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歌う紫水晶亭の人々  作者: Bcar
歌う紫水晶亭での出来事。
24/32

06:自覚した喪女

「今日は金の要を修復に行こうと思います。だからメンバーは……ナナアール、オリバー……それから、えっと、コーク、お願いしていい?」


 その日のハナさんの指名に驚いたのか、コークさんはきょとんとする。


「別にいいけど……モーナ婆の方がいいんじゃないの?」

「ヘヘ……そろそろ、私もモーナから独り立ちしなきゃいけないかなって……少しだけど、私も回復の魔術、覚えたし」


 それを聞き、コークさんは立ち上がるとズボンに挟んでいたリボルバーを引き抜き、ハナさんに突きつけた。


「あたしが裏切るとは?」

「思わない。その銃にだって、実弾は入ってないでしょ?」


 言われ、コークさんが引き金を引いた。シリンダーが回り、何も入っていないそこをカチ、と撃鉄が叩く軽い音が響く。


「つまんないの。まぁいいよ。金の大地ね。ええ、土地勘はありますよ。なんせあたしの生まれ故郷だ」

「ふふ」


 ハナさんは随分頼もしくなった気がする。これが経験を積むということか。初めて会った時は怯えたただの女の子にしか見えなかったのに、今ではちゃんと『天の守護者』らしく見えるのだから。


「じゃ、行ってきます」


 他の皆に見送られ、ハナさんたちはコークさんの転移魔術で金の大地に向かっていった。


「さて……僕らはどうしようか」


 口火を切ったのはクリスさんだ。


「私はダニエルさんと一緒がいいです!」

「あぁ。うん、言うと思った……」


 小さくため息をつき、諦めたようにクリスさんが言う。ダニエルさんの腕にしがみつくゾフィーさんはてこでも動かないといった様子だ。


「まぁ、別にオレはいいけどよ……じゃあ、レティ、あとそうだな……ミア、お前も来い」

「わかったニャ!」


 残されたのは、モーナさん、クリスさん、マウロさん。モーナさんがにまにま笑っている。


「ふふ、美形をふたりも従えて、思わぬところで得をしたのぅ。では、あとひとり……そうさな、ヴィジー殿、来てくれるか」

「我をご指名とは珍しいな、モーナ。我も美形軍団だと認識するぞ?」

「それは認めておらんが、まぁ、たまにはいいではないか」


 そして、皆各々ギルドへと仕事を探しに向かった。残されたのは、私とアマリアさん。アマリアさんは高い椅子の上でぶらぶら足をばたつかせていた。


「私も仕事……と思うんだけど、そういう気分でもないのよねぇ」


 タバコに火を点けてそう言った。


「……珍しいね、アマリアさん」

「この間組んだパーティが最悪だったのよ。とんでもないロリコンが混ざってて、延々口説かれて」

「はぁ、それはそれは……」


 ブラウニーにはブラウニーの苦労があるのだ。見た目は幼いが、年齢は成人しているので、その手の趣味の人に大変人気があるのだそうだ。


「……アマリアさんは」

「んー?」


 私は思い切って聞く。


「アマリアさんは、ヴィジーさんのこと、どう思う?」

「やだな、ルツァ。知ってるでしょ? 大ッキライよ、あんな奴」

「……本当に?」


 食い下がる私を訝しがるように、アマリアさんは目を細める。


「何、ルツァ姐さん。あの変人エルフに惚れた?」

「は!?」


 私が驚き、身を引くと、背後の食料庫のドアノブに強かに腰を打ち付けた。痛みに悶えながらも、必死に私は言う。


「私が、じゃなくて、ヴィジーさん……」

「ヴィジー? ヴィジーが何?」

「ヴィジーさんが、アマリアさんを……って」


 そう告げると、アマリアさんはケラケラと笑い出した。


「なぁーに言ってんの、ルツァ! 自分をモテないモテないって言ってるの、本気だったの? あいつも可哀想に」


 私は何が何だか分からない。混乱と痛みの中で、アマリアさんは楽しげにタバコを吹かす。


「馬に蹴られたくないから余計なことは言わないけどさ。色々思い出してみたら? ルツァに何かあった時、いつもあいつがどうしてたか」


 ……ヴィジーさんが、何をしていたか?


 ヴィジーさんについて考える。

 ヴィジーさんは、霧の森っていうところから出てきたはぐれエルフで、優秀なお医者さんで、それで……それで?

 あぁ、紅茶が好きだ。何も入れない、ストレート。でも、茶葉の違いはわからない。アマリアさんとはケンカばっかりしてて、私には……私には、どうしてたっけ?


 脳裏に浮かぶ、ヴィジーさんはいつも仮面をつけていて、表情の機微までは読めないけれど、声はいつも楽しげで、疲れると多弁になる。甘えるような口調でねだってきたり、そうかと思うと素直じゃなくて、せっかく仮面をつけているのに、照れると耳まで真っ赤になるからわかりやすくて。


 あれ、私、こんなにヴィジーさんを見てたっけ。

 見てた……のか。そうか。


「ルツァ」


 アマリアさんの言葉で我に返る。


「顔、真っ赤」

「へ!?」


挿絵(By みてみん)


 慌てて顔を両手で覆う。ヴィジーさんを思い出して、なんで顔が赤くなるの!

 これじゃ、まるで。私が、ヴィジーさんのことを……。


「はーあ、めんどくさいなぁ。こじらせてるねぇ、ルツァったら。ゾフィーちゃんみたいに素直に言っちゃえば楽になるよ? 『私はヴィジーが好き』ってさ」

「い、いやいやいや? な、何を言ってんのアマリアさん!?」

「ヴィジーも素直じゃないからね。あいつからは絶対に言ってこないよ? おとぎ話でもあるまいし、待ってても王子様は迎えに来ないんだから。まぁ、あいつを王子様と思ってんのは多分ルツァだけだけどさ」

「だから! ヴィジーさんの好きな人は私じゃないから!」


 アマリアさんはタバコの火を消しながら言う。


「それ、あの変人から直接聞いたの?」

「そうじゃ……ないけど……」

「ヴィジーはいつだってルツァを大事にしてるよ。なんでかくらい、わかんないかなぁ?」


 なんで? わからない。 そんなの、経験したことない。 私なんかを、好きになる人なんて、いたことない。……人、は。


 じゃあ、エルフは?


「ちょっと顔洗ってくる!」

「いってらっしゃい」


 私はばたばたと私室に近い洗面所に駆け込み、ばしゃばしゃと水を顔にかける。それじゃ足りない。タライに水を張り、顔を突っ込んだ。呼吸を止める。それでも生きようと、心臓は動く。

 どくん、どくん、どくん。

 自分の鼓動を確かめているうちに少し落ち着いてきた。


「……はぁ……」


 びしょぬれになって、顔を上げた。ずるりとその場に蹲る。考えたこともなかった。私が誰かから好かれるなんて。そりゃ、ダニエルさんには口説かれはしたけど、あれはからかわれただけで、私……。あぁ、そういえば、あの時にミアさんが言ってたっけ。『ヴィジーに口説くなと釘を刺されていた』と。


 そうなのかな。うぬぼれてるんじゃないかな。考えすぎなんじゃないかな。だとしたら、恥ずかしいな。……合わせる顔が、ないな。


「……一旦、忘れよう……」


 モテないまま、三十五年。生まれ変わって、自我が芽生えて二十年。合計、五十五年か。彼氏がいないまま。そりゃあこじらせますよ。

 ……でも、そんな年月さえ、エルフの彼なら一瞬のようなものだと言うのかな。


 忘れよう、忘れよう。

 そう考える度、頭に浮かぶヴィジーさんの白い髪と、仮面の奥の金に近い黄色の瞳。甘いテノール歌手のような、痺れるような、あの響く声。

 あぁ、もう認めてしまえ。ヴィジーさんが私のことをどう考えていたって、少なくとも。


「私はあの人が好きなんだ」


 誰もいない洗面所でそう口に出して、やっと自覚した。

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