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歌う紫水晶亭の人々  作者: Bcar
歌う紫水晶亭での出来事。
22/32

04:『アダム』と名乗る男

 たっぷり休暇を味わった後。

 今日はフル装備のハナ一行が整列している。


「えっと……今日は水の要を修復に……って思うんだけど、モーナ、水の要ってどこにあるの? 水の大地って島国全部でしょ?」


 モーナさんはけろりと言い放つ。


「最南の大地。雪と氷で覆われ、ペンギンいななく極寒の地」


 ……それは、つまり。


「な、南極……?」


 私とハナさんの声が同時に出た。


「オクタ、なんでわざわざそんな場所に……!」


 壁に拳を突き立て、しなだれかかり、ハナさんは影を背負うように頭を抱えた。それじゃあこの格好じゃ厳しいんじゃないだろうか。ちゃんと装備を整えないと……。

 しかし、私の疑問はすぐに解消される。


「安心せよ、ハナ。儂は水の守護者を何年やっておると思っておる。それなりの防寒の魔術くらいかけてやるとも。あとは……クリス殿、マウロ殿。同行をお願いしても良いな?」


 クリスさんは小さく頷く。クリスさんも水の守護者なのだから当然だろう。マウロさんも大剣を担ぎ、準備は万端といったところだろうか。

 ……私、私は……。


「モーナさん」


 モーナさんに声をかけた。どのくらいの滞在になるかわからない。南極なんて何を持っていってもらったらいいのかわからない。でも。


「これ、えっと、紅茶のティーバッグと、あとチョコレートとビスケットです。何かあったら……困るので、一応、あるだけ持っていってください」

「おお、こういったものは助かる。すまんな、ルツァ」

「いえ……」


 ふと、クリスさんを見た。視線の先には自動拳銃のマガジンを装填しているコークさんがいる。

 ……そんな簡単に諦められないよね、クリスさん。きっとコークさんも同じように思ってるだろう。クリスさんは何かをコークさんに言おうとして、やめた。

 それに気がついたらしいコークさんが不機嫌そうに頭をガシガシ掻きむしり、クリスさんに向き直る。


「あー、もう。辛気臭いの、嫌なんだよね。クリスくん、せいぜいしっかりやんなよ。早く精神的に大人になって、勿体ないことしたって、あたしを悔しがらしてよね?」

「……! あ、ああ……!」


 ふい、と顔をそらすコークさんとは反対に、クリスさんは少しやる気が出たように見えた。そして、ハナさん、モーナさん、クリスさん、マウロさんは旅立った。


 さっきのやり取りで何かを察したのかダニエルさんがコークさんの肩をぽんと叩く。


「モテる女は辛いねぇ、コカ?」

「あんたもでしょうに、ダニー?」

「ダニエルさん、今日はご一緒してもいいですか?」


 キラキラとした視線を送るのはゾフィーさん。

 ブーメランが刺さったかのような応酬にダニエルさんは何も言えなくなってしまった。


「じゃ、今日はダニーとあたしとゾフィーちゃんとレティで行動しよっか」


 そう言ってコークさんたちは身支度を済ませ、さっさと出ていってしまった。

 残されたのはオリバーさん、ミアさん、ナナアールさん。見事に前衛職の人ばかりだ。


「そうねぇ……えっと、ヴィジーさん、ご一緒してくれる? 癒し手がいないと不安だわ」


 ナナアールさんの思わぬご指名にヴィジーさんは喜色満面と言った風に立ち上がり、踊るようにくるりと回って見せる。


「フハハハ! この我の癒やしの腕を必要とするか! 良かろう、同行してあげてもいいんだからね!」

「ニャー! ヴィジーと一緒、初めてだニャ!」


 嬉しそうにしているのはミアさんだけで、オリバーさんと、指名をしたナナアールさんですら、どこか不安げだった。

 それでも皆ギルドで仕事を貰いに向かう。残されたアマリアさんもひとりで仕事を探しに行ってしまった。


「……はー、ひとりかあ……」


 洗い物も洗濯も部屋の掃除も済ませても、まだ日は高く、ランチタイムになれば一見さんが何人かくるかもしれないが、昼食の日替わりスープの仕込みも済ませてしまった私は暇を持て余していた。


 その時。


 涼やかなドアベルの音が鳴る。


「いらっしゃ……い……?」


 私は声を失う。

 そこにいたのは、短い銀髪に細いツリ目の男の人。それだけならまだ普通だ。異様なのは服装だ。

 真っ赤なつなぎはトランプ柄。大きなボンボンのついた二股に別れた帽子。一言で言えば。


「ぴ、ピエロさん?」


 メイクこそしていないが、そうとしか形容ができない服装だった。

 ピエロさんは優雅にぺこりと礼をすると、にんまりと笑みを浮かべてカウンターに近づいてくる。


挿絵(By みてみん)


「はじめまして、ですね。お嬢さん。あなたが店長さんですか? 少しランチには早いですが、メニューを見せていただいてもよろしいですか?」

「あ、は、はい」


 慌ててメニュー表を見せる。ピエロのお兄さんは顎を触りながら「ふむ」と呟く。


「……ほほう、この店はオクタの島の料理が味わえるのですか。これは珍しい」

「え、ええ、一応……」

「まぁ、いりませんけどね。コーヒーをいただいても?」

「は、はぁ」


 なんだこの人。変なお客さんだなぁ……。

 ピエロさんはひとりで勝手に語りだす。


「私は興行師をしておりまして。この土地で何か催し物を、と思って下見に来たんです。ですが、許可を取ろうとしたのですが聖地の近くじゃ下卑た見世物なんて許されないと追い返されてしまいまして。落胆していたところをこちらのお店が目に入りまして、お邪魔させていただきました」

「あ、そうなんですね」


 本当にそういう仕事をしていたのか。ピエロのお兄さんはコーヒーをゆっくりと味わう。


「あぁ、いい豆を使っていますね。これは金の大地のものでしょうか」

「わかるんですか?」

「これでもコーヒーにはこだわりがあるんです。きっと食事も美味しいのでしょうね」

「是非ランチやディナーも食べていってください」

「いえいえ、あまり長居もできません。『皆さんが帰ってきてしまう』でしょう?」

「へ……?」


 ピエロのお兄さんはコーヒー代だけ置いて立ち上がる。


「久しぶりに良いものが味わえました。ありがとうございます、店主マダム

「いえ……」


 あぁ、とピエロのお兄さんが声を上げる。


「そうそう、もしも、水色髪の女性に会ったら伝えてください。『アダムと名乗る男が来た』と」


 それだけ伝えて、風のように男の人は去ってしまった。……何だったんだろう。アダム、って名乗ってたけど……。水色髪。モーナさんの知り合いだろうか?


 一週間後、ハナさんたちが無事に帰ってきた。極寒の土地はさすがに厳しかったのか、皆暖炉の前から離れない。

 私がそういえば、とモーナさんに声をかける。


「そういえばモーナさんの知り合いらしい人が来ましたよ」

「儂の? どんな奴じゃ?」

「えっと……なんかピエロみたいな格好した人で、興行師って言ってました。銀髪で……キツネみたいな顔した人で、あ、『アダム』って名乗ってました」


 私の言葉に、モーナさんの顔色がさっと変わる。しかし、不敵に笑いを浮かべた。


「……そうか。あの男、直接来よったか……。アダムか。ふん、よく言う。オクタの世界の原初の男を名乗るか」

「あの、モーナさん?」

「ルツァは気にせんでいい。牽制に来ただけじゃろう。……他には、何か言っておったか?」

「コーヒー豆を褒められました。ええと、『金の大地産』って当てられて」

「ふん、なるほどのう……。相変わらず厭な男じゃな」


 モーナさんの言葉の意味がわからないのは私だけではないようで、そこにいた皆疑問符を顔に浮かべているように見えた。


 ……この時の私は知らなかった。

 モーナさんの言葉の意味も、アダムさんの正体も。

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