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歌う紫水晶亭の人々  作者: Bcar
閑古鳥の鳴く冒険者宿に集う人々
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02:いつもの日常

 キッチンは現代で使っているものとあまり変わらなかった。

 ガスの代わりに火炎魔術。オクタと賢者と呼ばれる水の陰の守護者様の知恵で作られた、素人でも火を呼び出せる魔方陣のついた不思議なコンロだ。

 払う料金はガス代じゃなくて魔法結晶代。学校でならったけど、魔法結晶というのは、ダイヤモンドに魔力を込めて作られるそうだ。だから、とても高級品。一般人ではなかなか買えるものじゃない。

 でも、一度買ってしまえば魔力を込めれば何度だって使える。

 ラジオで使う魔法結晶はその仕組から燃費が悪いらしく、ラジオひとつに魔法結晶ひとつ組み込まなくちゃいけないからとても高級品。だからラジオは教会くらいにしか置いてない。そもそも聖地マーカに住まう大司教様が国民全員にお声を伝えるために作られたようなものなのだから、当然といえば当然でもある。FMが流れたりするような娯楽品ではないのだ。

 それでもうちの宿の魔法結晶代が割高なのは、浴室で使ってる所謂いわゆるボイラーや食料庫に置いてある冷却装置も魔法結晶で動作しているからだろうけど。


「でも泥だらけで仕事して、帰ってきて、大衆共同浴場に向かうのなんて疲れるじゃない? ご飯だって同じよ。買い出しに行くのも大変だし、冷やして保存しておければ便利でしょう?」


 お母さんが宿を建築する時にそう言って、うちの宿には大きなお風呂を作ったのだそうだ。肌を見せたくない人用に、小さなシャワー室まで用意してある。食料庫も大きいけれど、温度は十度以下をキープしている。


 まぁ、そんなうちの宿のお財布事情は後にして、だ。

 皿洗い用に張られた水に映る自分を見る。

 ……前世より、女子力は上がったと思うんだけどなぁ。お肌とかちゃんとケアしてるし。髪の毛だって綺麗に伸ばしてサラサラだし。

 といっても今は仕事中だからひっつめ髪にしてるんだけど。あと化粧もあんまりしないけど。女の子と遊ぶようなお店でもない飲食業でゴテゴテに化粧するのもどうかと思うし。

 なーんで彼氏できないんだろ。

 作ろうともしてないからだと言われたらおしまいだけど、私だって恋くらいできるものならしてみたい。

 残念ながら好きになれる人すら現れないのだけども。


 手早くサニーレタスとカットトマトの添えた皿に目玉焼きを乗せ、パンの配達のお兄さんが持ってきてくれた焼き立てパンを添えて、スープマグにコンソメスープを注いで、本日の朝食のできあがり。

 それをアマリアさんのところに運ぶと、嬉しそうに声を上げた。


「ヒュー! さっすがルツァ姐さん! 私の好みわかってるー!」

「いえいえ、固定のお客さんふたりしかいないから、このくらいなら」


 アマリアさんは焼きすぎじゃないかというくらい焼いた目玉焼きが好きだ。黄身がパサパサにならないのか、と聞いたが、半熟だと逆に嫌らしい。まぁ、少し気持ちはわかる気がする。


「そういえばあいつ起きてこないけどいないの?」

「あいつ? ……あぁ、ヴィ……」


 その瞬間、ばたーんとドアが開け放たれ、ドアベルがリリンと強く鳴り響いた。


「はっはっはっは! 我を呼んだだろう、諸君! 呼んだであろう!! 何、聞かれずとも解っているさ、この麗しき森の精霊たる白銀の紳士、ヴィスジオラギア・セルボシュインスただいま帰還ってねー!! ルツァ!! さぁ、帰還したばかりの疲れた癒し手様に労りのお紅ティーを持ってきてくれてもバチは当たらないから早く頂戴!」


 アマリアさんの顔が思いっきり歪む。これは明らかにうざがっている顔だ。

 しかし私は笑顔で応対する。彼がいくらウザかろうと、大事なお客様なのだ。それにこのテンションの高さ。よほど疲れているのだろう。


「おかえりなさい、ヴィジーさん」

「ルツァくん♪ 紅茶、紅茶、はよ紅茶♪」

「はいはい、お砂糖もなしのストレートですね」

「あたぼーよぉー」


 リズミカルに歌うように喋る顔の上半分を隠すオペラマスクをつけた耳長で白髪短髪にクラシカルなスーツにひらひらのレースタイをつけ、白い手袋を身に着けた彼が、もうひとりのお客さん。

妖精族、細かに言えばエルフの……ええーと。フルネームは長すぎて誰も覚えようとしないので皆ヴィジーさんと呼ぶし、彼自身も冒険者登録はヴィジーでしている。年齢はよくわからない。エルフだし。


 早く、早く、と急かすヴィジーさんをあしらいつつ、ポットの中で蒸らした茶葉に熱いお湯を注ぎ、少し空気を含ませるようにカップに注ぐ。

 それをカウンターで足をぱたつかせながら待っていたヴィジーさんに差し出すと、深く深呼吸をした。


「あぁ! 素晴らしい香り! 流石我が故郷の茶葉!」

「あ、ヴィジーさん。それ産地そこじゃないです」


 それを聞き、むう、とほっぺをふくらませるが、いかんせんオペラマスクで表情がよくわからないのでかわいいんだかかわいくないんだかわからない。そして産地を間違えたことにアマリアさんが吹き出した。その声を聞き、じろりとヴィジーさんが睨むとゆらりと席から立ち上がる。腕を組んで自分の腰ほどしかない背丈の女性を見下ろしている。


挿絵(By みてみん)


「……おやおや、いたのか小人族のこそ泥さん。まぁ? 徹夜明けで帰ってきた勤労者たる我とは違って? 貴様は毎朝ギルドに通って仕事を探さないといけませんしなぁ? おやおや、そんなオーバー・ウェルなど美味しいのですかぁ? あーっと申し訳ない、ミス・アマリア! 人の好みは千差万別ですからねぇ?」

「わかってるならいちいちイチャモンつけないでくれる? このトンチキ長耳野郎が。そのマスク剥ぎ取ってやろうか!」

「ハッハッハッハッハ、御免被る」


 目にも見えない早業でマスクに手を伸ばそうとしたアマリアさんだが、読んでいましたとばかりにヴィジーさんがさっと避ける。少し忘れていたが、この二人は激烈に仲が悪い。ばたばたと攻防を続ける二人に、私はごほんと咳払いをした。


「アマリアさん、食べないならご飯下げるよ? ヴィジーさんも。仕事終わりでおなかすいてるでしょ。ご飯とシャワーどっちにするの?」

「シャワー! の前にお紅茶! 喉乾いた!」


 攻防をやめてカウンターにさっと座り、優雅にカップを持ち上げると音もなく飲み干した。ポットの中身もきちんと飲み干し、ヴィジーさんは浴室の男性用の方へと歩いていく。


「はぁ、はぁ、あのお面野郎、ムカつくったらありゃしない……!」

「まぁまぁ、ヴィジーさんが優秀な癒し手なのは不思議だけど事実なんだし。昨日も夜中に突然起こされて今まで帰ってこなかったんだよ」

「ふーん……まぁ、実際怪物も活性化してるしね……。依頼だって、遠方のゴブリン退治、増えてるもん」

「なんでだろうね。天の守護者様が交代したばっかりで不安定なのかなぁ」

「さぁねぇ、大司教様の天の守護者様決定のラジオから先、私たちなーんにもわかんないもの」


 つい先日のことだ。前任の天の守護者様が亡くなられたのは。

 天の守護者様は選ばれたその日から百年生き、姿も変わらず、百年後に突然亡くなる。そして新たな天の守護者様が選ばれる。今回選ばれたのは……。


「西方の島のお方だっけ、次の守護者様」


 何気なく私がそう言うと、アマリアさんは不思議そうに首をひねった。


「そうだっけ? よく覚えてたねぇ、ルツァさん」


 すこしギクリとする。その島国こそが私の世界でいうところの日本だから印象に残ってた、なんて言えない。曖昧に笑ってごまかしたら、アマリアさんはまぁいいか、といった風に話を続けた。私がオクタ教徒だからだとでも思ってくれたのだろう。オクタもその島のお生まれだ。アマリアさんがいつの間にか咥えていたタバコを吸いながらぽつりと言う。


「でもおめでたいことだよね。他の五行の守護者様も決まったらお祭りがあるらしいよ。聖地マーカで」

「おおー、じゃあこの宿もお客さん増えるかな!? 乗合馬車で一本だもんね!?」

「そうとも!」


 ほかほかと湯気を立てた体でバスローブを纏った、しかし手袋とオペラマスクだけは外さないヴィジーさんが立っていた。


「ヴィジーさん、服着て? ほぼ裸に手袋と仮面だけってすごい不審者」


 私が直球で指摘するが、ヴィジーさんはどこ吹く風と言わんばかりにひらりとローブを翻す。下着は穿いているようだ。良かった。


「だってー、どうせご飯食べたらすぐ寝るもん。まぁ、それはともかく、天の守護者が決定したのは素晴らしいことだ! だがな……」


 席に座ったので私は洗ったフライパンを再び温める。彼はサニーサイドアップじゃないとお気に召さない。そのまま聞き耳を立てて彼の話を聞く。ヴィジーさんの声は少し暗い。それに気がついたのだろう、アマリアさんも声を上げた。


「だが、って何がさ?」

「うむ、怪物の活発化が気になるのだよ」

「あぁ、まぁ、確かに? でも、天の守護者様がなんとかしてくれるでしょ? だってレフトナが選んだ救世主でしょ?」

「そうとも。レフトナ、この大地が間違いなど犯す訳がない。しかし、だからこそ気になるのだ。精霊のカンという奴だろう」

「へーえ、そんな立派なもん、あんたにあったんだ? このトンチキエルフ」

「なんだと、この貴様、このちびが。このお手伝い妖精が」

「ブラウニーにとってはお手伝い妖精は褒め言葉ですぅ、ありがとござーまーす」

「ちぃ、もういい。我の食事が来た、ここは我が引いてやる、感謝したまえ。はははは!」


 笑いながらも悔しそうに歯噛みするヴィジーさんの前に食事を置く。ヴィジーさんは一転、手もみをして嬉しそうにフォークを持つ。


 私はふたりの会話を聞きながら、やっぱり妖精族は救世主オクタよりも母なる大地であるレフトナを重要視しているんだなぁ、などと思っていた。

 オクタは人から神になった存在だが、レフトナはこの大地そのものの名前であり、同時にレフトナという神でもある。

 レフトナ教の人もオクタは信仰してはいるが、あくまでレフトナ様『が』選んだ救世主だからだ。


「でも、怪物活発になってるんだ……じゃあヴィジーさんが呼び出されたのも、それが理由?」


 私の何気ない問いに、ヴィジーさんはまぐまぐと目玉焼きを頬張り、小さく頷く。


おうあ(そうだ)あれの(我の)ちかあが(力が)いつようらと(必要だと)いわれえな(言われてな)。まぁ、んぐ、あの程度の怪我、我の治癒術にかかればちょちょいのぽいのぱぁよ」

「聞いといてなんだけど、とりあえずご飯食べきってからにしようか?」

「はい」


 私が威圧で『喋ってくちゃくちゃ音を立てるな』と目で言うと、ヴィジーさんは素直に食事に集中し、その間に私は食べ終わっていたアマリアさんの食器を下げる。

 ヴィジーさんが最後のパンのひとかけらで皿についた卵液をぬぐい、口に放り込んで咀嚼する。エルフなのに俗っぽい食べ方をする人だ。

 ごくん、の飲み込むと、水を一口飲み、話の続きを始めた。


「活発になり、凶暴化しているのはなにもゴブリンだけではないらしくてな。オーガに襲われた村から救援を求められ、駆けつけた冒険者一行がいたのだが、そこの癒し手が真っ先にやられたらしい。まぁ、命こそ無事だったが、会話が成り立った戦士に聞くと、その一行、なんとオーガ十五体を相手にしてきたらしい。もう暴動みたいなものだったそうだ。恐ろしいねぇ」

「はぁー……それはそれは……」

「うえー……ギルド行くの嫌になってきた……」


 呻くアマリアさんに私はそっと耳打ちする。


「……しばらく、宿代ツケでもいいんですよ?」

「そりゃ、ありがたいけど……。ま、こんな都会の方まで怪物も襲ってこないって!」


 笑って軽く言われてしまっては、そうですね、としかいいようがなかった。


 ……この時の私はまだ知らない。

 ガラガラの固定客室は全部で二十。

 そのうち、使っているのはアマリアさんと、そしてヴィジーさんのふたりだけ。

 しかし、大慌てで空き部屋を掃除する日が近づいていることを。


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