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卒業パーティー前 18歳

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 王子は18歳になった。

 ネーネは22歳だ。


 18歳なると王子の身長はネーネを追い越して止まった。体のいたるところは硬くなり、子供らしい柔らかさもほとんど残していない。見える景色は変わり、隣に並ぶネーネのつむじもよく見えた。手を繋ぐと、昔は大きく強く感じていたネーネの手が小さく柔らかく感じる。そして体を抱きしめると腕の中にすっぽりと収まるのが妙に嬉しい。

 全て手に入るのはもうすぐだ。


 そして迎えた卒業パーティーの日、王子は学園を卒業する王子として、そして学年首席として最後の学校行事に参加することになった。城中のものにエロガキと思われていたとしても、勉強だけは熱心に取り組んでいた王子が首席卒業なのは当然のことだった。


 王子はネーネをエスコートするため、彼女の自宅であるアスファーン公爵邸の玄関ホールに立っていた。階段から降りてくるドレスアップしたネーネはあまりに美しい。ネーネの有能なメイドによって普段の数倍色っぽく仕立て上げられ、その姿は神々しくもあり心を奪われた。


 王子は唾を飲み込んだ。

 思わず進み出て、黙って見つめる。

 どうにも言葉が出てこなかった。

「どうですか?」


 ネーネの質問に答える代わりに、唇を奪ってしまう。

 化粧を崩さないよう、触れただけのキスでなんとか我慢しようとするが、体を動かさない代わりに心臓が忙しなく動き回り、苦しいほどだ。

 やっと卒業が訪れ、二人はこれから結婚の準備を進めることになる。

 こんなに嬉しいことはない。

 アスファーン公爵邸でキスしたのは初めてだった。入り口のそばに公爵と執事がいたはずだが、どこからも制止の声はかからなかった。

 見送りの者達はむしろ誇らしげに見つめていた。屋敷のお嬢様が申し分なく愛されている様子は嬉しいことでしかない。なんと言ってもその相手がこの国の王子で、文句なく立派になった18歳の首席卒業者なのだから。

 だが、王子にとっては困ったことで、これでは止まらなくなってしまう。何とか唇を離すが、視線をネーネから離すことは出来なかった。

 なんとか馬車に乗り込んだが、扉が閉まってからは、彼女を腕の中から逃すことはできなかった。そして、結局我慢できずにネーネのドレスに手を差し込んだ。


 馬車が街中を3周したあたりでやっと、ある程度の形は整えられ、王子は先に馬車を降りた。はにかむ御者に駄賃をやり、ネーネのために馬車をもう一回りさせる。

 行為の最中は、髪もドレスも乱さないように何とか気をつけたが、顔の赤みが取れるまでネーネは人前に出したくない。彼女と腕を絡ませて会場入りできないのは悔しいが、全て自分のせいだ。

 王子は懐から時計を出し、確認してため息をついた。

「……しまった、遅刻だ」


+


 卒業パーティーは、一度は悲劇が起こるかと思われた。王子の婚約破棄だ。だが結局、何かを企み、勝負に出た者だけが負けて終わった。

 王子は占い師が聞いたらほくそ笑むだろうと思った。あの年増はまだまだ元気いっぱいで若いヒロインを追い落とす事に余念なく立ち回っている。彼女が占いという名で城に売る情報は、彼女が前世ノベルゲームの中で読んだものだ。ヒロインという立場に生まれる女を1ミリたりとも活躍させたくないらしい。女の嫉妬とは恐ろしいものだ。

 再開されたパーティーを盛り上げるべくダンスをこなしながら王子は思う。

 占い師の売る情報は全て当たっている。ということはあの子供の日、占い師と出会わなければ、今日は本当に婚約破棄が行われていたのだろう。しかも王子自身の口からそのセリフを言い放っていたに違いない。

 あの時本当に占い師に出会えてよかった。

 王子が今踊っている相手はネーネではない女性だが、王子は他の男と踊るネーネを見つめた。


「王子は本当にネーネ様が好きでいらっしゃいますのね」

 ダンスの相手に声をかけられて、王子は失礼を働いたと即座に謝ったが、相手の女性は微笑んで一蹴した。

「気になさらないでくださいな。こうやってダンスできるだけで感動ものですから」

「そうなのか?」

「私たちは、せっかく王子と同学年に入学したのだから、貴方と知り合いくらいにはなりたいと思っておりましたけど、全然無理でしたもの」

「そうか、申し訳ない。女性全てを遠ざけたかったわけではなかったんだが、全員が私を狙っていたわけではないだろうしね。だけど、今日のあの男爵令嬢のような人もいたから、結局そうしておく他なかった。ネーネとの関係を脅かされたくなかった私のわがままだ」

「あら、全員あなたを狙っていたに決まっていますわよ。”王子”なんですもの」

 女性はクスクスと笑った。

「でも貴方が一途だとわかったから、みんな身を引きましたのよ。これからもそのままいてくださいませ。貴方が女性に誠実であった方が、私たち女性も応援しやすいもの」

「ありがたい。これからも見守っていてくれ」


 自分と踊りたい同級生何人かと踊り終わると、王子はネーネを捕まえてダンスに誘った。ネーネを腕の中に閉じ込め、簡単なステップを踏む。

「楽しんだかい?」

「みなさん丁寧に踊ってくださったわ」

 王子が女性にサービスしていた間、ネーネもたくさんの男たちと踊っていた。彼女は羽のように踊るから、みんな楽しんだことだろう。本当は他の男になど触らせたくないが、仕方のないことだ。

「それはよかった」

 ネーネが腕の中で王子の動きに合わせて揺れながら「そういえば」と呟く。

「あのリリーラドンさんという方と話していたのは何でしたの?」

「ああ、あの話ね」

 王子は笑いそうになった。ネーネが少し唇を尖らしている。嫉妬しているようだ。ほとんど王子はネーネを城に囲っているので、こんな一面が見られるのは貴重だった。

「占い師さんがどうとか言ってらしたけど、図書館にいらっしゃる方ですよね?」

「そう。昔から私の相談に乗ってくれているんだ。祖母みたいなものだ」

「どんな相談ですか?」

 ネーネが前のめりで聞いてくる。王子は嬉しさで間抜けな顔にならないように気をつけた。

「もちろん恋の相談だ。私が君とずっと一緒にいたいと言ったら、色々アドバイスしてくれた」

 ネーネがホッと息をついた。

「いい人ですのね」

「とってもね、あの意地悪ばあさんがいなかったら僕の今の幸せはないのさ」



+


 リリーラドンは会場の外でイライラと通路を歩き回った。王子の前に完全敗北したのはさっきのことだ。

 王子は心底ネーネ・アスファーンに惚れていて、パーティー中だというのに、ほとんどいかがわしい振る舞いをしていた。学園で纏っていたクールで誰も寄せ付けない雰囲気とは別人で、正直度肝をぬかれた。

 そしてあのネーネ・アスファーン! 愛され、王子に惚れ込んでほとんど王子の言いなりだった。ドロドロに愛されているのは誰の目にも明らかだ。

 まさかあの二人の関係があんなに進んでるなんて!

 リリーラドンは親指の爪をガジガジ噛んで悔しがった。

「なんなのよ一体、せっかくこの世界に転生したのに、王子は全然学校にいなくて全然ストーリーが進まないなんて思わなかったわ! 事件も何にも起こらないし!……最後の悪あがきに無理やり断罪イベント作ってみても全然乗ってこないし、いい恥晒しだわ」

「まったくだね」と老婆の声が相槌を打った。

「誰よ!」とヒステリックに叫んで振り返ると、そこには黒いローブの老婆がいた。

「ただの占い師ですよ」

「なによ? おばあさん、何の用?」

「いえね、最後にあんたの顔でも拝んでおこうと思ってね」

 老婆はニヤニヤしていて、リリーラドンは訝しんだ。

「……占い師……もしかしてあんたが王子の言ってた占い師ってこと?」

「ええそうですよ」

 これはと思ってリリーは駆け寄って跪いた。手を祈りを捧げるように胸の前で握り合わせる。

「特殊な力があるってことよね。それで王子を助けたの? ねえ、お願い。私にも力を貸して。王子は本当は私と恋をするはずだったの。だから……」

「そうでしょうね。でもあんたは負けたんですよ」

 占い師がさもおもしろそうにニヤついたので、リリーは間違いに気づいた。こいつはお助けキャラとは別の存在だ。 

 声に敵意がこもる。

「どういう意味よ」

「あんたの恋を邪魔したのは私と王子二人ですからね」

「なんで王子が? あんたはなんなの」

「あなたと同じ転生者ですよ」

 リリーは立ち上がって膝の埃を叩き落として意地悪く笑った

「あんたが? 随分おばあちゃんじゃない。ご愁傷様ね」

「お気になさらず。生まれた時からババアだったわけではないんでね」

「その転生者が何の用なの?」

「この状況を説明してあげようと思いましてね。知りたいでしょう? なんでこんなに原作と変わってしまったのか」

「……どうしてなの?」

 リリーは胸の前でふてぶてしく腕組みし、先を促す。

「王子が小さい頃私のところに来ましてね。泣いたんですよ。婚約者と別れたくない、他の女など好きになりたくないと。だから手助けしてきたんですよ」

「なんて事してくれるのよ! この物語の主人公は私だったのに! なんで手伝ったりしたのよ!」

 ヒステリーな声で叫ぶ。老婆はそのキーキー声に顔を歪めた。

「それはまあ、私も女ですからね」

「ババアのくせに、美形の王子に惚れたってわけ?」

 老婆は鼻で笑った。

「私だって生まれた時から女なんですよお嬢さん。せっかくこの世界に生まれたのにヒロインに生まれないなんて、腹立たしくってね。そんでもって他の女が後から生まれてきて、王子と恋して結婚するなんて、恨めしいじゃないですか。だからね、あんたに目にもの見せてやろうと思ってやったんですよ。あんたに個人的な恨みはないけどね。でも女の妬みってやつは消えないんですよ。それに、ババアになって暇だったしね」

 リリーは絶句した。

「な……なんなのあんた! サイテーじゃない! 私何も悪くないのに! この意地悪ババア!」

「その通りですよ。実際スッキリしてるしね。でも別にあんただって不幸になっちゃいない。王子とは会話もできないんだから恋する暇もなかっただろう? まだ若いんだから、身の程にあった相手と恋して結婚しな。私みたいにね」

 老婆はそう言うと踵を返してそこから離れた。後ろから「クソババア死ね!」と聞こえたがケラケラ笑って夜の街に消えていった。


ここまで読んでくださった方がいたら、

本当に、本当に読んでいただいてありがとうございました。

久しぶりに書きました。


キーボードをかな入力にしようーと思ったまま小説書くことから5ヶ月くらいフェードアウトするとは自分でも思わなかったな……

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