
「ならば、こうしましょう。オイラの問題を解決していただいたら仲間を集めましょう」
「うん、分かったよ」
「莉渚!?」
即答した私にジョンは声を上げ、私の顔を見た。
「いいのか? どんな問題かも分からないのに」
「何とかなると思ってジョンはここに私を連れてきてくれたんでしょ? 今度は私が頑張る番だよ。何でもやるよ」
ジョンにばかり頼るわけにもいかない。私たちは一緒に謎を解き明かそうと決めたのだ。彼におんぶに抱っこされたままでは相棒とは言えないだろう。
「ふっふっふっ。お嬢さんは十分に覚悟があるようで」
宗介は不敵に笑っていた。ジョンにはああ言ったけど、内心ではどんな問題だろうと不安に思っていた。
何せ相手は猫なのだ。こうして普通に会話しているが、人間とは違う生き物だ。
だから、どんな無理難題を突きつけられるか分からない。
「オイラの問題はですね」
そう宗介が続きを言おうとした時だ。突如どこからかクゥーと音が鳴った。随分と可愛らしい音だ。
私とジョンは音がした方、つまり宗介を見た。彼は恥ずかしいのか顔は赤くなっていた。
「えっと、オイラが食べるご飯を買ってきて欲しいんですけど」
宗介の問題とはお腹が空いているということだった。まさかのお使いだった。