王子は驚く 14歳
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王子は14歳になった。
ネーネが卒業した学園に入れ替わりのように入学した。
占い師の話ではここで自分をたぶらかす女が現れる予定だが、隙を見せる気はない。学園に入らないことも考えたが、提案しても誰も賛成してくれなかった。だったら自分の身は自分で守るしかない。
まず、生徒会には入らなかった。占い師の話ではここで雑用係をする女と親密になっていくらしい。かなり長いこと教師や生徒、両方に説得されたが「私はそんなに暇じゃない」と言って通した。
そんなわけで学園では一生徒として生活しているのだが、正直つまらない。授業は退屈な上、すでに家庭教師に教わった範囲しか習えない。
友達を作れるかといえばそうでもない。休憩時間になると色々な子女が話しかけてきて無視を決め込まざるを得ないのだから。
ここに来てわかるのは人間の生態だけだ。権力のあるもの、強いもの、美しいものに人は群がり、取り合おうとする。権力のない者、弱い者、醜いものは蹴落とす。人間とはなんと決まりきった行動をするものか。
毎日同じことの繰り返しだが仕方ない、ネーネはここに通ってどんなふうに授業を受けたのだろうと妄想し、今日は城で何をしているのだろうと考えて過ごした。
そして占い師の言っていたヒロインだが、女性と全員と距離をとっているので、どの女かはわからなかった。話では下位貴族の中にいるらしいが、藪蛇にはなりたくない。探りもせず、授業が終わるとすぐに城に帰る。家庭教師に習い国政の勉強をし、残りの時間をネーネが自宅へ引き取るまで一緒にすごした。
ネーネとの時間はなかなかうまく行っている。キスが許されているから、夜別れる時に使用人達に後ろを向かせて唇を合わせる。唇を味わうだけの軽いキスだがそれでもよかった。本当は深いキスもしたかったが、母に禁じられてしまった。舌を絡ませるキスは寝室でする行為らしい。人前でするなんて言語道断で、ネーネを軽んずる行為らしい。残念だ。だが確かに男性使用人の前でさえネーネにあの顔をさせたくない。あれは股間に効きすぎる。
ある日の朝、精通がきた。
王子は思った。
ついに自分はネーネを妊娠させられるようになったのだ。
そう思うと大人になった自覚と、自信が漲ってきた。
そして同時に、頭の片隅には常に危険な思いがちらつくようになった。
ネーネに……だがそれはダメだ。
王子は本格的に避妊具を持ち歩くようになった。もしチャンスが訪れた時、ミスはしたくない。
王子は最近落ち着きが出た。やっと王子としての自覚ができたのかと王妃は勝手に思い込み、周囲も王子を信用し始めた。
王子はネーネを見ていると、どうにも抑えられなくなりそうな事が増えていた。だから泣く泣くキスしないと選択する日もあった。王妃はそれも評価していた。王子はいわば模範囚だったのだ。
そしてその日はきた。
ある休日の昼、王妃に付きそわれ、ネーネとお茶を楽しんでいた時だった。
王妃が席を立って部屋を出ていった。
二年間で初めてだ、初めて二人きりになった。あまりに驚きすぎて王子は数秒固まっていた。そしてそんなことをしている場合ではないと気づいた。
興奮で頭がくらくらしたが、何とか正気を保ってネーネにかける言葉を考えた。「セックスしよう」と言ったら露骨すぎるし、その言葉を覚えているネーネは戸惑うだろう。「部屋に行こう」でもいいが、すぐに誰かに見つかってしまう。だがとにかくどこかに連れていかなければ。ここでは何もできないし、ぐずぐずしているうちに誰かが戻ってくるかもしれない。急がなくては。
前回はどうやったかといえば、やっぱり言葉クイズでなんとかしたのだ。同じことをするのが一番だ。ネーネは基本的に卑猥な言葉は知らないはずだ。王子の婚約者にそんな不適切な言葉を教える権利は誰にもない。だからその役を担えるのは自分以外にはいないのだと思うと胸が膨らんだ。
「愛撫って言葉知ってる?」
それが王子の口から出た言葉だった。
予想通りネーネの美しい頭が斜めに傾いた。
「愛撫とはなんですか?」
王子は興奮で鼻息が荒くならないように気をつけた。「私が教えてあげる」手を引けば、ネーネは特に抵抗もなくついてきてくれた。
王子は国王と自分以外の誰も知らない隠し部屋を思い出してネーネを素早く連れて行った。
そして常に持ち歩いていた避妊具を使い切るまでは帰らないと心に決めた。
国王は隠し部屋のことを黙っていてくれたのか、それともド忘れしたのかしらないが、二人は誰にも見つからなかった。
そして二人は愛を交わした。
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王子は占い師のいる図書館の一角を訪れると、いかにも人生に満足している男の顔をした。
「素晴らしかった」
「どうして人間とは自分の体験を話さずにいられない生き物なんでしょうね」
占い師のうんざりした声に王子は赤くなった。流石に多少の羞恥心も残っている。
「私だって他に話せる相手がいれば……いや、他に話せる相手がいないからここで喋っているのかな。ネーネに関係のある人間に喋ることは出来ない。想像されたら困るし。……はぁ、とてもよかった。それに可愛かった」
王子はあの日からずっと己を自分で慰めてはいた。だがその行為はごまかしでしかない。ついに大人になってから、この機会をずっと待っていた。ネーネとのそれを知っているにもかかわらず、それを取り上げられているのはずっと辛かった。
ふいにその時のことを思い出してニヤついてしまうと占い師はさらに嫌な顔をした。
「詳細な話は私も困りますよ」
「いや、とにかく可愛かったと言いたいだけだ。うん……早く結婚したい」
王子は緩み切った顔のままつぶやく。占い師は「したらいいじゃないですか」と呆れた。「もともと政略結婚ですし、いつでも出来たでしょう?」
「父上もそう提案してくれたんだが、ネーネが学園卒業までは待ちたいと言うんだ。ネーネが年上だから、後で私の気が変わったら申し訳ないと思っているらしい」
「……我慢強いお嬢様ですね。普通はすぐにでも結婚して、貴方を独占したいはずでしょうに」占い師は首を傾げた。
「……もしかして婚約者様の方が結婚したがっていないんじゃないでしょうね? 原作とは変わってしまった貴方は誰もが認めるただのエロガキですからね。すでに愛想を尽かされてるんじゃ……」
「そんなことはない。好きだと言ってくれている!」
「この間の失踪の時ですか?」
「そうだ」
王子は馬鹿みたいに満足そうな顔をしたので占い師は目を細めて見なかったことにした。
「そりゃようございましたね」
この馬鹿面は見ていられないとばかりに話を変える。
「ところで学園の方はどうですか」
「いつもと同じだ。私は学園祭にも参加する気はないから、何も起きないだろう」