二
岬さん達のいる部屋を出て、早一時間弱。
永遠に真っ直ぐ続いているかのように見えた廊下にも突き当たりはあって、嬉々として角を曲がった私だったけれど……再び延々と続く廊下が現れ、私は人気のない廊下を歩きながら深い溜息を零した。
「やっぱり、誰もいないなぁ……」
部屋をしらみ潰しに確認しながら進んで来たものの、未だに住人は見つけられずにいる。
山奥だからか電波もなくて、残念ながらスマホは繋がらない。そのため連絡を取る方法がなく、新田くんが住人を見つけられたのか知る由がないところが難点だ。
一応時間を決めて、ダメなら一度戻るようにとは決めたけれど。この調子ではこちらから良い結果を報告することはできなさそうだった。
屋敷の造りは単純で、同じような和室が延々と続いている。
一貫して二十畳ほどの窓がない部屋で、適当な家具が無造作に設らえれている。箪笥にちゃぶ台、座椅子、燭台、時計、何か植えられていたらしい鉢植えなどなど……。
しかし、生活感があるかと言われるとそうではなく、ただただ物を詰め込んだだけというちぐはぐな印象を受ける。
人気がない割には家具ばかりが多く、不気味な雰囲気を助長させているようで、私の精神は早くも限界を迎えつつあった。
「……って言うかマジでないわ、男子B。自分がビビリだからって怪しげな屋敷の探索を女子に押しつける? 普通。友達の新田くんですらちょっと引いてたじゃない。マジいいところないわ、あいつ……」
物音一つしない、あまりにシンとした空気に耐えられなくて、私はぶつくさと文句を言いながら部屋の移動を繰り返す。
こういう時は陽気な音楽を口ずさむより、何かに対する怒りの感情の方が不安をかき消してくれるらしい。
「そもそもあいつら、他に組んでくれる人がいなかった岬さんに誘われてお遊び感覚で合宿に来ただけのパリピだから、民俗学に興味の欠片もないし……」
――キュン……。
「京都と奈良なんて都会っ子のパリピにはつまらないでしょうに。パリピならパリピらしく、夏はナイトプールでパシャパシャしてればいいじゃ――ん?」
――キュン、キュン……。
「! なに? ……動物の声?」
不意に聞こえた音に足を止めた。
その場でよくよく耳を澄ましてみたところ、少し先の部屋からとてもか細くて甲高い鳴き声のような音が聞こえる。何というか、こう、弱った犬がキュンキュン鳴いているような切ない声だ。
屋敷で目覚めてからというもの、自分達以外が発した音を拾ったのはこれが初めてで、私の胸に期待と不安が湧き上がる。
だって、人はいないのに動物がいるなんて普通に考えたらおかしいし。
足早に、それでいて忍足で部屋へ近づき、恐る恐る障子戸を開けてみる。そうして隙間からそおっと室内を覗くと、
「……白い、もふもふ?」
大きめな箪笥の前で丸っこく蹲った、白いもふもふを発見した。どうやらこちらに背を向けているものの、大きめな三角のお耳が確認できることからたぶん犬なのだと思う。それも体のサイズ的には子犬だった。
私はもふもふが大好きだ。
今直ぐにでも飛びついて今日一日で荒みに荒んだ心を癒してほしいところなのだが、実は野犬で人馴れしていない子だったら困る。
仮に飼い犬でもきちんと病院で注射をしてもらっていない場合、狂犬病を持っている子もいるしね。
飛びかかって来ても大丈夫なように障子戸の隙間は最小限にしたまま、チッチと舌を鳴らして注意を引いてみる。
「お〜い、そこのキミ。一人なの? お家の人はいないのかな……?」
動物へこうして普通に話しかけるのは、屋敷のせいで私が精神に異常をきたし始めているからではない。普段からこうなだけだ。
というか、動物好きは大抵こうだろう。何なら人がいない時は赤ちゃん言葉で話しかけちゃうし。
動物好きの悲しい性だよね。
とにかく、こちらに興味を持ってくれれば良いのだ。その反応で人馴れしている子かどうかが分かるから。
私の声で大きな三角のお耳がピクピク動いたかと思うと、子犬が徐にヌッと首を伸ばしてこちらを振り返った。
「! 可愛い……っ!」
真っ白な毛並みにクリクリのお目々、少し短めの鼻筋が子供らしくてめちゃくちゃ可愛い。印象としてはハスキーに近いだろうか。大人になったら凛々しくなりそうだ。
『……キュン』
「ふぐあッ!」
じっと見つめていると子犬が小さく鳴いた。
やはり先程聞こえた声はこの子のものだったらしい。子犬特有の高い鳴き声もまた一際可愛くて、私は障子戸の縁に掴みかかって悶えた。
暫くこちらを観察するように見つめていた子犬は、少しフラつきながら立ち上がるとトテトテとこちらへ向かって歩いて来る。
そうして障子戸の前でちょこんとお座りをして、そのつぶらな瞳で私を見上げた。瞬間、私の心の堤防は呆気なく決壊した。まじ秒で。
「いやあああああ可愛いいいいいぃ!! キミ可愛いねえええええ!!」
欲望と共に障子戸を開け放つと、子犬を驚かせないよう優しくもふもふする。
頭をもふもふ。
ほっぺをもふもふ。
喉をもふもふ。
背中をもふもふ。
ああああぁ、幸せ。今日あった嫌なことが全て溶けていく。
理性が崩壊したせいで奇しくもパリピ(チャラ男?)のような台詞を吐いてしまったが、もふもふの前では嫌な記憶も羞恥も彼方へ飛んで行く。
「もふもふもふもふもふもふ……」
『助ケテ』
「あ、ごめんごめん、もふもふし過ぎたよね。ちゃんと毛並みは整えるから――ん?」
今、子犬が喋ったような?
思わず普通に応えてしまったけれど、そんなわけは……。
『オ願イ、助ケテ』
はい、幻聴ではありませんでした。
「喋っ……、ええええええええっ!!?」
驚きのあまり尻餅をついた。
いやね? 私だって常々動物と話せたらいいなとか、そんな世界線があったらなと夢想していたけれど、いざ話せるとなると驚いて当然だろう。
外国人が流暢な日本語を話せるだけでも毎回そこそこ驚くのに、動物がたどたどしくも日本語を話したら、そりゃあ驚くよ。
しかも『助けて』って。
そんなにもふもふされるのが嫌だったのかと凹む。割と動物には好かれるタチだったのに。
「あの、えっと……ごめんね? もうもふもふしないから……」
『違ウ、モフモフ? 別ニイイ。初メテ、気持チイイ 』
「あ、そうなの……? じゃあ、助けてって?」
何ともふもふされたのは初めてらしい。
許可が降りたしせっかくなので、頭を撫で撫でしながら問う。遠慮という名の理性は吹き飛んでいるからね。
『外、出タイ。ココ、力、入ラナイ』
「ん??」
子犬(仮)の話し方は非常にたどたどしく、申し訳ないが言いたいことを正しく汲み取れない。
何故ここでは力が出ないのか。私は一応、普通に過ごせているのだけれど。もしかして、もう何日もご飯を食べていないとか?
『ココ、危ナイ。外、出ル』
「え。あ、危ないの? ここ。何で?」
今回は言いたいことがハッキリ伝わった。
いや、怪しい屋敷だと思う点しかなかったから、危ないと言われると非常に納得だ。
『ココ、災厄、中。外、仲間、イル』
「んんん……???」
だ、ダメだ。子犬は必死に伝えようとしてくれているのだけれど、言わんとすることが分かるようで分からない。
ここが災厄の中? そもそも災厄とは? 外に仲間がいるなら何で助けに来ないの? と、疑問ばかりが浮かぶ。
しかし、それらを尋ねてもたぶん明確な答えは得られそうにない。何せたどたどしいので。
このまま問答を続けていても、たぶん埒があかない。そう判断した私は、探索を続けるついでに子犬(仮)を連れて行くことにする。
外に出られそうなところを見つけたら放してあげよう。そうして私は一度元の部屋へ戻り、新田くん達を連れてそこから脱出すればいいのだ。
もう脱出とか思ってる時点でアレだけれど。
「ごめんね。言ってることいまいち分からないけど……とにかく外に出たいんだよね? 私、今ここの探索をしてるから、ついでに連れて行ってあげるね。外に出られそうなところがあったら出してあげるから」
『キュ〜ン……』
言いたいことが伝わらなかったからか、子犬が悲しそうだ。ごめんね、理解力が低くて。
とは言え、否定されなかったということは連れて行って問題ないということだ。私は子犬(仮)をひょいと持ち上げ胸に抱えると、部屋を後にしようとした。
『待ッテ。コッチ、本体、違ウ。本体、箪笥、中』
「え。た、箪笥の中に本体? どういうこと……?」
『箪笥、上、二番目。開ケル』
「う、うん……」
え、本当にどういうこと? このもふもふ姿は本体ではない? 箪笥の中にある何かが本体であって、こちらは霊的な何かということ……? え、普通に感触があるのだけれど?
まさか、箪笥の中にあるのって亡骸とか骨とかそういう……?
想像したら途端に背筋が寒くなって、思わず後退りしてしまう。
しかし、腕の中でキュンキュン言いながら見つめられては嫌とも言えない。くそう、惚れたが負けだ。
そろそろと箪笥へ近付き、意を決して――オープン!!
「〜〜〜っ……、ん?」
丸い取手を握り、勢いよく引き出してみたところ。
中にあったのは私が恐れていたような代物ではなかった。
「これは、勾玉……?」
そう、トップに一際大きな翡翠色の勾玉がついた、無数の勾玉が連なる長いネックレスだった。
手に取ってみると想像以上にズッシリと重く、一つ一つの勾玉が石で出来た本物なのだと分かる。
しかし、これが本体とは? と首を傾げていると。
『ソレ、首、カケテ』
「あ、はい」
今、説明する気はないらしい。まあ、言葉がたどたどしすぎて理解できる気がしないからいいのだれけど。
子犬(仮)の指示通り、勾玉のネックレスを首へ。めちゃくちゃ長いので三重にしてやっといい塩梅に胸元へ収まったところで、長居は無用と部屋を後に。
再び廊下を進み始め、外へ出られそうな場所を探す。
子犬(仮)はあの部屋から出られたことが嬉しいのか、中庭を眺めながらご機嫌そうに尻尾をフリフリしている。可愛いなぁ。
先程までは一人で探索していた不安や、男子Bへの怒りで満ち満ちていたのに、今はまるで犬の散歩をしているかのような明るい気分だ。これまで通り部屋を一つ一つ確認しつつ、時折子犬(仮)との会話を交えながら探索を続けた。
◆
二人がそれぞれ左右へ歩いて行ったことを確認して、俺は一旦襖を閉めた。健太と日向の側に腰を下ろしてホッと息を吐く。
はあ、マジで助かった。
こんな怪しすぎる屋敷の探索とか死んでも嫌だ。渋々とは言え引き受けるとか、あの二人メンタル強すぎるだろ。普通にもっと押しつけ合いになると思ったわ。
まあ、倭さんは明らかに俺のこと睨んでたけど……。
あの人、日向と違って美人なタイプだから睨まれると迫力あって怖ぇんだよなぁ。ポニーテールでキリッとしてて、いかにも私出来ます、みたいな? そんな雰囲気がある。
実際は話してみると案外気さくな感じのいい子っぽいけど、普段は隠キャオタク丸出しな女子とばっかりつるんでるから、倭さんもそっち系なんだろう。
流石に美人でもオタクはないわぁ。どうせ健太と俺みたいなイケメンで変な妄想でもしてるんでしょ? キモいキモい。
やっぱ女子は日向みたいな小柄で可愛くてオシャレが趣味、みたいな子に限るわ。隣を歩かせても自慢出来るし。
そもそも今回の合宿だって、俺達は日向目当てで来ただけだ。
日向は女子に妬まれやすいタイプだから、やっぱり大学でも女子の友達が全然いないらしい。そのせいでサークルの合宿も班を組んでくれるやつがいなくて、俺らが誘われた。
で、俺らだけじゃ実施調査も進まないだろうと、教授が倭さんに白羽の矢を立てたというわけだ。
わざわざ行かなくてもいいんじゃね? と思うし、実際行かなくても問題はないらしいけど、参加した方が単位を取るには優位らしい。
しかも教授のコネで毎回結構いい旅館に格安で泊まれるから、民俗学を取っててサークルにも入ってるやつはほとんど行くんだとか。
修学旅行みたいで楽しそうだしな。
基本緩い旅行みたいなもんだから、サークルに入ってなくても飛び入りで参加出来る。だから俺らも参加して、一夏の思い出作りに来た――だけのつもりだったのに。
興味もねぇ博物館に連れて行かれたり、山登りをさせられて、挙句こんな訳の分かんねぇことに巻き込まれてるとか何なんだ。
溜息を吐きたくなった、その時だ。
「……やっと行ったか」
気を失ってたはずの健太――斉藤健太がのっそりと起き上がって、俺達は目を丸めた。
「健太くん!」
「っ、健太!? お前、気付いてたのか!?」
「当たり前だろ、とっくに起きてたっての。面倒いから寝たフリしてただけ。そしたら二人が勝手に面倒事引き受けてくれたんだろ」
そう言って健太は鼻で笑う。
俺はみるみる気が抜けて大の字に寝転んだ。
「お前っ……悪いわぁ!」
「お前もだろ? ビビりが」
「び、ビビってねーし! 使えるヤツを使っただけだろ!」
「ぷっ……確かに」
俺らが笑うと日向も「健太くんが無事でよかったぁ!」とニコニコ笑った。
倭さんはさて置き、慎介――新田慎介は一応ダチではあるけども。大学に入ってからつるみ始めたヤツだから、そこまで情もないんだよな。
そこそこ顔が良くて使えるからつるんでるみたいだけど、健太のヤツは。俺は健太がつるんでるから一緒にいるだけで、そこまで仲良くもない。
まあ、趣味は合うから暇潰し程度には話すけどさ。
「ま、あいつらが戻って来るまでのんびり待ってようぜ」
「だな! あ〜、ホッとしたら腹が減ったわ」
「食いもんは知らねえけど飲みもんは……って、あの女、荷物持って行きやがったな。意識不明の人間がいるっつーのに気が利かねえわ」
健太は辺りを見回して目当ての物が見つからず、舌打ちをした。
そう言えば、この中で飲み物を持って来てたのは倭さんだけなんだよな。事前にそこそこ山を登るからとは言われてたけど、まさかこんなガチめの山登りとは思ってなかったから自販機くらいあるだろうと思ってたし。貰った資料も読まなかったし。
日向も「東照宮だと思ったら戸隠神社だったぁ!」とか言ってたから、よく分からねえけど、かなり予想外だったんだろう。
「倭さんひどい! こんな真夏なのに、わたし達が脱水症状になっちゃうかもって考えなかったのかな!?」
「そうなんだろ、きっと。見るからに冷めてるし、自分が助かりゃいいんだよ、ああいうヤツは」
苛立ちを隠さず、吐き捨てるように言う健太に俺は軽く首を傾げる。
健太は見た目の良い女子には割と優しい。これまでの傾向からして倭さんは割と好みのタイプだろうに、やたらと当たりが強い気がするのは何でだろう。
そう思いつつ、あまり喉が渇いていないことに気づいた俺はポツリと零した。
「まあ、ここはあんま暑くないから助かるけど……つーか、寧ろ肌寒いくらいじゃね?」
「……確かに」
俺らはまだパンツだからいいけど、日向に限ってはオフショルに超短いスカートだ。虫に刺されたのか、腕や脚が数箇所赤くなっている。
対して倭さんは日避けの長袖パーカーを着ていたし、スキニーパンツで靴も動きやすそうなスニーカーだった。マジで対策が完璧だったな……ある意味、あっちの方が女子力高いんじゃね? なんて今更ながらに思う。
まあ、地味すぎて一緒に歩きたくなかったけど。
「健太くん、わたし、寒くなってきた……」
「ほら、こっち来いよ」
「うん!」
自分の体を抱き締めるように腕を摩っていた日向が、健太に誘われてその腕の中へ飛び込む。健太が抱き締めれば日向は嬉しそうに微笑んだ。
分かっちゃいたけど、日向は完全に健太狙いだ。
だからこそサークルで班が組めなかった時も、健太に声をかけたのだろう。健太は性格がアレだけど、顔はめちゃくちゃいいから女子人気が凄いんだよな。
一緒に歩いてるとマジで逆ナンされるくらいだし。
だから日向が健太狙いなのも頷ける。俺はちょっとばかし切ないけども、健太が合宿に参加したのだって日向目当てだからなんだろうし。
ダチの恋路は邪魔しねぇって、うん。
まあ、残りの夏休みも健太と散々遊び倒すつもりだから、どこかで可愛い女の子を引っかけられればそれでいい。日向よりレベルが低くてもヤれる女子はゴロゴロいるだろう。
結局、スマホも繋がらないし飲み食いも出来ないしで、俺達はその場でゴロゴロしながら二人の帰りを待つしかなかった。
俺らも探索? 死んでもやだね。
そうしてどれほど経った頃か。
うたた寝から目覚めた俺は部屋に一人りきりなことに気づき、慌てて健太と日向を探した。
見れば障子戸が空いていて、まさか二人も屋敷の探索に行ったのかと俺は慌てて廊下へ飛び出す。
左右に続く廊下を確認しても、見える範囲に二人の姿は見当たらない。もしかして相当前に出て行った……?
急激な焦燥感に駆られた、その時。
中庭へ続く目の前のガラス戸が開いていることに気づき、目を遣ると――中庭を歩く二人の姿を見つけて俺は後を追った。
「っ、おい!! な、なにしてんだよ!」
暫く走ったところで漸く追い付いた俺は、息も絶え絶えに健太の肩へ手をかけた。
「あ? 起きたのか、翔」
「起きたのか、じゃねーわ! 全く……」
「悪い悪い。日向が暇だっつーから庭におりてみたんだよ」
「せっかくだから、あの木を間近で見てみたいなって!」
まるで天辺の見えない巨木を指差して、日向は無邪気にニコニコと微笑む。
確かに、こんなバカデカい木は初めて見た。俺らは日向みたいに民俗学? とか微塵も興味ねぇけど、記念に間近で見ておきたいって気持ちは少し分かる。
なんかご利益とかありそうだしな。
流石、パワースポットだらけの京都は自然も桁違いだわ。……あれ? 今日いるところって奈良だっけ? 倭さんについて来ただけだからなあ。まあ、どっちでもいいか。似たようなもんだし。
「ってわけで、近くまで行こうぜ。どうせ暇だし」
「へぇへぇ、仕方ねぇなぁ。さっさと済まそうぜ。二人と入れ違いになったら困るの俺らだし」
そんなわけで、巨木を目指して歩くこと三十分ほど。
「や、やっと着いた……!」
「近くに、見えるのに……全然着かないとか、どういうことだよ……クソが……ッ!」
「もう歩けないよ〜!」
やっとの思いで木の根本まで辿り着いた俺達は、ヘロヘロと腰を下ろした。
俺と健太は何のサークルも入ってないし、日向は民俗学? 研究会。揃って体力不足な俺達には、めちゃくちゃしんどい道のりだった。
歩いても歩いても辿り着かないから、途中から夢か蜃気楼でも見てるのかと思ったくらいだ。まあ、お陰で日向はだいぶあったまったみたいだけど。
つーか、朝から歩き回ってるからその疲労がどっと来たってこともある。大人しく部屋で待ってれば良かった……と思う一方、木を見上げて嬉しそうに笑う日向を見ると出かかった文句も引っ込む。
くっそ疲れたけどな。
「わぁ! すっごく立派な木だね! 超ご利益ありそうじゃない!?」
「あ? たかが木にんなもんないだろ」
「も〜、健太くん! こんな立派な木はきっとご神木だよ! ほら、せっかくだから触っとこ! ねっ? ねっ?」
「はぁ……。んじゃ、触ったら戻るぞ」
「やった! ほら、翔くんも触っとこ!」
「あ、ああ、うん……」
言ってのろのろと立ち上がる二人を横目に見つつ、俺は改めて巨木を観察する。
遠目だと日の光を浴びてどことなく神々しく見えていた木だけど、間近で見ると……何でだろう、胸が騒つく。
完全に葉の茂る木の下へ入り込んだこともあって、辺りは薄暗く、心なしか冷んやりもしている。全体的にボコボコした幹も神聖というよりおどろおどろしい感じがして、俺は思わず息を呑んだ。
なんか気持ち悪ぃ……。
とは言え、止めた方がいいんじゃないか、なんて絶対に言えねえ。ビビりだと思われる。
「健太くん、せーの! で触ろ! せーので!」
「はいはい。せーの、」
ぽん、と二人が幹へ触れた――