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3 現状確認

 ジョンのお陰で立ち直った私は自分を元に戻すため頑張ることに決めた。しかし、早速問題にぶつかった。


「でも、原因を探るのってどうすればいいんだろう?」


 先程、ジョンは私が人間の言葉を話せなくなった原因に心当たりがないと言っていた。

 心当たりがないということは、どこをどう探せば原因に辿り着くのか分からないということだ。これでは八方塞がりだ。


「それは考えていることがある。けれど、まずはやらないといけないことがある」

「やらないといけないこと?」

「そうだ」


 ジョンは私の質問に頷いた。何だろう、事件を追っている先輩刑事と新米刑事のやり取りみたいだ。もちろん、先輩刑事はジョンだ。


「君が今どういう状態か。それを把握することから始めよう」

「どういう状態って言われても……」


 私は言葉に詰まった。私の異常はジョンに説明した通りだ。これ以上何を把握することがあるのだろう。


「まずは、莉渚は人間の言葉が分からなくなった。それで間違いないか?」

「うん、そうだよ」

「次に、ワタシの言葉は分かるということでいいか?」

「うん、それも合っている」


 まるで取り調べを受ける犯人のような気分だ。いや、相手は犬だし、私はどちらかというと被害者になる。


「ならば、ワタシ以外の動物の言葉は分かるか?」

「え?」

「ワタシ以外の動物でも言葉を交わせるか確認したい」


 そう言われて、私は戸惑った。ジョンとこうして言葉を交わせるのもさっき初めて気づいたところだ。他の動物とも言葉が通じるなんて分かるはずがない。


「それは分からないかな」

「そうか。それなら確かめてみよう。ちょうど相手がいるからな」


 ジョンは公園のあるところに目を向けた。私も彼の視線の先を追う。そこにはトイレの近くでリードに繋がれたパグがお座りをして待っていた。リードは地面に突き刺さったペグで固定されているようだ。

 どうやら私とジョンが話をしている間に、誰かがパグとともにこの公園に訪れたらしい。

 周囲に人は見当たらないため、パグの飼い主はどうやらトイレに入っているみたいだ。


「莉渚、辛くなったら言ってくれ」

「う、うん」


 ジョンは私にそう言い残し、トイレの前にいるパグに向かって走った。彼はパグに近づくと、何やら話をしていた。

 その後、ジョンは私の方を振り返った。


「莉渚、すまないが、こちらに来てくれないか?」

「うん。分かったよ」


 私は2匹がいるトイレのそばまで近づいた。私が近づくと、パグは私を興味深そうな目で見ていた。


「ほお、そいつが俺たちの言葉が分かるっていう嬢ちゃんか」

「え?」


 パグの口から聞こえたのはジョンとは違った男性の声だった。どこかのドラマで見たことがある極道のような凄みのある声だった。


「どうだ、莉渚。彼の言葉が分かるか?」

「うん、分かるけど……」

「確かに俺にも嬢ちゃんの声が聞こえるな。こいつは不思議だ」


 パグは面白がるような顔をしていた。見た目はジョンよりも小さな体をしているが、その声の迫力のため、実際よりも大きく見えた。


「これではっきりしたな。莉渚はワタシたち犬の言葉なら通じるみたいだ。協力してくれてありがとう」

「いいってことよ。俺も珍しいもんを見たから面白かったぜ」


 パグは満足そうにしていた。その時、パグの飼い主と思われる年配の女性がトイレから出てきた。年齢はお母さんよりも年上の50代ぐらいの女性だ。

 女性は私とジョンが飼い犬のそばにいるところを見て、眉を上げた。そして、私のことを公園にペットを連れてきた飼い主と思ったのか、にっこりと人の良さそうな笑みを浮かべた。

 私は首筋に冷や汗をかいた。女性は私たちに近づいた。地面に刺していたペグを抜いて、リードを手に持った。そして、私の方を振り返った。


「☆°¥>*×○×>:×>\〒♪°→×|*°>→\!」

「あっ」


 女性の口から出たのは久しぶりに聞いたあの音だ。彼女は私に向かって何かを言っていた。

 その笑顔から、悪意ではなく、友好的に私と接していることが分かる。しかし、私にはその言葉の意味は分からなかった。

 私はその女性の口から聞こえる音に身が震えた。どうしたらいいか迷っていると、私と女性の間に大きな白い犬が割って入った。


「申し訳ないが、そちらのご婦人のことは任せてもいいだろうか」

「ああ、分かったぜ。ほら、行くぞ」


 パグはジョンの言う通りに、私たちから背を向けて走り出した。女性はリードに引っ張られて、驚きと困惑の表情を浮かべながら、私とジョンから離れていった。


「すまない、莉渚。できれば、あのパグの飼い主が戻ってくるまでに話を終えてしまいたかったが、間に合わなかったようだ。君に辛い思いをさせて申し訳ない」


 ジョンは私に向かって頭を下げた。彼が悪意をもって私をあんな目に遭わせたわけではないことは十分に分かっている。


「大丈夫だよ。ちょっと驚いただけだから」


 私はそう言って、ジョンの頭を撫でた。彼はクゥーンと鳴き声を上げた。


「でも、分かってよかったね。私はジョン以外の動物と話ができるみたい」

「ああ。まだ他の動物は試していないが、君と面識がないあのパグとも言葉が通じたんだ。恐らく他の動物も同じだろう」


 そう言いつつも、ジョンは面白くなさそうな顔をしていた。


「どうしたの? 何か不満だった?」


元々私の現状を把握しようと言ったのはジョンだ。だから、どうしてそんな表情を浮かべているのか分からない。


「いや、何ともないよ」


 そう言いつつも、何か言いたげな顔をしていた。


「えー、絶対嘘だよ。明らかに不満そうな顔をしてるじゃん」


 私が勢いよくジョンの頭を撫で回すと、彼は嬉しそうな顔をした。しかし、そっぽを向いた。


「別に莉渚と会話できるのがワタシだけじゃなかったことに不満を持っているわけではない」


 口ではそう言っているが、明らかに嘘だと分かる。顔にそう書いてある。まさかの相棒からの嫉妬である。

 私はその可愛らしい嫉妬に思わずキュンときてしまった。声はバリトンボイスなのだが、それもまたギャップがあった。


「そんなに拗ねないでよ。よしよし」

「頭を撫でるのはやめてくれないか! どうも嬉しくなってしまう」

「そんな可愛いこと言っちゃって」


 私はジョンの頭を優しく撫でた。たちまちジョンは機嫌が良くなった。


「ごほん、話を戻そうか」

「あっ、うん。そうだね」


 ジョンをひとしきり撫で回した後、改めて私は彼と向き直った。


「莉渚は少なくとも犬とは会話ができる。それがさっき判明した事実だ」

「うん、そうだね。でも、これで何が分かるかな?」


 犬好きの人ならとても喜ぶ現象だろう。私だってこんな状態でなければ何の気兼ねもなく飛び上がったに違いない。


「これでワタシが考えていることが実行できる」

「何を考えているの?」

「それは追々説明しよう。他にも確かめべきことがある」


 どこかの名探偵みたいに勿体ぶったジョンの説明に私は首を傾げた。


「何を確かめるつもり?」

「根本的な解決とはならないが、これが確認できれば原因を突き止めるのも大分やりやすくなる」


 そう言って、ジョンは私を見つめた。


「今の君は文字は読むことができるだろうか?」

「あっ!」


 ジョンの指摘に私は声を上げた。そうだ、どうして気づかなかったのだろう。言葉が通じないのなら、文字でコミュケーションを取ることができるじゃないか。

 あまりにも色々なことがあり過ぎてすっかりその可能性について考えていなかった。


「そうじゃん! その手があったじゃん! ああ、もう、あの時気づいていれば」


 私が後悔しているのは今朝、家を飛び出したことだ。あの時、私は意味不明な音を発する両親が怖くなり逃げ出してしまった。

 もし、逃げ出さず文字で会話をしていたら今頃こんなことにはならなかっただろう。私は自分の行動に頭を抱えそうになった。


「そんな気にしなくてもいい。誰だって異常な状況に陥れば冷静に考えることはできない」


 ジョンは私をそう慰めてくれた。確かに今更後悔しても始まらない。


「よし、じゃあ早速確かめよう」


 私は制服のポケットからスマホを取り出した。スマホの顔認証でセキュリティを開き、SNSアプリを立ち上げた。

 アプリを開いた瞬間、私は気持ちが悪くなった。スマホの画面から目を離して、口元を押さえた。


「うっ」

「莉渚、どうした?」


 私の異常に気づいたジョンは心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「なんか文字が別のものに見えて……」


 どうやら私は文字を読むことすら出来なくなってししまったらしい。SNSアプリの画面は色々な人の投稿した記事が載っていた。

 その記事に書かれたものが明らかに文字ではなかった。無数の黒く短い棒みたいのが横一列に並べられていた。

 明らかに言語ではなかった。見てるだけで気分が悪くなりそうだ。


「そうだ、自分で文字を打ってみれば」


 私は唐突に湧いたアイデアを試そうとした。自分で入力しようとSNSに投稿しようとした。


「ダメだ」


 しかし、上手くいかなかった。スマホに表示されたキーボードも不気味な黒い棒が並んでいた。

 キーボードの配置は変わっていないように見えるため、何となくで文字を打つことができそうだ。

 しかし、私からすると全ての文字があの黒い棒に見えるため自分がどういう文章を入力しているか確かめようがない。

 それに、たとえ文章を入力して遅れたとしても、相手の返信を私は読むことができない。

 私は文字のやり取りもできない。そう事実に気づき、気持ちが沈んだ。

 スマホを持つ手にポンと何かが置かれた。顔を上げると、ジョンが私の手の甲にお手を繰り出していた。


「大丈夫か、莉渚」

「ごめんね、ジョン。色々考えちゃって」

「気にしなくてもいい。それで何か分かったのかい?」

「うん」


 私はジョンに文字を読んだり書いたりできないことを説明した。


「なるほど。本当に莉渚の状態は深刻だな」


 ジョンは目を細めてそう言った。今の私は人間の言葉も文字も分からない状態だ。これでは赤ちゃんと全く同じではないだろうか。


「もし、莉渚が読み書きできるのならば、母上たちに連絡しようと思ったが、難しいな」

「そうだね。あっ」


 私は唐突にある考えが浮かんだ。この方法なら上手くいくかもしれない。


「どうした?」


 ジョンは不思議そうな顔をして、私を見つめていた。


「ジョンって、読み書きできる?」

「え?」

「ほら、私の代わりにジョンが連絡すればいいじゃん」


 実際にスマホを操作するのは私だが、文章を考えたり、返信を読んだりするのはジョンがすればいい。我ながら名案だと思った。


「すまない、莉渚」


 私の言葉にジョンは申し訳なさそうな顔をした。


「急にどうしたの?」

「ワタシは文字の読み書きができない」


 ジョンの言葉に私は雷に撃たれたような衝撃に遭った。ジョンが読み書きをできないことではない。犬であるジョンを無意識に当てにしていた私自身に衝撃を受けたのだ。


「そうだよね。ジョンと普通に話しているから、てっきり文字も読めるものだと」

「莉渚がワタシを頼りにしてくれてとても嬉しいよ。けど、ワタシでは役に立ちそうもない」

「いいの! 私が早とちりしただけだから。ジョンは気にしなくてもいいよ」


 私は慌ててジョンに謝った。読み書きができないというならば、違う方法を考えればいい。私は気を取り直した。


「今の私は、文字を書いたり読んだりできない。でも、何故か動物、少なくとも犬と会話ができるってことだね」


 私は言葉にして自分の現状を整理した。我ながら本当によく分からない状態だ。


「ここからどうするの?」

「とりあえず、ワタシが確認したいことは確認できた。だから、次の段階へと進めよう」

「次の段階?」

 

 ジョンは私の言葉に頷いた。


「そうだ。ワタシたちに足りないものがある」


 足りないもの。そうジョンに言われて、私は腕を組んで考えた。すると私のお腹が空腹を訴えた。


「食べ物かな」

「……それもあるかもしれないが、そうじゃないよ、莉渚」


 ジョンは間違った答えを言った子供を見るような目で私を見た。だって、何も食べていないんだもん。お腹が空いているのは仕方ない。


「ワタシたちに足りないのは情報だ」


 ジョンはそう言い切った。


「今の莉渚の状態は本当に不可思議なものだ。ワタシと莉渚がいくら考えたところで解決できない。ならば、情報を集めるしかない」

「でも、どうやって集めるの?」


 情報収集といえば、現代っ子の私はインターネットが思い浮かぶ。しかし、今の私は文字が読めないし、ジョンは元々文字が読めない。

 他の方法としては、人に尋ねることだ。けれど、この方法も上手くいかない。というか、そもそも人に聞くことができるならばその時点で私の問題は解決している。


「ワタシに心当たりがあるんだ。色々な情報が集まりそうなところをね」

「え?そうなの?」

「正確に言うと、情報が集まりそうな者がいるところだが」


 ジョンは私に背を向けた。ジョンの大きく白いお尻と私は向かい合った。彼は顔をこちらに向けた。

 

「行ってみよう、莉渚」

「うん、分かった」


 そう言って、私たちは公園を出て、歩き出した。

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