08:乱入加入新入りさん
ダニエルさんが来てから一週間。
ハナさん一行は歌う紫水晶亭に定住したまま。
つまり、一度も旅立ってない。
まぁ、宿賃は十一人集まってもひと月は余裕で暮らせる分もらっているのだから、何も文句はないのだが、毎朝少し疲れた顔のモーナさんを見ると何か悩みがあるようだ。
目覚めのコーヒーを差し出しながら、私はモーナさんに訊ねた。
「モーナさん、何かお悩みですか?」
「うむ……まぁ、有り体に言ってしまえば計画が狂っているというヤツじゃ。まさかここまでとは……」
ブツブツと言いながらコーヒーを一口飲み、またため息。
私はハナさんの旅の目的は知らないし、モーナさんがハナさんに何かをしてもらいたいのだろうことくらいは解るが、それ以上知ろうとは思わない。
冒険者には色々な人がいる。
お金に困っている人、自由を求めている人、正義の為に戦う人。純粋な未知への興味。
……ハナさん一行はそのどれでもない気がした。
したけれど、首を突っ込むことでもない。それは冒険者のプライバシーだ。けれど、素朴な疑問くらいは聞いてもいいだろう。
「あのぅ、モーナさん。ハナさんの仲間、探してるんですよね? うちに定住してるアマリアさんや、ヴィジーさんはダメなんですか?」
「ううむ、それも調べたんじゃがな。やはり駄目じゃったんじゃ。ハナと縁が深い存在ではないと……」
「縁ですか……」
ということは、これまで仲間になったミアさん、ダニエルさんはハナさんと縁があったのか。ビーストと縁が深い人間っていうのも変わっているなぁ……。
洗濯をして、お日様の下に洗濯物を干す。洗濯籠を抱えて宿に戻ろうとしたら、ふらふらと出歩く緑色の髪が塀の向こうに見えた。
「ダニエルさん!」
私が塀のてっぺんに手をかけて身を乗り出すと、ぎょっとしたように目を見開いたダニエルさん。
「な、なんだ姐さん?」
「ナンパはしてもいいですけど、遊ぶなら専用の連れ込み宿につれてってくださいよ! うちの宿でそーいうコトしないでくださいね!」
「そーいうコト、ってどーいうコト?」
ニヤニヤと笑うダニエルさんに、私は顔が赤くなる。そーいうコトは、……そーいうコトだ。しかし、口に出させるか!? 女の私に! 男っ気のない私に!
自分でもわかるくらいに顔を赤くして口をぱくぱくさせる私にダニエルさんはゲラゲラ笑いながら片手を上げる。
「あぁ、冗談だよ姐さん。あんたの心配するようなコトはしやしねぇさ。オレだってずっと聖地暮らしで退屈してたんだ。ただの散歩だよ。晩飯までには帰るから」
そう言ってサンダルを引きずりながら歩いていってしまった。
私も塀から下りて、スカートについた土を払う。
ダニエルさん、悪い人じゃないけど遊び人なんだよなぁ。あんな人が仮にも神聖な獣の生まれ変わりなんだから、レフトナもよくわからない選定をするものだ。
晩ごはんの買い物を済ませて、料理をする。今日のメニューはなんでしょね。答えは簡単。なんだか疲れているモーナさんの好きなローストビーフ。
酒場スペースには皆いる。
仕事終わりのアマリアさんがタバコを吸いながらエールを飲んでいて、カウンターの隅でタバコの煙を嫌ったヴィジーさんが新聞を読んでいる。テーブル席にはハナさん一行が座っていて、今後どうするかの相談をしているようだった。
ここ数日、よく見る風景。やがてこれも馴染みになるのだろうなぁ。
と思っていたらドアベルが鳴る。ダニエルさんが帰ってきたかな? と思ったら、違った。
「ルツァちゃん、おひさー」
白いスーツに白い帽子、褐色の肌に真っ赤な跳ねたボブ。あの子はハナさんを追ってきた……。
ハナさんたちが警戒するようにガタガタと席を立つ。ミアさんだけがぽかんと席に座ったままだ。
「コークさん? ええと……?」
「前言ったじゃーん。飲みに来るよ、ってさ。今日はプライベート。だからそこな御一行、そんなに殺気立つでないよ。今日はワインをもらおうかなー」
そう言ってふんふん鼻歌を歌いながらカウンターに座る。
しかしハナさん一行は訝しがり、注意深くコークさんの様子を見る。
私はワインのコルクを開けて、グラスと一緒にクラッカーを乗せた皿とボトルを渡す。
「ごゆっくり……」
「どーも」
サングラスの向こう、氷河のように鮮やかな水色の瞳は嬉しそうにワインを見つめてる。どうやら本当にプライベートで飲みに来ただけらしい。ワインをくいくいと飲み進め、クラッカーを食べる。
そうこうしていると、再びドアベルが鳴った。今度こそダニエルさんが帰ってきた。
「たっだいまー、と」
「おかえりなさい」
「……ダニエル!」
ハナさんは必死に声を小さくして呼びかけ、ダニエルさんに向かってこっちに来て、と手を上げるが、ダニエルさんの視線はコークさんに向かっている。コークさんも視線に気がついたのか、ダニエルさんを見た。
「……コカ? コカじゃん! 久しぶりだなぁ!」
「あれー、ダニーじゃん。え? なんでこんなとこにいるのさ」
あれ? このふたり、なんか親しい? 昔からの知り合いみたいな……。
「コークさん、ダニエルさんのお友達ですか?」
「うん? うん、まぁ、そうっちゃーそうだし、違うっちゃ違うかなぁ。ルツァちゃん、グラスもういっこ」
「あ、はいはい」
「お、いただきまーす、あざーすコーク先輩」
ダニエルさんは普段どおりのおちゃらけた喋り方で当たり前のようにコークさんの隣に座り、笑いながら新しいグラスを受け取り、コークさんにワインを注がれる。
「どんな経緯で知り合ったか聞いてもいいですか?」
私が何気なくそう言うと、ダニエルさんはあっけらかんと言い放った。
「あぁ、こいつ、かなり前にオレ殺しにきたんだよ」
「ねー」
ケラケラと笑い合うふたりを見て、思わず顔が引きつった。ええと……ダニエルさんはコークさんにとって、暗殺者……『蜘蛛』としてのターゲット。ダニエルさんにとってのコークさんは、自分を殺そうとしてくる『蜘蛛』。
……何で『昔の同級生だったんだー』、みたいなテンションで話せてるんだ? え、そういうものなのか?
「なん……、え? ころ?」
私が混乱していると、ダニエルさんがワインを飲み、笑いを噛み殺すように肩を震わせ、言った。
「あぁ、そう。こいつ、依頼でオレ殺そうとしてんだよ。まぁオレも簡単に殺されてやれる訳がねえから返り討ちにして、ってのを繰り返してんだけどな。何回か殺し合いしてる間に、お土産にタバコ持ってきたり、酒持ってきてくれたりしながら、って関係になってたんだよ」
「殺し合い、って。でもダニーあたし殺そうとしないじゃん」
「殺すつもりで行かねーとお前帰ってくんねーじゃん」
……なんと殺伐とした話を世間話のようにするんだ。いや、守護獣さんを殺害依頼する人も何者なんだという話だけど。
ともかく、このふたりにとっては現状最良の関係であるってことか。出会いが殺し殺されの関係であっても、馬が合い、タバコやお酒のやりとりをしながら、仲良くなってる。
それを興味深そうに聞いていたのは、さっきまで浮かない顔をしていたモーナだった。椅子からぴょんと飛び降りて、コークさんに近寄り、まじまじとコークさんの目を見つめる。
「どしたの、お嬢ちゃん?」
「暗殺者殿、ちょっとこっちへ」
そう言って酒場の隅に引っ張っていき、なにやらひそひそ話をしている。
「は!?」
コークさんが大声を上げた。しかしそれを抑えるようにモーナさんがコークさんの首を抱え、更になにやら話を続ける。
……なんだかよくわからないが、ローストビーフを切り分けよう。私は休ませていた焼き目のついた牛肉の塊肉を丁寧に削ぎ切りにしていく。肉の色は綺麗なロゼ。よしよし、上手にできた。ソースももう出来上がっているし……。
「ルツァ!」
モーナさんの声に、盛り付けていた手を止めた。
「食事が終わってからでいい。抑えている部屋のひとつ、眠れるように用意してもらえぬか?」
「はい?」
モーナさんが手をかざす。かざした先にはコークさん。少し照れくさそうに笑っている。
「ハナ一行、新しいパーティメンバーのコークじゃ」
「暗殺者のコークでーす。以後よろでーす、ルツァちゃん」
ブイサインをするコークさん。あっけにとられているのはハナさん。諦めたようにため息をつくのはダニエルさん。ミアさんは嬉しそうにコークさんに抱きついた。
「ニャー! よくわかんないけど、ダニーの友達ならミアの友達だニャ! ミアもダニーみたいにコカって読んでいいかニャ?」
「いいよー。よろしく、ミア」
コークさんはされるがままで笑っている。
ええと……とにかく。
「お、お食事、一食分追加しときますね!」
残っていた塊肉を、また削ぎ切りする。
……ワインに合うおかずで良かった。
「ハナ一行の加入基準ってよくわかんないなぁ」
そう呟くのは、ほろ酔いのアマリアさん。
そして我関せずのヴィジーさん。
私もよくわからないけれど……コークさんはハナさんと縁があったのだろう。
……むしろ、縁があったから、コークさんはハナさんを狙っていた?
勝手な想像だ。だから口に出さない。だって私は彼女たちの目的も知らない。
……ただの宿の店主が、それを知る必要だって、ないのだから。