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平々凡々

 翌日、いつも通りスマートフォンの目覚ましでたたき起こされる。

 姿が見当たらないあたり、ニオはまだぐっすりと眠っているのだろう。

 まぁ俺自身の起きる時間が早めなのもある。

 今日は仕事が入っているし、その上にニオの様子も確認しなければならない。

 それに俺には朝の日課がある。

 事務室に入ると俺はすぐに壁際にある鍵付きのロッカーを開けた。

 中にあるのは何丁かの銃。

 その中の今日使うである1つと弾薬を取り出す。


「いつの間にやらこの作業も慣れたもんだな」


 一度机の上でバラバラに分解する。俺が好んでいるのはもはや廃れかけているレバーアクション型の銃だ。

 今手元にあるそれも、特殊な伝手を頼りに組み上げられたM1887の変化形だ。

 清掃と点検を終えるとさっさと組み上げる。

 続いて弾薬のチェック。使うである弾種をポーチとローダーに詰め込んでおく。

 一式の用意が終わればあとはロッカーに戻すだけ。この一連の流れが俺の日課だ。

 これで俺が人並みな魔術師であれば銃を使わずにすむのだが、そうもいかない。

 テレビでCMを垂れ流してる”爆炎”や”水”といった強力な魔術師であれば、それこそ指一本で化け物とでも渡り合えるだろう。

 しかし俺の魔術は”種火”なのだ。偉そうに弟子を取っているものの、せいぜい煙草に火を点けたり銃の火薬の燃焼効率を少々上げる程度でしかない。俺が魔術の才能がないというのはそういうことだ。

 師事した師匠がたまたま”金赤”と呼ばれる最強格の魔術師だっただけに、俺の魔術師界隈での評判はとてつもなく低い。

 現代兵器を利用しなければ仕事もできないとなれば、なおさらだ。

 お陰様で他の事務所が抱え込むような厄介な案件が飛び込んでくることはそうそうないから、気楽に仕事できる分で少し得といったところか。


 今日の仕事の資料に目を通し始めたころ。入口の方からバタンバタンとやかましい音を立てながら佳奈が飛び込んでくる。


「やっほー! おはよ! 今日も草臥れた感じだね!」


 人の姿を見るなりひどいことを言う奴だ。

 まぁ確かに髪の毛も適当にしか切らないし、髭もここ二日ほどほったらかしだ。見た目の話をすれば、たしかに佳奈のいう通りくたびれたおっさんだろう。


「おじさん好きな私にはちょうどいいけどね!」

「ええいくっつくな。鬱陶しい」

 

 背後に回ってするりと首に腕を回そうとする佳奈を追い払ってパソコンを閉じる。

 

「あ、そうそう。いくつか服もってきたよ。お古になっちゃうから、申し訳ないけど」

「いや、助かる。まだ寝てるかもしれん。どこかの部屋にいるから起こしついでに着替えさせてくれ」

「はいはーい」


 佳奈は鼻歌交じりに事務室を出て行く。その背中を見送っていると、再び扉が開いた。


「あ、お礼はグランドホテルのディナーでいいよ!」

「そんな金ねぇよ。お前の人件費とニオの生活費でかっつかつだってぇの」


 俺の言葉に佳奈の栗色の目が軽く見開かれる。


「へぇ、あの子ニオっていうんだ」

「ん、あぁ。俺が昨日付けた。名無しってのも困るしな」

「へーほーふぅん」


 佳奈が手を口に当てながらにやにや笑う。気味の悪い奴だな。


「ほらさっさと行け」

「はいはい、わかりましたよーだ」


 かと思えば、一転拗ねたような雰囲気で離れていった。

 今のどこに彼女の機嫌を損ねるものがあったのだろうか。女心は難しいものだ。

 再び資料に目を通していると、ノックの後にニオと共に佳奈が入ってきた。


「お待たせー」

「おう。悪いな。……どうした?」


 戻ってきた佳奈の顔はどこか浮かない表情だ。何かあったのかと思い問いかけてみるが、彼女はすのまますたすたとソファまで歩くとそのままぼふんとうつ伏せになってしまった。


「うう、昨日実感はしてたけど、改めて敗北した……」

「何かはしらんが、こっちに足を向けるな。見えるぞ」

「いいんですー、見えてもいいヤツなんですー」


 半ばやけっぱちともいわんばかりに足をばたつかせる佳奈。

 そんな彼女をニオは入口にたったままじっと見つめていた。

 

「ほれ、いつまでもふくれてるんじゃない。お前はそろそろ学校だろ」

「ふーんだ、乙女心を理解しないおっさんなんて、犬のうんこ踏んじゃえー!」


 来た時と同じようにばたばたとやかましく事務所を出ていく佳奈。最後の捨て台詞が普通の人間の言葉なら笑い飛ばせるが、この事務所で俺に弟子入りしている、つまり魔術師の言葉だから洒落にならない。

 今日は一日足元に気を付けないといけないかもしれんな。

 

「さて、ニオ。朝飯にしようか。食えない物とかはあるか?」

「ごめんなさい、よくわからない。……昨日の飲み物はおいしかった」

「はいよ。用意してくっから座ってまってな」


 俺が声をかけるとニオは素直にソファに座った。昨日と違って、佳奈からもらったであろうふんわりとしたブラウスにふくらはぎまでのデニムを合わせてある。

 こうしてじっとしているのを見ていると、本当に人形みたいに見えてくるな。肌や髪の白さがそれに拍車をかけている。

 いつまでも見ているわけにはいかないので、事務室から隣の給湯室で朝食の用意を始める。

 定番で悪いがトーストとジャムでいいだろう。あとはココアと自分用のコーヒーの用意だ。


「ほれ、できたぞ。熱いから気をつけろよ」

「ありがとう」


 事務室の机を挟んで二人で食事を摂る。ニオはどうも食べ方もよくわかっていなかったらしく、俺がパンにジャムを塗るのを見てから真似をしていた。

 それを口にした直後にすこし顔がほころんだのは、ジャムの甘味からだろうか。

 ところどころ手にジャムを付けてしまったのをティッシュで拭いてやりながらニオの事をよく観察する。

 

「うーん……?」

「どうか、した?」


 手に触れたことでより一層彼女の状態がよくわかった。しかしそこから導かれる答えはどうにも納得のしがたいものだった。

 訝し気にうなる俺にニオが疑問の声を上げる。


「ニオは魔術の大事な三要素は知ってるか?」

「学術的な意味でなら。炉心になる前、ハカセが教えてくれた。魔力、回路、術式」


 俺の問いかけに彼女はすぐに答えをよこした。彼女の言葉に間違いはない。

 魔術を扱うにあたって、真っ先にならうのが先ほどの三要素だ。

 もっと厳密にいえば、呼吸によって魔力を生成し、心臓の力で全身を循環させて最後に術式をキーワードで解凍する。

 これを全部ひっくるめて術式構成などという。

 だが、俺が問題にしたいのはそこではない。


「どうにもお前の血のめぐりを見ていると、呼吸で魔力を生まず、心臓で直接魔力を作り出しているように見える」


 俺が一番に感じた疑問はそこだ。彼女の持っている魔力は呼吸ではなく、心臓の拍動に合わせて生成されている。

 さらに加えるならば、本来魔力は体内を循環している間は本人の容量一杯までは蓄積して、越えた分だけが外に漏れる形になる。

 だというのに、ニオからは一般的な魔術師が放出するのとはけた違いの魔力が漏出しているのだ。


「昨日言った通り。私は銀獅子の心臓(シルバリオン・ハート)計画の被検体。ハカセが言うにはアーティファクトである銀獅子の心臓(シルバリオン・ハート)を本来の心臓と置換して環境に拠らない魔力生成を行う、らしい」


 そう言いながらニオはブラウスの裾を大きくまくり上げた。

 思わず視線を逸らしかけたが、その前に彼女の胸元に目が留まった。下心ではない。彼女の体の中心、いわゆる正中線と呼ばれる場所に大きな傷跡があったからだ。

 見た目にも痛々しいそれは完全に塞がってはいるものの、大きな手術が行われた証左。

 まったく天を仰ぎたくなるぐらい、彼女のいた場所は糞ったれな所だったらしい。


「おそらく、私の中のアーティファクトを回収するために誰かが差し向けられる。お世話になったけど、私を追い出した方が良い」


 服を直しながらぽそりとニオがつぶやく。彼女が言っていることはおそらく真実だ。心臓と付け替えるだけで魔力を生み出し続けるアーティファクトなんて野放しにするはずがない。

 それに回収ということは、心臓と置き換わってるそれを取るということ。彼女の置かれていた環境を鑑みるに、それが何を意味するか察するのは難しくない。


「で、そんでお前はどうすんだよ。逃げて隠れてつっても限界があるだろ」

「助けてくれた人に、迷惑はかけられない」


 完全にうつむいてしまったニオの表情は俺からはわからない。

 だが、その言葉が悲壮をもって紡ぎ出されたものであることがわからないほど、俺は落ちぶれちゃいない。


「何勝手に”助けてくれた”って過去形にしてんだ。まだ途中だっつの」


 胸糞悪い話を聞いた気晴らしに煙草を取り出し、咥える。

 俺の言葉にはっとしたのか、ニオが顔を上げた。表情は薄いが、目にはまた拾った時と同じ怯えが見える。


「昨日もいっただろ。代金はきっちり払ってもらうぜ」

「でも――」

「でもも糞もねぇ。労働契約、つまり仕事ははじまってんだ。相手が魔術師だろうがなんだろうが、俺の仕事の邪魔をさせるかよ」


 ぱちりと指をならし、煙草に火を点ける。


「向こうから喧嘩売ってくれるなら、それを全部叩き潰せば、万事全て事もなしってやつだ。俺を、”種火の魔術師”を舐めるんじゃねぇってな」


 大きく煙を吸い込んで吐き出す。


「――ありがとう。きっとあなたは良い人。でも……」

「ん?」

「”種火の魔術師”なんて二つ名(ネームド)魔術師、ハカセから聞いたこと、ない」


 それが意味することは一つ。俺が記録もされないほど弱小の魔術師ということ。


「そういうのは黙ってるもんだ。せっかく恰好つけたのが台無しだろうが」


 今度はため息こみで煙を吐き出すと、ニオの顔に初めて笑顔がうっすらと浮かんだ。


 

 

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