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1/14

1 始まり

「はあ」


 爽やかな平日の午前中に私は公園でブランコを漕いでいた。

 何も好きでブランコを漕いでいるのではない。というか、ブランコに乗るのは何年振りになるだろうか。私は現実から逃避するためにここにいた。

 私の名前は帯山莉渚(おびやま りお)。きっと花も恥じらう女子高生だ。あと半年も経つと女子高生じゃなくなる女子高生だ。

 何故、私が平日なのに学校に行かず、公園で遊んでいるかというと理由がある。それも尋常じゃない理由が。

 ふと前を見ると、1人のおじいさんが私をじっと見ていることに気づいた。制服姿の若き乙女が学校に行かずブランコを漕いでいるのだ。さぞ不思議に思うだろう。

 おじいさんはブランコの遊具に近づいてきた。多分目的はブランコではなく、私だろう。

 別に自意識過剰ではない。明らかに心配そうな目で私を見ているからだ。

 私は足でブレーキを掛けてブランコを止めた。おじいさんを無視して漕いでも良かったが、私はある期待していたからブランコを止めた。

 ()()()()()()()()()()()()。そんな淡い期待を抱いた。

 おじいさんは人の良さそうな笑顔で私の近くまで来た。そして、彼は口を開いた。


「♪$¥+<・%→〒^7→°×$?」


 耳に入る異常な音を聴きながら私は肩を落とした。()()()()()()()()()()()()()()()()。私は沈んだ気持ちになった。


 

 朝起きると世界が一変していた。そんなありふれた物語のような出来事が我が身に降りかかるとは想像していなかった。

 その日、私は普通に起きた。普通に制服に着替え、普通に部屋を出て、普通に階段を降りた。

 リビングに入ると、お母さんが朝ご飯をテーブルに並べていた。


「おはよう」

 

 私はお母さんの背中にそう挨拶した。私の声が聞こえたのか、お母さんはこちらを振り返った。お母さんはいつもより少し遅くに起きた私に呆れつつも、優しい笑顔を浮かべていた。


「○×\=」

「え?」


 私は耳を疑った。今耳に入ったものが受け付けなかった。

 その音は確かにお母さんから聞こえた。しかし、何を言っているのか理解できなかった。

 私の様子を怪訝に思ったのかお母さんは再度口を開いた。


「@/#:○×$°☆#〒♪$」

「え? 何て言っているの?」

「/°$<=>×+*♪|\$°・$♪=×°$」

「だから、何を言っているの!」

 

 私は思わず怒鳴ってしまった。お母さんの口から出てきたのはどう考えても言葉ではなかった。外国の言葉に聞こえたわけではない。明らかに言語とは別物だ。

 その音は虫が這いずり回る音やビニール袋をグシャグシャにした時の音に似ていた。聞くと不快で不安になるような音だった。


「/$°☆=*×|==*×=>|+°?」

 

 お母さんは私を心配そうな目で見ていた。しかし、その口からは相変わらず理解不能な音を発していた。


「お父さん!」


 怖くなった私はリビングを飛び出し、お父さんを探した。私はお母さんに何か異常が起こっているのだと思っていた。だからお父さんに助けを求めた。

 お父さんは洗面所にいた。私は鏡に向かって髭を剃っているお父さんの背中に声をかけた。


「お父さん、お母さんが変なの」


 お父さんは髭を剃るのを一旦止めて、私の方を振り返った。お父さんは口を開いた。


「×=$°♪|+<°*|×=。*=♪\>〆×〒」


 私は愕然とした。お父さんの口から聞こえてきたのはお母さんと全く同じ音だった。お父さんもお母さんと同じ状態になってしまった。


「嫌っ!」


 これ以上不快な音を聞きたくない私はお父さんを置いて洗面所を後にした。あのままお父さんと話をしても結果は同じに違いなかった。

 リビングに戻るとお母さんが腰に手を当てて私を見ていた。その顔は少し怒っているみたいだ。

 

「$°♪°>\*=°○>=>°〒^*」

「本当に何を言っているの!?」


 私は訳が分からなかった。両親は私を嵌めて新手のドッキリでも仕掛けているのか。そう思いたかった。

 背後から足音がする。振り返るとお父さんがリビングに来ていた。

 お父さんは私をすり抜けてお母さんの横に立った。2人は顔を合わせた。


「*\×¥°♪>\+○>」

「♪°+|♪$°×÷>○|\°♪○\×=」


 両親は当たり前のようにあの狂った音で会話していた。私には異常な音にしか聞こえないのに。

 2人は時折私を見ながら何かを話していた。まるで仲間外れにされているような気分になった。


「やめて! 2人で何を話しているの?」


 私がそう声を上げると両親は私の方を向いた。


「☆%°〒|:\^|=○×$☆#*$°☆>」

「×♪>○°♪$|+>○=…|*×|○>」


 傍目から見ると2人とも私を心配しているようだった。しかし、その口から発せられる音は全く私には理解できなかった。

 まるで宇宙人がお父さんとお母さんを中身だけ乗っ取ってしまい、入れ替わっているみたいだ。2人が別の生き物に見えた。

 私はこの異常な空間から逃れたくてテーブルの上に置いてあったテレビのリモコンを手に取った。私はテレビの電源を点けた。いい加減まともな言葉を聞きたかったからだ。しかし。


『♪=$°+\|〒〆\=×°*「|*』


 テレビのアナウンサーが喋る不快な音に私の希望が打ち砕かれた。その時、私にある考えが浮かんでしまった。

 お父さんとお母さんは普通に会話をしている。しかし、私には聞こえない。そして、テレビも2人と同じように聞こえなかった。ここから考えるに、つまり。


「おかしくなったのは私……?」


 その日、私は人間の言葉が分からなくなってしまった。


 

 私は家を飛び出した。おかしくなったのは自分だと認めたくないからだ。あくまでお母さんやお父さん、テレビのアナウンサーが異常なのだと思いたかった。


「〒〆^\+・○*♪→$#|>|$×○・€=1×>°#」

「#/$☆¥€#°%><×÷+→=÷^→=☆*○々€・\^」

「:〒\|=÷$#+→|€*・=#<・$€<*→$°☆・÷=€」


 しかし、現実は無情だった。よく挨拶する近所のおばあちゃんも登校する小学生も会社へ向かうサラリーマンも私がすれ違う人たちで交わされる言葉は全てあの音になってしまった。おかしくなったのは私だという現実を突きつけられた。

 耳に入る異常な音を聞きながら、私は1人世界に取り残された気がした。

 私は走り続けた。この音が聞こえないところにどこかに行きたい。少なくとも家の近所ではないどこかへと行きたかった。

 しかし、最近、勉強ばかりしている私にとって、長距離を走ることは大変だった。

 このまま家の近くにいると、お母さんやお父さんに家に連れ戻される恐れがあった。そうなると、また2人の口から耳を塞ぎたくなる音を聞かなくてはいけない。

 どうすればいいか途方にくれている私はある公園に目が留まった。そこは子供の頃にたまに友達と遊んだ公園だった。

 その公園は遊具は少なく、ブランコや滑り台、鉄棒ぐらいしかなかった。それに平日だからか子供どころか大人の姿も見当たらなかった。

 走って疲れた私はこの公園に入ることにした。そして、ブランコを漕いでいたというわけだ。

 

 

 私は話しかけてきたおじいさんを避けるべくトイレに避難した。流石におじいさんも女子トイレまで追ってこなかった。

 もし、追っかけてきたらそれはそれで警察を呼ばないといけなくなる。あ、いや、こんな状態じゃ警察も呼べないか。

 しばらくトイレに篭り、恐る恐る顔を出すと先程のおじいさんはいなくなっていた。きっとどこかへ散歩に出かけたのだろう。


「はあ」

 

 私は公園のベンチに座り、ため息を吐いていた。スマホの時計を見ると、とっくに1時間目の授業が始まる時間になっていた。

 けれど、私は学校に行く気になれなかった。当たり前だけど、学校にはたくさんの人がいる。

 聞くだけで耳を塞ぎたくなるあの音を四方八方から聞くことになるなんて絶対に耐えられない。

 しかし、これからどうすればいいのだろう。恐怖のあまり家から飛び出してきたため、持っているのはスマホぐらいだ。財布や鞄は家に置いてきてしまった。

 不意に空腹を感じた。私はお母さんが作ってくれた朝ご飯を食べていないことに気づいた。昨日の夜ご飯もあまり食べなかったから、とてもお腹が空いている。

 私は心細くなった。一体どうして私は人間の言葉が分からなくなってしまったのだろう。もしかしたら、ずっとこのままなのだろうか。


「ワン!」

「え?」

 

 突然、声、というか鳴き声が聞こえた。私が顔を上げると目の前に大きくて白い犬がいた。犬種はサモエドで、フワフワした毛並みと人懐っこい顔が特徴的だ。その首元にかけられている首輪には見覚えがあった。


「ジョン?」


 私はとても驚いていた。この子の名前はジョン。我が家のペットである。ちなみにオスだ。

 まさかジョンとこんなところで会うなんて夢にも思わなかった。


「どうしてここにいるの?」

「ワン!」


 私がジョンに問いかけると、彼は元気よく鳴き声を上げた。そして、そのつぶらな瞳で私を見つめていた。


「もしかして私を探しに来てくれたの?」

「ワンワン!」


 私の疑問をまるで肯定するかのようにジョンは鳴き声を上げた。

 私は嬉しさのあまり目から涙が溢れそうだった。今の今まで私は世界で1人ぼっちだと思っていた。

 でも、違った。私にはジョンがいた。犬だけど、私が1人ではないことを教えてくれた。


「ありがとう、ジョン」


 私はベンチから立ち上がり、ジョンの前で膝をついた。右手でジョンの頭を撫でた。ふわふわの白い毛を撫でていると気持ちが落ち着く。

 

「少し元気が出たようで良かった。莉渚の悲しい顔を見るとワタシも悲しくなる」

「え!? 誰なの?」

「え?」


 どこからか声が聞こえ、私は弾かれたように立ち上がった。今日初めて聞くまともな人間の言葉だ。

 その声は聞くと落ち着くような低くずっしりとした男性の声だった。声の主は何故か少し間の抜けた声をしていた。まるで返事が返ってくるとは思わなかったように聞こえた。


「貴方は誰? どこにいるの?」

「……ワタシはここにいる。君のそばにいるよ」


 謎の声の主は私の問いかけにそう答えた。私は周囲を見回した。しかし、公園には私とジョンだけで後は誰もいなかった。


「いないよ。ねえ、どこにいるか教えてよ」

「いるさ。君の目の前にいる」

「ふざけないでよ! ここにいるのは私とジョンだけで」

 

 私は続きを言おうと思ったが、ある可能性に気づいて固まった。もしや。いや、そんな馬鹿な。

 私は目の前にいる『彼』に目を向けた。『彼』は今もおとなしくお座りしている。

 

「ジョン、もしかして貴方なの?」

「そうだよ。やっと分かってくれたようだね」

 

 ジョンはにっこりと笑いかけた。ように私からは見えた。


「しゃ」

「うん?」

「ジョンが喋ったーー!」


 私は公園中に響くような大きな声を上げた。朝起きると人間の言葉が分からなくなっていた。その代わり?に犬であるジョンの言葉が分かるようになっていた。

補足:主人公である莉渚以外の人間のセリフですが、記号に法則性はありません。文字数も関係ありません。

雰囲気で書いています。(笑)

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