06:自覚した喪女
「今日は金の要を修復に行こうと思います。だからメンバーは……ナナアール、オリバー……それから、えっと、コーク、お願いしていい?」
その日のハナさんの指名に驚いたのか、コークさんはきょとんとする。
「別にいいけど……モーナ婆の方がいいんじゃないの?」
「ヘヘ……そろそろ、私もモーナから独り立ちしなきゃいけないかなって……少しだけど、私も回復の魔術、覚えたし」
それを聞き、コークさんは立ち上がるとズボンに挟んでいたリボルバーを引き抜き、ハナさんに突きつけた。
「あたしが裏切るとは?」
「思わない。その銃にだって、実弾は入ってないでしょ?」
言われ、コークさんが引き金を引いた。シリンダーが回り、何も入っていないそこをカチ、と撃鉄が叩く軽い音が響く。
「つまんないの。まぁいいよ。金の大地ね。ええ、土地勘はありますよ。なんせあたしの生まれ故郷だ」
「ふふ」
ハナさんは随分頼もしくなった気がする。これが経験を積むということか。初めて会った時は怯えたただの女の子にしか見えなかったのに、今ではちゃんと『天の守護者』らしく見えるのだから。
「じゃ、行ってきます」
他の皆に見送られ、ハナさんたちはコークさんの転移魔術で金の大地に向かっていった。
「さて……僕らはどうしようか」
口火を切ったのはクリスさんだ。
「私はダニエルさんと一緒がいいです!」
「あぁ。うん、言うと思った……」
小さくため息をつき、諦めたようにクリスさんが言う。ダニエルさんの腕にしがみつくゾフィーさんはてこでも動かないといった様子だ。
「まぁ、別にオレはいいけどよ……じゃあ、レティ、あとそうだな……ミア、お前も来い」
「わかったニャ!」
残されたのは、モーナさん、クリスさん、マウロさん。モーナさんがにまにま笑っている。
「ふふ、美形をふたりも従えて、思わぬところで得をしたのぅ。では、あとひとり……そうさな、ヴィジー殿、来てくれるか」
「我をご指名とは珍しいな、モーナ。我も美形軍団だと認識するぞ?」
「それは認めておらんが、まぁ、たまにはいいではないか」
そして、皆各々ギルドへと仕事を探しに向かった。残されたのは、私とアマリアさん。アマリアさんは高い椅子の上でぶらぶら足をばたつかせていた。
「私も仕事……と思うんだけど、そういう気分でもないのよねぇ」
タバコに火を点けてそう言った。
「……珍しいね、アマリアさん」
「この間組んだパーティが最悪だったのよ。とんでもないロリコンが混ざってて、延々口説かれて」
「はぁ、それはそれは……」
ブラウニーにはブラウニーの苦労があるのだ。見た目は幼いが、年齢は成人しているので、その手の趣味の人に大変人気があるのだそうだ。
「……アマリアさんは」
「んー?」
私は思い切って聞く。
「アマリアさんは、ヴィジーさんのこと、どう思う?」
「やだな、ルツァ。知ってるでしょ? 大ッキライよ、あんな奴」
「……本当に?」
食い下がる私を訝しがるように、アマリアさんは目を細める。
「何、ルツァ姐さん。あの変人エルフに惚れた?」
「は!?」
私が驚き、身を引くと、背後の食料庫のドアノブに強かに腰を打ち付けた。痛みに悶えながらも、必死に私は言う。
「私が、じゃなくて、ヴィジーさん……」
「ヴィジー? ヴィジーが何?」
「ヴィジーさんが、アマリアさんを……って」
そう告げると、アマリアさんはケラケラと笑い出した。
「なぁーに言ってんの、ルツァ! 自分をモテないモテないって言ってるの、本気だったの? あいつも可哀想に」
私は何が何だか分からない。混乱と痛みの中で、アマリアさんは楽しげにタバコを吹かす。
「馬に蹴られたくないから余計なことは言わないけどさ。色々思い出してみたら? ルツァに何かあった時、いつもあいつがどうしてたか」
……ヴィジーさんが、何をしていたか?
ヴィジーさんについて考える。
ヴィジーさんは、霧の森っていうところから出てきたはぐれエルフで、優秀なお医者さんで、それで……それで?
あぁ、紅茶が好きだ。何も入れない、ストレート。でも、茶葉の違いはわからない。アマリアさんとはケンカばっかりしてて、私には……私には、どうしてたっけ?
脳裏に浮かぶ、ヴィジーさんはいつも仮面をつけていて、表情の機微までは読めないけれど、声はいつも楽しげで、疲れると多弁になる。甘えるような口調でねだってきたり、そうかと思うと素直じゃなくて、せっかく仮面をつけているのに、照れると耳まで真っ赤になるからわかりやすくて。
あれ、私、こんなにヴィジーさんを見てたっけ。
見てた……のか。そうか。
「ルツァ」
アマリアさんの言葉で我に返る。
「顔、真っ赤」
「へ!?」
慌てて顔を両手で覆う。ヴィジーさんを思い出して、なんで顔が赤くなるの!
これじゃ、まるで。私が、ヴィジーさんのことを……。
「はーあ、めんどくさいなぁ。こじらせてるねぇ、ルツァったら。ゾフィーちゃんみたいに素直に言っちゃえば楽になるよ? 『私はヴィジーが好き』ってさ」
「い、いやいやいや? な、何を言ってんのアマリアさん!?」
「ヴィジーも素直じゃないからね。あいつからは絶対に言ってこないよ? おとぎ話でもあるまいし、待ってても王子様は迎えに来ないんだから。まぁ、あいつを王子様と思ってんのは多分ルツァだけだけどさ」
「だから! ヴィジーさんの好きな人は私じゃないから!」
アマリアさんはタバコの火を消しながら言う。
「それ、あの変人から直接聞いたの?」
「そうじゃ……ないけど……」
「ヴィジーはいつだってルツァを大事にしてるよ。なんでかくらい、わかんないかなぁ?」
なんで? わからない。 そんなの、経験したことない。 私なんかを、好きになる人なんて、いたことない。……人、は。
じゃあ、エルフは?
「ちょっと顔洗ってくる!」
「いってらっしゃい」
私はばたばたと私室に近い洗面所に駆け込み、ばしゃばしゃと水を顔にかける。それじゃ足りない。タライに水を張り、顔を突っ込んだ。呼吸を止める。それでも生きようと、心臓は動く。
どくん、どくん、どくん。
自分の鼓動を確かめているうちに少し落ち着いてきた。
「……はぁ……」
びしょぬれになって、顔を上げた。ずるりとその場に蹲る。考えたこともなかった。私が誰かから好かれるなんて。そりゃ、ダニエルさんには口説かれはしたけど、あれはからかわれただけで、私……。あぁ、そういえば、あの時にミアさんが言ってたっけ。『ヴィジーに口説くなと釘を刺されていた』と。
そうなのかな。うぬぼれてるんじゃないかな。考えすぎなんじゃないかな。だとしたら、恥ずかしいな。……合わせる顔が、ないな。
「……一旦、忘れよう……」
モテないまま、三十五年。生まれ変わって、自我が芽生えて二十年。合計、五十五年か。彼氏がいないまま。そりゃあこじらせますよ。
……でも、そんな年月さえ、エルフの彼なら一瞬のようなものだと言うのかな。
忘れよう、忘れよう。
そう考える度、頭に浮かぶヴィジーさんの白い髪と、仮面の奥の金に近い黄色の瞳。甘いテノール歌手のような、痺れるような、あの響く声。
あぁ、もう認めてしまえ。ヴィジーさんが私のことをどう考えていたって、少なくとも。
「私はあの人が好きなんだ」
誰もいない洗面所でそう口に出して、やっと自覚した。




