12歳、王子はおませさん
子供カップルが好きなのです。
王子12歳。
「ネーネいる?」
王子は今日の勉強を終え、ネーネが使っている居間に走り込んだ。彼女はいつもそこで刺繍をしていた。
そして部屋に一歩踏み込んだ瞬間、王子は入り口にいた王妃に襟首を捕まえられた。
「王子、もう12歳なのですから走り回るのはやめなさい」
「母上! いたのですか」
「もちろんいますとも。それと、いくら婚約者のネーネが大好きでも、彼女は子供のあなたと違って学園で忙しいんですからね。あまり振り回してはいけませんよ」
王妃が注意すると、王子は子供らしく口を膨らませた。
「彼女は私より4つ上ですから、何でも私より早くやるんです。ネーネはきっと困っていません」
「あきれたこと」
王子は捕まえている手から逃れると、すぐに婚約者に向かって駆け出してしまう。
王妃はその姿に思わず微笑んだ。
王子が年の離れた婚約者のことを大好きなのは、この城にいる全ての者が知っている。二人はいつも仲睦まじい姿を見せているからだ。
二人の婚約は王子が8歳、ネーネが12歳の時だった。元は単に政略の縁組で、2人もギクシャクしていた。子供すぎて婚約がどういうものかもわかっていなかった事もあるし、歳の差があったのも理由の一つだろう。
しかし2年も経つと、二人はまるで姉弟のように仲良くなっていた。特に王子が懐き、いつの間にか婚約者から離しておくのが難しいくらいにまでなっていた。子供らしいその様子を、城の誰もが微笑ましく目の保養とした。
王妃も二人を眺めるとつい頬を緩め、心を温かくする。
「あなたは本当にネーネのことが好きなんだから」
やれやれと首を振って王妃は仲の良い二人を残して扉を閉めた。
テーブルにはいつもこの時間に訪れる王子の来訪を予想して、ティーセットとビスケットが用意してある。
ネーネは一番居心地のいい一人掛けのソファーに座って、王子のためのハンカチに犬の図柄を刺繍をしていたところだった。それを仕舞うと、王子のためにお茶を用意する。
王子は目の前のソファーにちょんと座ってビスケットに手を伸ばした。ぽりぽりと食べるその姿を見てネーネは笑みを深める。今日の王子もいつものように可愛い。
「王子、今日の勉強はどうでした?」
「楽しかったよ。数学の先生に褒められた! それに歴史の先生にも」
「王子は計算が得意で羨ましいです」
「ネーネは苦手なの?」
「子供の頃はよく怒られました、基礎は済んだので今はもう数字には近寄りません」
「じゃあ私が代わりにやってあげる」
「ありがとうございます」
二人はニコニコと見つめ合ってお茶を楽しむ。毎日の日課だが飽きることはない。むしろ何かの事情で会えない日の方が寂しさを感じるようになっていた。
王子はお茶とビスケットを片付けると、珍しく黙って一人で考え事をしていた。それからちょっともじもじし出した。
ネーネはその様子を観察し、次の言葉を待つ。
「あの……ネーネはもう16歳なんだよね」
「はいそうです」
「あの……好きな人っているの?」
ネーネは質問に驚いた。
「どうしてそんなことを聞くんです?」
ネーネは王子の婚約者なんだから、よそに好きな人などいるわけがない。
それからハッと気づき、口にするのが何だか恥ずかしく感じながら頬を染めて微笑んだ。
「私の好きな人は王子ですよ」
王子は思いのほか嬉しそうに笑った。
「そうなんだ……私らは政略結婚になるんだけど、それでも?」
「政略など関係なしに、お慕いしております」ネーネが答えると、王子は「へえ」と顔をピンクに染めて足をばたつかせた。それから「じゃあ」と口を開く。
「ネーネ、セックスって知ってる?」
唐突に始まったいつもの遊びにネーネは微笑んだ。
「また言葉のクイズですか?」
王子はいつも新しい単語を仕入れると、ネーネに尋ねてクイズをするのだ。ネーネが知らないと喜び、得意になって教えてくれる。学習意欲にもつながる楽しい遊びだ。
ネーネはいつも通り熟考した。彼女にとって、その言葉は全く聞いたことのない単語だった。
12歳から王子の婚約者を務めている女の子に、大人の単語を教えるものはいない。
「ネーネ、セックスだよ。セックス。意味わかる?」
こういう時は似た単語から推測するほかない。
ネーネは顎に指を当て、斜め上を見つめて口を開く。
「靴下の仲間ですか?」「それとも楽器……」いくつか呟いても、王子が「正解」と言わないのでネーネは諦めて首を振った。
「降参です。一体どんな意味でしょう。ゲームか何かですか? それとも犬の名前かしら」
王子はうれしそうに微笑んだ。ネーネの降参を引き出し、ものを教えられるのは彼の無情の喜びなのだ。そしてネーネにとっても彼を楽しませるのは喜びだった。
「ネーネ、私より年上なのに知らないんだね」
「ええ。教えてくださいませ」
王子は「いいよ」と言って立ち上がるとネーネの手を引いて昼寝用のソファーに連れて行く。
「どうするんです?」
「やり方を教えてあげる」
「どんなことかしら、楽しみだわ」
ネーネは王子に全く警戒心を抱いていなかったので、嬉しそうに王子の教えを待った。
二人のカップルはどこからどう見ても無邪気で、子供のようにしか見えなかった。
特に十二歳の王子は子供にしか見えず、十六歳を迎えたネーネも王子に合わせて純粋培養されているため、穢れのない娘で幼く見えた。二人が城内で手を繋いで歩いても、図書館で肩を寄せ合っていても、誰もが微笑ましく見守るだけで、だから、全く、誰も、何も警戒していなかった。
そして事件は起きたのだ。
王妃が二人の部屋に戻った時には、十二歳の王子によってネーネの純潔は散らされていた。
そして王子は怒り狂った王妃に連れていかれ、父親である国王と、将来義理の父になる予定の宰相、それから城の重臣達に囲まれて一時間ほど聴取された。
たった十二歳の子供が、一体どこで“それ“を教わったのか、そして“どこまで“やったのかなど、大人達は必死になって言わせようとしたが、思いのほか王子の口は固く、わかったのは結果だけだった。
幸運にも王子は精通がまだで、中での射精は行えなかった。そして、ネーネが痛いというので一度抜いてみたところで、王妃に見つかったという事だった。
結果、王妃は寝込み、ネーネは一週間城には来られず、その間王子はしっかりと性教育を施された。そしていつ精通が来て、何か起こっても最悪の事態を避けられるように、避妊具を持たされることとなった。
そして以降、結婚までの間二人きりになることは禁止され、王妃や使用人が常に見張ることになった。
一週間後、久しぶりに顔を合わせた王子はネーネに謝った。
「ネーネ痛かったって言ってたよね。ごめんなさい。大丈夫だった?」
王子はあんまりにもしょげた顔で、ネーネは可哀想に思い、まだ自分より背の小さい王子の頭を優しく撫でた。
「大丈夫です王子、あんまり悩まれないでください。悲しい顔をされると、私まで悲しくなります。私は王子の笑顔が大好きですよ」
そして二人の中は元通りになった。大人達はほっとした。あんなことをした王子の事をネーネが毛嫌いし始める事も予想されていたからだ。しかしそれは杞憂で終わった。
これで全て大丈夫だと誰もが思ったのだった。