14歳の王子はチャンスを掴む。
王子14歳。
王子は14歳になり、スクスクと背を伸ばし、ついにネーネと変わらない高さまでもう少しというところに来ていた。声変わりはまだだが、外から見ればやっと誰から見てもカップルらしくなってきた。
生活の変化では、ネーネは18歳になって学園を卒業し、入れ替わるように王子が入学した。だからあと四年は学園生活に時間を取られることになる。
王子は最初の年から生徒会に誘われたが、政治の勉強が忙しいと断った。
授業が終わると急いで帰り、家庭教師からみっちりと政治について学び、それが終わるとネーネの居間へ通うという生活だった。
ネーネについて、王子はあれ以降はおとなしくしている。決められた通り保護者同伴ですごし、二人きりにしてもらえることはなかったが、必要以上に文句は言わなかった。
二人は以前のように仲睦まじく過ごしていたし、多少進展してもいて、毎日別れのキスは欠かさなくなった。王妃が怒るので唇に触れるだけの上品なものだったが、無いよりましだ。国王から直々に許しをもらって、保護者はその時だけは顔を逸らして見て見ぬふりしてくれている。
一方、王子が知らない単語を覚えてきてネーネに教える遊びの方はいまだに継続されていた。それがきっかけであのことが起こったと大人達は知らないのだから止めるはずもない。誰もがそれを勉強熱心な王子の言葉遊びだと思い、背が伸びて一気に男らしくなっても、子供らしいところが残っていると喜んでいた。
そして今日は学園が休日で、一日城にいられる王子はいつも通り王妃に邪魔されながらネーネとお茶をしていた。和やかな陽気で、くつろいだ雰囲気だ。
最近王妃は、ここのところずっと勉強ばかりにかまけている王子を再評価していた。とても健全な雰囲気を保っていて、危険な兆候は一切ない。王子は外見の成長も相まって、大人らしい自信と落ち着きを身にまといはじめている。学園に入学し、周りに女性が増えることも心配したが、何の問題もなかったようだ。
王子に起こった変化にはもちろん他にも理由があったのだが、それは女性には分からない事だし、王子もわざわざ王妃に告げはしなかった。
「今日は本当にいい天気ですね母上」
「そうね、とょっと蒸し暑いくらいだわ。外の方が風が吹いて涼しいかもしれないわよ」
「そうですね。ネーネ、後で庭を散歩しようか?」
「いい考えですね」
二人が微笑み合うと、王妃は控えていた執事に「二人が散歩するのについていかせる者を呼んでおいて」と声をかけて出て行かせた。
「学園はどう? 生徒会に入らなかったことを後悔したりはしない?」
また母が話しかける。
「後悔しませんね。学園の中でまで頂点に立ちたいとは思いません。今は早く帰ってきて、少しでもネーネと一緒にいることの方が大事です」
「わたくしも一緒にいられて嬉しいですわ」
「本当に仲の良いこと」
王妃は見つめ合うことに忙しくほとんど喋らない二人を呆れて見つめた。母親がそばで見張っているのだから仕方のないことではあるのだが、もう少し無邪気に会話してもいいだろうに。
王妃がパタパタと扇を仰いで窓の外を見ると、ちょうど話がある重臣が歩いているのが目に入った。この部屋の熱気にうんざりしていた王妃は、立ち上がって窓から声をかけたが、耳の遠くなった彼に声は届かなかった。
「ちょっと追いかけてくるわ」
「え……」
王妃はさっさと部屋を出た。
とにかくあの部屋の陽気に我慢できなくなっていたのだ。今日の陽気はひどく暑い。
ネーネは、王子が驚いた顔でキョロキョロと周りを見回したので自分達が二人きりなことに気づいた。それは驚くべきことだった。いつもは王妃が警戒し、誰かを一緒にいさせてくれていたからだ。
王妃はネーネが城にいる間はいつも王子を警戒の目で見ていた。
だが王子は成長の過程で無邪気さが抜けてからも、基本的にいつも真面目だった。ネーネといる時以外の時間はほぼ勉学に人生を捧げていると言っても言い過ぎではないだろう。王子は学園でもほとんど人付き合いをせず、すぐに城に帰って家庭教師の授業を受けていた。
だから王妃も、ついに王子を完全に信頼し、行動でそれを示したのかもしれない。
ネーネはその事に思いのほか胸を打たれ、王子に笑顔を向けてお祝いを言おうとした。
しかし、何か言う前に王子に名前を呼ばれ、その声のトーンに気を取られた。王妃のいる時には決して使われない音色だ。
王子を見つめると、彼はネーネの大好きな笑顔で「ねえこれ知ってる?」と話しかけてきた。いつもの言葉クイズが始ると気づいて、ネーネは王子の言葉を聞き漏らすまいとした。
「愛撫って言葉」
ネーネは久しぶりに、全く聞き覚えのない言葉に出会った。
「知りません愛撫とはなんですか?」
ネーネが素直に尋ねると、王子は笑みを深める。ネーネはその顔にぼうっとなって心を奪われた。
手を取られて自分が立ち上がったことにも気が付かなかった。
ネーネにとって随分前から、王子はもう小さな男の子ではなくなっていた。運命のあの日、彼がやったことは紳士としてあり得ないことではあった。しかしそれでもネーネは許したし、嫌悪感も抱かなかった。
ネーネに愛を囁き、誰にも渡したく無いからそうしたと力説してくれた。それに毎日キスをするようにもなった。
あのことは、彼が「自分は婚約者で、いずれ夫になるのだ」と自分の意思をはっきりさせてくれるための行動だったとネーネは解釈した。もしかしたら王子を男扱いしてない自分への罰もあったのかもしれないとも。
正直なところ、四つも歳が離れているうえ女の方が歳上の自分達の関係は、いずれ彼が大人になった時壊れるのではないかと思うこともあった。しかし、彼は子供なりに考えて、それを行動でもって否定してくれたのだ。
ネーネにとってその時から王子は、恋してもいい相手で、信用してもいい相手で、頼るべき相手になったのだった。
そして彼が学園に入る頃には、見つめすぎると頭がぼうっとするくらいにはなってしまっていた。
だからこの時も、ネーネは王子を全力で信用していて、ぼうっとなってしまった。
しばらくして王妃は二人を部屋に残してきてしまったことに気がついた。なぜだろう、これまであんなに息子を警戒してきたのに。暖かい陽気に頭がやられたに違いない。
慌てて用事を済ませ、部屋に戻った王妃は二人が消えたことに気づいた瞬間、気絶するかと思った。そして慌てて国王の執務室に駆け込んだ。
それから城の中は大慌てで隅々まで探されたが、二人は夕方になるまで出てこなかった。
帰ってきた王子はカナリアを食べた猫のようにご満悦で、ネーネは誰とも顔を合わせられないと言うように真っ赤になって俯いていた。
国王は頭を痛めて「もう結婚するか?」と尋ねたが、ネーネは「王子が成人して学園を卒業するまでは」と俯いたまま固辞した。