02:天の守護者様は女子高生に戻りたい
土の要の修復は大変だったらしい。
数日後、帰ってきたハナさんはげっそりとした顔で、夕食の子羊のカツレツを突きながら言った。
「……モーナ。こんなこと。あと四回も続けなきゃいけないの……?」
モーナさんはとっくに食事を終え、水を飲みながら答えた。
「そうじゃ。要に巣食う『魔王の手先』を倒し、最後には魔王を倒す。そしてこちらとあちらに平穏を。それがお主の運命じゃ」
「運命……」
「……ハナ、大丈夫ニャ。なにがあったってミアたちは味方ニャ」
ミアさんがハナさんの顔を伺い、そっと背中に手を伸ばす。
「……私、普通の女子高生だったのに。そりゃ、友達もいなかったけど、普通に学校に通って普通に帰るだけの毎日だったけど。……なんでこんな辛い目に合わなきゃいけないの?」
ハナさんはそう言い、食事も残して部屋へ駆け上がってしまった。
「……すまんのう、ルツァ」
「あ、いえ……」
私は走り去っていったハナさんのいた方向をじっと見つめる。
……今回の旅で何が起きたかなんて想像できないけれど、……普通の女の子だったのに、突然世界の命運をなんたら、とか言われたって、そんなの負担が大きいに決まってる。
私に何かできないかな。少しでもハナさんの気分が紛れるようなこと。
……私にできること。ハナさんの、オクタの時代を知っているから、できること……。
私は意を決してモーナさんに告白をすることにした。
「モーナさん……信じてもらえるかわからないんですけど」
「む?」
「私、前世の記憶があるんです。……そこでは、私は……オクタのいた、いや、ハナさんのいる時間の住人で……」
かいつまんで私は自分に起きた出来事を説明する。オクタやハナさんでしか知り得ないことも交えつつ、信じてもらえるように。
「……そうか。ルツァ、お主『渡り人』か」
「わたりびと?」
「地球の記憶を持ち、裏側に転生する者を、そう呼ぶんじゃ。極稀にじゃが、渡り人は現れる。……まさか此度の天の守護者とまったく同じ時間軸から、とは思わなんだが。これもエイブのイレギュラーが引き起こしたことかもしれんのう」
「エイブ……えっと、『魔王』って呼ばれてる、オクタを裏切った火の守護者様だった人ですよね? でも、時間が合わない気がするんですけど……。私が転生したって自覚したの、二十年前ですよ?」
「それもイレギュラーだからこそ、かもしれん。このレフトナが、ハナを別方面から支えるためにお主を選んだから、早くに転生したと自覚させられたのやも……まぁ、儂は天の守護者ではないから、レフトナの声も考えもわからんがな」
それを聞いて驚いた。思わず身を乗り出してしまう。
「……天の守護者様って、レフトナの声が聞こえるんですか!?」
「おお、民間人のお主は知らなんだか。まぁ、そうじゃな。じゃから、天の守護者の負担は大きい。常に痛み、呻く大地の声が聞こえておるのじゃから。壊れた要に近づけば、より一層、強くな」
……私はそれを聞いて、先日のクリスさんの治療を思い出した。
あれを、四六時中……。考えただけで気分が悪くなりそうだ。
「普通の女子高生……そうですよね。ハナさん、まだ十六歳ですし……」
そこまで考え、ふと思い至った。
私はモーナさんに更に詰め寄り、反論の余地もないくらいに質問攻めをする。
「……モーナさん。ゾフィーさんとコークさん、おいくつでしたっけ?」
「何?」
「モーナさん……いや、サラ様だったら、『オクタの時代の服』とか、調達できますよね?」
「ま、まぁ、不可能ではないが」
「あと……えっと……私を、風の大地のある地方へ連れてってください! 必要なものがあるんです!」
「何じゃと?」
「ハナさんをやる気に……いや、元気にさせる為なんです!」
こうして、ハナさんの元気を取り戻す為の一大プロジェクトが始まった。
翌日。案の定ハナさんは部屋に籠城してしまい、朝食も昼食もすっぽ抜かしてしまった。だが、これでいい。日は東に傾きだしている。チャンスは今しかない。こちらの準備は万全だ。
「……じゃあ、コークさん、ゾフィーさん、お願いします」
「別にいいけど、こんなのでホントにハナがやる気になるのォ?」
「コークさん、今はルツァさんを信じましょう!」
「ゾフィーさん、敬語禁止!」
「あ、はい……じゃない、うん!」
大きく頷いたゾフィーさんとコークさんは、きっと『ハナさんには見慣れた』ブレザーとスカートという、女子高生の制服を着ている。同年代の女の子ならばできること。『友達と学校帰りにくだらないことを話しながら食べ歩きをする』という、ただのごっこ遊び。でも、少しでも気が晴れてくれたらいい。
ミアさんやオリバーさん、レティリックさんやナナアールさんみたいに、『地球』の雰囲気や世界観を壊してしまいそうな人には部屋に籠もってもらっている。マウロさんやクリスさんは出歩いてもいいけれど、私の世界の学校の制服を着ること。
そして、ダニエルさんは……。
「んん、なんか首が詰まって仕方ねえな、このネクタイってのは」
「ちゃんと着るとそうなっちゃうんだよねぇ」
けらけらとコークさんに笑われる。ダニエルさんはびしっとしたスーツ姿だ。着方がわからないというので、コークさんにネクタイを締めてもらっていた。
……のを、悔しそうにゾフィーさんが見つめていた。
モーナさんも普段よりも落ち着いた、いかにもな女児ファッションをしてもらっている。さすがに現代日本にあんなフリフリのワンピースを着てうろうろしている子供はいないからね。
「設定は、コークさんとゾフィーさんは『ハナさんの同級生』、マウロさんは『学校の先輩』、クリスさんとモーナさんは通りすがりの『兄妹』、ダニエルさんは『学校の先生』、じゃあ、皆さん部屋に戻って! コークさんたちは手筈通り! よろしくおねがいします!」
皆バラバラと部屋に戻っていく。ナナアールさんだけ、ハナさんに制服を届けてもらう為に先にハナさんの部屋へ向かっていった。
私は食料庫をちらりと見る。……大丈夫。ちゃんと出来る。……出来るはずだ。
「ハナっちー、一緒かえろー」
気怠げなコークさんの声が閉店状態の歌う紫水晶亭に響き渡った。それがスタートの合図だった。
恐る恐る出てきたハナさんもきちんと制服を着ている。お揃いの制服、お揃いの鞄。髪の色は少し突飛だが、皆ちゃんと『女子高生』に見える。
「ダニー先生もさぁ、口うるさいんだよなぁ。自分は不真面目なのに教え子にはあれしろこれダメってさぁ」
「こ、コーク、そんなことないよ! ダニエルさ……先生は、ちゃんとした先生なだけだよ!」
「ゾフィーっちはダニー先生にぞっこんだからなー」
「そ、そんなことないよ!?」
よしよし、いい感じ。そんな感じでいいぞ、コークさん。さすが『蜘蛛』、演技はお手の物だ。ゾフィーさんもたどたどしいけど、必死で食らいついている。少し後ろで居心地が悪そうにしているハナさんが心配だが……。
「ほらほら、ハナっち、ちょっとくらいの失敗、誰にだってあるって。このコークちゃんがタピオカミルクティを奢ってあげよう」
「た、たぴおかみるくてぃー? な、なんでこんなところに……?」
素っ頓狂なハナさんの声が聞こえた。
おっと、私の出番だ。背筋を伸ばして、クリスさんの作ってくれたクラッシュアイスの入ったコップに向き直る。流石にそれっぽいプラスチック容器は用意できなかったけれど、ブラックタピオカとタピオカを吸えるストローはなんとか確保できた。さすがタピオカの本場、風の大地。地球でいうところのナイジェリア。原材料のお芋のキャッサバ様々だ。
「いらっしゃいませー」
「タピオカミルクティーみっつくださーい」
「はーい!」
笑顔で私は用意していたコップにクラッシュアイスと茹でて冷やしておいたブラックタピオカを入れて、ミルクティーの入ったポットを傾ける。今日のミルクティーは少し特別だ。
「おまたせしました、ミルクティーみっつで千五百ゴールドです」
「ありがと、おねーさん」
そう言ってコークさんはらしくなく安っぽいキャラクターの描かれた財布を取り出しお金を出す。この財布も『それらしいだろう』とモーナさんが用意してくれたものだ。
席に座り、三人は太いストローからタピオカドリンクを飲む。
「……あっま!」
コークさんが驚き仰け反る。それを見てゾフィーさんがくすくす笑う。
「あはは、コーク、自分が飲みたいっていったんで……しょ?」
「……ふふ」
あ、ハナさんやっと少し笑ってくれた。
まぁ、そりゃ甘いだろうな。今日のミルクは練乳だもの。普段からブラックコーヒーを愛飲しているコークさんには少し甘すぎるだろう。
「あー、でもベンキョーっていう頭脳労働してるんだからこのくらいで丁度いいかも?」
「ね、ねえ、お腹空きま、空かない? ここのお店、クレープもあるよ!」
「クレープ!?」
ハナさんの目が輝いた。
お。来たな! ふふ、学生時代に培ったクレープ屋さんのバイトの経験が生きるとは思わなかった。……まぁ、専用の鉄板もなにもないから、普通にフライパンで焼くんだけど。
「何味があるの?」
ハナさんがうきうきとコークさんに聞く。コークさんは笑って言う。
「あたし、お店の人じゃないもん。おねーさん、オススメは?」
言われて私は笑顔で答える。
「やっぱりチョコバナナが鉄板ですね。あと、イチゴも人気がありますし、シンプルなバターシュガーとか……おかず系ならツナレタスとかハムエッグとかもありますよ」
「……すごい。本当のクレープ屋さんみたい」
「何いってんですか、お客さん。うちは本職ですよー?」
笑う私に困惑の表情を見せるハナさん。少しやりすぎだっただろうか? しかし、フォローするようにゾフィーさんが声を上げた。
「あ、私、イチゴが食べたいです!」
続けてコークさんも言う。
「じゃ、私ツナのもらおっと」
「あ、えっと、じゃ、じゃあ、チョコバナナ……」
「かしこまりましたー! 少々お待ちを!」
言われてから私はさっさか生地を焼く。今回はキャッサバ粉が混ざっているのでもっちりした生地になっている。試食で味は保証付きだ。サンキューキャッサバ。ありがとう風の大地。
焼けた生地に手早く生クリームやチョコレートソース、バナナを並べてくるりと巻き、綺麗な紙でくるんで手渡す。
「はい、こちらチョコバナナです」
同様にツナレタスとイチゴクリームも作り、コークさんとゾフィーさんに手渡した。お金を受け取る。もちろんこれは『ごっこ』なので後できちんと返すのだが。
「ん、美味しい!」
「本当! 生地もっちもち! ハナさ……ハナのはどう?」
「あ、えっと……美味しい、よ。ね、ねえ、ゾフィー?」
おずおずとハナさんがゾフィーさんの顔色を伺うように見る。
「はい?」
「は、はんぶんこ……していい?」
「! はい!」
笑顔で応じるゾフィーさん。コークさんは黙々と食べながらぶーたれたように呟いた。
「なにさ、ハナっち。あたしとはわけっこしてくんないのぉ?」
「だってコークの甘くないじゃない」
「そうで、じゃない。そうだよ。生クリームとツナなんて合わないで、しょ?」
なんだか本当の女子高生たちに見えてきて微笑ましい。そうこうしていると学生服のクリスさんと女児服のモーナさんが手をつないで歩いてきた。
「あー、クリス兄ちゃん、クレープ食べたい!」
「だっ、ダメだぞ、モーナ。晩ごはん入らなくなるだろ!」
「じゃあちっちゃいのはんぶんこ! ね?」
「仕方ないな……。えっと、バターシュガー? ひとつください」
「はい、かしこまりましたー」
……おお、こっちもちゃんと演技している。すごいなぁ。思いながらもクレープを焼く。バターを塗り、グラニュー糖をまぶしただけのシンプルなものだ。カウンターにモーナさんが乗り出してきた。
「おねーちゃん、作るの上手だねー!」
「あはは、ありがとー」
そんな雑談の合間、ひそひそと耳打ちされる。
「どうじゃ、ハナの様子は」
「楽しそうにしてます。多分……」
「そうか」
安堵の笑みと共にモーナさんは地面に降り、私からクレープを受け取った。
「兄ちゃん、クレープ貰った!」
「そうか、良かったな。これ、料金です」
「ありがとうございましたー」
階段を上がっていくふたりとすれ違うように少しデザインの違う学生服を着たマウロさんが降りてくる。
ハナさんたちの前に立ち、コチコチの口を必死に動かし、声を発する。
「は、ハナ」
ああ、ガチガチだ、マウロさん。大丈夫かな……。
「あ、マウロ先輩、ちーす」
「ぶ、部活? はないんですか?」
「え? えっと?」
設定を知らされていないハナさんはただ混乱している。
「は、ハナ、さ、くん。今度、こん、こ」
「こ?」
「なっ、なんでもない!」
マウロさんは踵を返して階段を駆け上っていってしまった。ああ、打ち合わせではデートに誘ってゾフィーさんたちにからかわれる予定だったのに……。
「マウロ先輩、初心いなー」
けらけらとコークさんが笑い飛ばす。
「え、何? コーク、マウロなんだったの?」
「マウロ先輩、ですよ、ハナさん。ふふ、でも結構お似合いなのかもしれませんよ、コークさん?」
「まぁ鈍い同士でねー?」
コークさんのフォローでなんとなく纏まったようで良かった……。まぁ、マウロさんは素でハナさんの事好きだもんなぁ。……ダニエルさんの方が良かっただろうか、と思うが、二十五歳成人男性の学生服はちょっと厳しいか……。
と思っていたらダニエルさんが降りてきた。
「おいコラ、帰宅中の買い食いは校則違反だぞ、不良娘共」
「へっ、不良教師が何か言ってらー」
「誘ったのはコークだな? ゾフィーもハナも真面目な生徒なんだ、悪い道に引き込むな!」
「ゾフィーっちもハナっちもあたしの友達だもーん。ねぇ?」
クレープを食べきり、マヨネーズのついた指をぺろりと舐めてコークさんは意味深に笑う。
「ゾフィーも、こんな不良娘に付き合うこたぁねーんだぞ?」
「えへへ……」
ゾフィーさんは演技とはいえ、ダニエルさんに叱られて嬉しそうにしている。ハナさんは……ぽかんとダニエルさんを見上げていた。
「……? なんだ、ハナ?」
「……ダニエル、スーツ似合わない。……ふふ、あはは」
くすくす、肩を震わせてハナさんが笑い出す。
「何これ。あはは、私を元気づけようとしてくれたの? 皆で考えて? ……モーナの提案?」
ダニエルさんはバツが悪そうに頭をがしがし掻きながら、ネクタイを少し緩めた。
「いや、この茶番の提案は姐さん……ルツァだよ」
「ルツァさん? え? なんでこんな……地球の、しかも日本の私の時代に近い文化……」
「ルツァちゃん、ハナと同じ世界の生まれなんだって。渡り人。ハナと同じ時代で生きてたけど死んじゃって、転生してレフトナに来たんだって」
コークさんの言葉に、ハナさんの顔が驚きの表情で染まる。
「……へへ、昔……前世は、紫村流歌って名前だったんです。こういう飲食店じゃなくて、大手メーカーで『社畜』してたんです。大学生の頃はクレープ屋さんでバイトしてましたけど」
「……奥田くんの言ってたこと、本当だったんだ……」
「オクタ? 初代の? ……知り合いだったの?」
「あ、知り合いって程仲良くはなかったんだけど……名前は知ってる、ってくらい……。そっか、だからルツァさん、日本にあんなに詳しかったんだ……」
私は少し恥ずかしくなって、笑いながら、ハナさんに言った。
「……あのね、ハナさん。私、ただの社畜で、モテなくて、人生に絶望して、事故……なのか、過労なのか微妙な感じだけど、とにかく死んじゃって、この世界に来て……まぁ、モテないのには変わりはないけど、でもね、元の世界のことで吐き出したいことがあったら、私に言ってくださいね。食べたいものとかあったら、出来る限り再現しますし。……家系ラーメンとかはちょっと難しいけど。だから、何でも言ってくださいね?」
ハナさんは少し考えて、ぽつり、と言った。
「ルツァさん、歌、歌えます?」
「歌、ですか? 得意ではないですけど……まぁ、人並みに」
「『休まず戦え火よ火よ』……って、曲、わかります?」
少し考える。……確か、割と流行っていた歌だった気がする。ええと、続きは……。
「『後悔なんて捨ててしまえ』……?」
ハナさんと私の声が揃う。日本で流行っていた、覆面ロックバンドの、人気ナンバー。
「『風に舞う灰はどこにも届かず掻き消えた』!」
サビを歌いきり、私とハナさんは笑いあった。
歌詞が陰気だと後ろ指を刺されていた彼らの歌。
それはきっと、今のハナさんと、あの頃の私に必要な歌な気がした。




