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仕事は拙速を貴ぶ

「とりあえずだ、今日俺は仕事がある。ついてくるか?」


 一応聞いてはみるものの、できれば留守番をさせるのは避けたい。

 どうにも彼女は研究施設にいたせいか常識乏しいようだし、どこかに狙われている可能性も鑑みれば一緒にいる方が良いだろう。

 ついでに仕事の流れを教えつつ、手伝えるようになれば今後が少し楽になるしな。


「もしいいなら、ついていきたい」


 ニオの答えはあっさりとしたものだった。さっきまで悲観そうな雰囲気を醸し出していたのも、すでにすっかり消えてしまっている。


「よし、そんじゃ準備するから少し待ってろ」


 事務室の壁にしつらえてあるロッカーのカギを開けて整備を終えた銃と弾薬を取り出す。あとはサマーコートにそれらを装着してはおる。

 ニオはそんな俺の動作をソファから興味深そうに見ていた。


「それ、鉄砲?」

「そうだ。俺は有名どころの魔術師みたいに杖一本でちちんぷいとはいかんからな」

「ハカセが言ってた。魔術師の武器は性格がよく出るって」


 彼女のいうハカセが何者か知らないが、うまいことを言うもんだ。


「そうだな。ただ俺の場合は使える魔術が”種火”だからな。煙草に火を点けたり、発砲の時の火薬の燃焼効率をちょいといじくるぐらいが限度なのさ」


 悲しいかな、俺の魔術はその程度でしかないのだ。

 まったく才能に乏しいことこの上ない。

 

「なぁに科学と一緒で魔術も万能じゃぁない。要は使い方次第ってやつさ」

「……? よくわからないけど、ハカセと同じこと言ってる」

「お前の実験の話がなけりゃ、そのハカセとは気が合いそうだな」

 

 さて、準備完了だ。事務所のドアを開けるとそこには見慣れた景色が広がっている。

 いつも通りの繁華街から少し離れた路地のビル。それが俺の事務所だ。


「さて、車まで歩きながら現状の把握と対策をしよう」


 外はむっとした熱が立ち込める夏。正直サマーコートを着ているのも嫌なぐらいだが、銃を隠すにはこれぐらいしかない。


「お前の魔力の経路だが、肝心かなめの出力系がめちゃくちゃだ。何かわかるか? ハカセとやらからの情報でもかまわんぞ」

「私は飽くまでも炉心として作られた。だから心臓で魔力を出力して、呼気から炉心へ魔力を流すだけで回路は必要ないとも。炉心だったときは、ずっと変な液体の中で口にはこんなマスクがつながってた」


 俺の言葉にニオが口回りに丸く手を当てて、当時の様子を表そうとしてくる。

 つまり、通常とは魔力の経路が真逆。

 どうりででいまいち彼女の適性が測り兼ねるわけだ。

 となると考えられる対策は、垂れ流しの魔力をどうにかプールできるものを用意して、回路を設計するぐらいか。

 さすがにそれだけの作業は一朝一夕とはいかない。じっくりと取り掛からないとな。


「まずは俺の仕事を見て、学んでいくしかないな。一応魔力は体に通ってるから他人の魔力の流れもある程度は読めるだろ?」

「見える見えないも、よくわからない。私が見ている世界が、ソースケと同じ世界なのかも、わからない」


 ま、それもそうか。そこら辺もゆっくり身に着けて行ってもらおう。しがない魔術師の俺からでも学べることはある程度あるはずだ。それはきっと彼女の今後に役立つだろう。


「さて、お話はここまでにして、そろそろ行くとするかね」

 

 事務所の裏手に止めていた車に二人で乗り込みエンジンをかける。

 ちなみにこの車は代車という奴で、俺のものではない。以前乗ってた愛車のスカイラインは先日別件でスクラップになった。10年近く乗っていた車だったから廃車になったときは悲しかったが、こうして新しい車に乗るとふつふつと欲が湧いてくる。

 ま、その欲を満たすためにもせこせこ働かなければならないわけだ。

 シートベルトにもたついているニオを手伝ってやり、アクセルを踏めば静かに動き出す。


 「よーし、そんじゃ現場に着くまでに今日の仕事の内容を話しておこう。ほれ、ここを見ろ」

 

 タブレットを助手席のニオに手渡す。そこに映っているのは、今日の仕事の内容だ。

 

「対象は元々裕福だったようだが、かなり金にがめつかったらしくてな。その人柄が災いして晩年は一人だったそうだ」


 今日の仕事はある意味とても簡単だ。


「その執着と、一人でいたことによる憎悪で地縛霊化しているのを祓うようにとのご家族さんからの依頼だ」


 要するにただの除霊だ。払われる爺さんには申し訳ないが、この世の中は須らく生きている人間が優先なのだ。

 ちなみに遺族間では当たり前のように相続争いが繰り広げられている。うちみたいな弱小事務所に依頼がきたのも、内々に除霊を済ませてほしいという意図もあるのだろう。

 資料の写真で見たが、かなりの豪邸なのは間違いない。


「じばくれい?」

「そうだ、要するに土地とか物に執着して死を受け入れられない奴の末路だな」


 とはいえ、本当にただの除霊が俺のところに回ってくるわけがない。これには色々と訳がある。

 相続争い真っただ中の物件に手を出すなんて火に手を突っ込むようなもの。普通の事務所は状況を聞くだけで倦厭するだろう。

 だがうちは別、積むものを積んでもらえれば片付けるからな。

 そのおかげで、うちの業界での評判は悪いことこの上ないが。


「どうやって、追い払うの?」

「そうだな、故人の宗教に応じた儀式をして自己の死を認識をして、丁重にお帰り願うってのが普通だな」


 たとえば仏教なら、仏教系の退魔士の呼ぶことになる。ついでに俺は特に何も信じちゃいない。

 

「よくわからない」

「ようするにこの世への執着を解きほぐすのが正道だ。だが、俺は左道を行く人間だからな、これを使うんだ」


 ぽんぽんと片手で運転席と助手席の間に置いた散弾銃を叩く。これが俺の魔法の杖ってわけだ。

 

「鉄砲って、地縛霊にきくの?」

「お、いいとこを聞くな。そりゃ地縛霊なんて実体のないものに普通の鉄砲なんて効きやしない」

「?」


 それでいったいどうするのか、と言いたげにニオが首をかしげる。


「こいつは銃本体と弾薬に色々仕込んであってな、細工は流々仕上げを御覧じろってやつだ」

「ソースケは、秘密が多い」

「魔術師なんてどいつもこいつも秘密だらけなもんさ」


 助手席から少し身をのりだして銃を眺めるニオ。仕掛けが気になるのだろう。


 「お前もそのうち分かるようになるさ」

 

 そんなこんな話しているうちに、車は目的地へ続く山道へと入っていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……」

「……」

 

 俺たちは無言で目の前の屋敷を見ていた。

 いや、正確には元屋敷というべきか。広大な庭の奥に建てられてそれはまさにお屋敷とでも言うべき大きさだった。

 しかし今や庭は荒れ果て、屋敷も屋根や壁にところどころ穴が見える。


「随分と資料と違ぇじゃねぇか」

「ええと、あの……」

「どうせ複数社に依頼して失敗こいたってとこか?」


 俺の視線にスーツを着た細身の男が言いにくそうに言葉を濁す。まぁ俺のとこに依頼が回ってくる時点でこういうこったろうとは思っていたがな。


「あの”爆炎”の事務所からも、敷地全部更地にしてもいいならと事実上匙を投げられまして……」

 

 とそこまで依頼人のスーツ男が口に出したところ、何かを叩き壊すような大きな音が聞こえてきた。


≪この! 屋敷は! 渡さんぞ!!! この亡者どもめええええ!!≫

「いや、亡者はてめぇだろ」


 視線をやれば、屋敷の壁の穴から肥大化した霊体が顔をのぞかせ、こちらに向けて大声を上げている。

 地縛霊は本来、死んだ時の自分の姿に縛られるもの。それがどうだ、今見えているのは見にくく凝り固まって人の姿すら保っていない。壁の穴から見えているのも極一部だが、他の穴からも姿が目視できるぐらいには大きいようだ。


「あー、ありゃ強すぎる妄念で周りのも引っ張り込んでんなぁ」

「どういうこと?」


 俺の独り言にニオがすぐさま反応する。


「人の念ってのは死後でも影響があってな。その妄念が大きければ大きいほど、その大きさに合わせて周囲の霊体を吸収しちまうわけだ」


 そこまで言って、顎で屋敷の方をさしてやる。先ほどまでボロ屋敷しかみえていなかったが、今はこちらを敵として認識したのか、あちらこちらを霊体が飛び交っている。


「で、ここまで集まると結構面倒でな。普通のお祓いじゃ対処できないから、更地にするほうが楽ってわけさ」


 集合化してしまった霊体は、その中心になっている霊を祓ったところで、別の霊体に人格が転移してしまう。

 お祓いは強力ではあるが、対象が限られる上に時間も手間もかかる。なのでこうなってしまうと直接的手段に出るしかなくなるわけだ。


「それで……どうにかできそうですか?」

「できるからここに来てるんだがな」


 心配そうな依頼人の方には一瞥もせず、屋敷を見る。どうにもこうにも、闇がありそうな予感だ。


「ま、ちゃっちゃといくか」


 懐から煙草を取り出し、火を点ける。足を進めればニオが遅れまいとついてくる。


≪おのれぇ! 我が資産をつけ狙う悪鬼どもがぁ!!≫

「おうおう、キレッキレだな」


 玄関口からおそらく生前の持ち主であろう顔を模した巨大な霊体が噛み殺さんとばかりに大口をあけてつっこんでくる。

 その剣幕にニオの肩が一瞬びくっと震える。

 そんな彼女を後目に俺はコートからゆっくりと銃を取り出すと、その霊体にむけて狙いを定める。

 

「いいかニオ、まずこの仕事の鉄則は」


 レバーを視点にぐるんと銃を回転させて――


「ビビったら負けだ」


 引き金を絞る。ずどんという銃声とともに飛び出した散弾が霊体を引き裂いていく。

 断末魔も聞こえない。一撃だ。


「耳が痛い……でも、すごい」

「おっと、注意するのを忘れてたな。悪い悪い」


 比較的至近距離で銃声を浴びたせいか、耳を押さえて顔をしかめるニオ。

 もう一度ぐるんと銃を回して排莢、からんという小気味よい音をたてて空薬莢が転がる。そして装填。


「他の魔術師がどうだか知らんが、俺の魔術にはこいつが一番合っててな」


 歩をすすめれば、また玄関から霊体が飛び出してくる。今度は複数だ。


「イブン=カズィの粉薬を火薬にまぜて、真言を刻んだワッズに聖別した銀の散弾だ。霊魂の類には効くだろうよ」


 再び引き金を絞る。ショートバレルにした散弾銃の弾が広がりやすいという特性は、こういう時に役に立つ。

 普通の銃であれば点のダメージだが、これなら面で叩き込める。

 

 ≪ぐおおぉ!? この痛みは何事だああぁ!!!≫

「痛いってのはいいことだぜ? なにせ身の危険ってこったからな」

≪おのれええええ!! 亡者如きにこの屋敷は渡さぬぞおおお!!≫

「だから亡者はてめぇだっての」


 よっぽどこの地縛霊の元になった爺さんはここに未練があるらしい。しかし同時に屋敷が荒れている事には無頓着なあたり、別の何かがここにあるのだろうな。

 二度やられて流石に学習したのかそれとも防衛本能からか、辺りを飛び交っていた霊体が屋敷の中に引っ込んでいく。

 雰囲気をさぐるに一点集中してどうにかしようって考えだろう。


「さ、ここからは蛇が出るか鬼がでるか。いくぞ、ニオ。腰抜かすなよ」

「わかった」


 銃を肩にのせ、反対の手でニオの手を掴む。

 握り返してきたその小さな手に、怯えはなかった。

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