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王子、占い師と出会う 8〜10歳



 王子、8歳。


 王子は小さな頃から城の図書館で勉強を教わっていた。ここにいればいつでも必要な資料を取りに行けて便利だからだ。

 そしてその図書館の一角にはいつも不思議な占い師がいた。占い師は年老いていて、優しそうな面立ちだったが、不思議な雰囲気を持ち合わせていて、王子は小さな頃から占い師の前を通る時、小さく会釈して逃げるように走り抜けた。

 だがずっと前から顔見知りだった。


 その日もまた、王子は占い師を見つけた。勉強の合間に痺れた尻を紛らわすため、ウロウロと歩き回っている最中だった。その日初めて占い師は話しかけてきた。最近やっと王子が走って逃げなくなったからかもしれない。

「また今日も勉強ですか王子、精が出ますね」

 王子は何でもないような感じで言葉を返した。

「うん運動不足なんだ。体がむずむずする」

「剣の稽古などはないんですか?」

「あれは手が痛くなる」

「そうでしょうね」

 占い師は孫を見る目で王子を見つめた。その時初めて王子は占い師に警戒心を失くした。

「占い師は何をして生活してるんだ?」

「もちろん占いです」

「じゃあ僕のことも占えるのか?」

「そうですね、それをお望みなら」

 占い師は自分の前の椅子を王子に勧めた。王子はその椅子にちょこんと座って占い師の目の前に置かれた水晶玉を覗き込んだ。

「相談があるんだけど、聞いてくれる?」

「何でしょう」

 王子は椅子で浮いた足をブラブラさせる。占い師は王子の踏ん切りがつくまで静かに待った。

「あのね、僕この前婚約したんだ」

「さ様でしたね。おめでとうございます」

「四つ僕より年上で、大人っぽいんだ」

 王子から見たら12歳の子供でも大人に見えるだろうなと思うと占い師は微笑ましさを感じた。

「それで、僕の婚約者が可愛くて仕方ないんだけど、話すのが恥ずかしくて……上手く話しかけられないんだ。何を話したらいいんだろう」王子は照れて顔が赤い。占い師は楽しそうに微笑んだ。

「そのくらいの歳のころには、あたり前のことですよ」

「でも僕といるのがつまらないと思われたら嫌だし……」

「王子は婚約者の方が好きですか?」

 占い師の問いに、王子は満面の笑顔になった。

「好き! でも彼女は四つも年上だし、僕の事を子供だと思ってると思うから……きっと僕のこと好きじゃないよね」喋っている間にどんどん自信のなさが顔を出し、王子はしょんぼりと肩を落とす。

 それを見て占い師は安心させるようにポンポンと肩を叩いた。

「大丈夫ですよ。きっと大きくなって学園に通われるようになったら、今の婚約者よりももっと素敵な女性と出会って、すぐに本当の恋に落ちますよ」

 その言葉に、王子はポカンと口を開いて放心した。目の前の占い師が何を言っているのか分からない。求めていた答えとあまりに違った。正気を取り戻して占い師を睨みつける。

「何でそんなことを言うんだ! 僕はネーネの事が好きなのに! 彼女と結婚できないなんて嫌だ!」

 悲しくなる。宣言している最中から王子の目には涙が滲んだ。子供らしく、感情の抑制が全く効かなくなってしまってわんわん泣いた。

 気づくと占い師におんぶされて、ゆらゆらと図書館内を移動していた。

「っひっく……ううっ」

 王子のあんまりの嘆き様に、後悔した占い師は「ひどいことを言ってしまって、すいませんでしたね王子」と謝った。

「婚約者様が本当に好きなんですね、今は」

 王子は泣いて腫れ上がった目を擦りながら尋ねた。どう言う意味だろうと気になる。

「どうしてあんなことを言ったんだ?」

 占い師は言うかどうか迷う少し黙っていたが、ふうとため息をついた。

「私は占い師ですからね、色々知っているんです」

「どう言う意味なんだ?」

「未来に起こることを知っている、と言う意味です」

「……じゃあ、お前の言ったことは本当に起こるのか?」

 王子はぎゅと手を握って、恐る恐る尋ねた。ネーネと仲良くなれずに、他の人を好きになるなんて嫌だった。

 占い師は立ち止まって、また黙った。そしてしばらくしてから肩越しに王子を振り返る。

「…………たぶんね。証明しましょうか? 明日王妃が足を挫きますよ」


 次の日、王妃はベッドから降りた途端足を挫いた。

 王子は恐れ慄いて。次の日の授業が終わった途端占い師のところへ突撃した。

「何でわかったんだ!」

「占い師ですので」

 王子はごくりとつばをのみこんだ。

「お前の言った未来は本当に起こるのか」

「おそらく」占い師は何でもないように言ってから付け加えた。「でも、王子が変えたければ、変わるかもしれません」

 王子は目をパチクリとした。

「どんなふうに?」

「王子は婚約者様と仲良くなって、末長く幸せになりたいのでしょう?」

「うん」

 勢い込んで頷くと占い師は楽しそうな顔をしていた。

「変えてみますかね? やるなら私も手伝いますよ」

 その言葉に純粋な王子は素直に喜んだ。

 希望が見えてきた。目は爛々と輝きだし、真っ青になっていた頬に健康的な色が戻る。

「やるっ手伝ってくれ!」

 王子は占い師に握手を求めた。「でもなんで突然やる気になった?」テンション上がりながら共犯者の理由を聞く。

 占い師は意地の悪そうな顔をニヤリとした。

「私をヒロインとして転生させてくれなかった世界への復讐ですよ」


 占い師は転生者だった。

 そしてこの世界は占い師の前世でノベルゲームという物とそっくり同じらしい。その世界の王子は学園に入学した後、ヒロインと出会って恋をする。そして政略結婚の婚約者ネーネと別れてヒロインを選び、幸せになるという物語だった。

「そんなの嫌だ。なんでその世界の僕はネーネと結婚しないんだ?」

 占い師の知っている情報では、二人は子供の頃から年齢差の問題でギクシャクしていて、冷めた関係になったということだ。

「今の悩みがそのまま後をひくと言うことなら、ここで頑張れば、学園に入ってその人と出会っても気持ちは移らないのでは?」と言うのが占い師の意見だった。

 そこで王子は特に策略などせず、素直にネーネと仲良くなることにした。


「占い師は記憶力がいいんだな」

「好きでしたしね。何度もしました。この世界に生まれるならヒロインに生まれたかったもんです」

 もしそうなっていたら、占い師が将来僕の恋人になるのか? と思うと王子は何とも言えなかった。占い師は王子が考えたことにすぐに気づいた。

「これでも若い頃は結構別嬪だったんですよ? ま、早く産まれすぎたことに気づいて、諦めて近場で恋愛して結婚しましたから。今じゃ孫も11人いるんですよ」

 占い師は屈託なく笑った。

「私のことはいいですから、さっさと婚約者様と仲良くなって、未来が変わるところを見せてください」

 王子は占い師の情報をノートにまとめながら強くうなずいた。



 王子はあの決意の日以降、父にねだってネーネを毎日城に通ってもらうようにした。城には宰相がいるから送り迎えも問題ない。仲良くなるために王妃に一緒についてもらってお茶もしている。その一生懸命な姿に、国王も王妃も応援してくれた。

 ネーネも段々打ち解けてきて勉強を見てくれたりする。提案されて言葉遊びも始めた。お互いの知らない単語を調べてきてクイズを出し合うというものだ。と言うわけで努力の甲斐あってかなり仲良くなっている。


 そんな中、王子は兵士に稽古をつけてもらった時にある会話を耳にした。いつも知らない単語探しのために聞き耳を立てることに余念がないのだ。

「俺自信がねえよ」

「大丈夫だって、あの娘さん、俺たちの中じゃお前に一番愛想がいいじゃねえか」

「でもさぁ」

「男は度胸だ、告って一発キスでもして驚かせてみろ!」

「キスかぁ……大丈夫かなそんなことして」

「キスがうまけりゃ女は惚れるに決まってんだろ」

 王子は思った。キスってなんだろう。



「ねえキスってなに?」

 王子は占い師に尋ねた。

「キスってのは好きな女の唇や肌を舐めたり吸ったりする事ですよ。口の中に舌を入れたらディープキスです」

 占い師は年寄り特有の無神経さで描写してから不思議に思った。「なんでいつものように婚約者様に聞かないんです?」

 王子は目をまん丸にしていたが、正気を取り戻して質問に答えた。

「キスは突然して驚かせなきゃいけないらしい。聞いたらバレちゃうかもしれないから」

 王子のもじもじする振る舞いを見て、占い師は一応確認した。「どこで仕入れてきたんです」

「兵士が休憩中に話してたんだ」

「なるほど勘違いした筋肉バカな若者の言葉ですか。でも初めのキスは突然しない方がいいですよ。嫌われる可能性もありますからね」

「そうなのか」

「特にあなたの婚約者みたいなウブなのはね。今14歳でしたっけ」

 王子は10歳になっていた。

「じゃあ、キスってどうやったらいいんだ?」

「そうですね、二人の時にキスしていいか聞いて、相手が顔を赤くしたらしていいですよ。顔をしかめたらしちゃダメです」

「口に舌を入れるんだな?」

 王子はノートを開いてメモし始めた。

「それは大人になってからです。最初はほっぺに唇でちゅっとするくらいが愛らしいでしょう。今は可愛さで推す時ですよ王子」

「ほっぺか……そういえば母上にされたことがある。あれがキスか。わかった」


 王子は実行した。

 ネーネの耳に手を当ててキスしていいか尋ねて赤くなったのでキスした。

 ネーネがますます赤くなって慌てたので、可愛くて唇にもちゅっとしてみた。唇を離して目があうと、何だか自分も恥ずかしくなって逃げた。


 少し後で反省し、青くなって謝りに行ったらネーネがほっぺにキスしてくれた。

 その日王子はいつまでたっても興奮し通しで、夕飯の前に鼻血を出して王と王妃を驚かせた。

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