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歌う紫水晶亭の人々  作者: Bcar
閑古鳥の鳴く冒険者宿に集う人々
2/32

01:女店主は異世界生まれ

 朝の六時。西向きの、この狭い部屋に朝日が差し込む。それと同時に私は体を起こす。


「うー……、よっし!」


挿絵(By みてみん)


 着替えをして、小さな洗面台に向かい、歯を乱暴に磨き、顔を洗ったらさっぱりした。磨かれた鏡に向かって笑顔を作る。

 よし、今日も頑張れる。


 鏡の中の私は長くて黒い髪の毛と、褐色の肌と、碧色みどりいろの瞳をしていた。

 最初は見慣れなかったこの顔も、二十年近い付き合いになれば慣れるものだ。


 我が戦場へと足を踏み入れ、まずはフロアの掃除から。

 箒でざっざか、モップでふきふき。こんなに毎日掃除しなくてもお客さんなんて来ないのは知ってるけどさ。

 この冒険者宿、『歌う紫水晶亭』はいつだって閑古鳥が鳴いている。たまに飛び込みのお客さんが来ても、私の姿を見ると顔をしかめて出ていってしまう。

 ……そりゃあ、ね。

 この聖地マーカに近いイタリの大都会で褐色肌の女が冒険者宿を経営してたら驚くでしょうよ。

 でもこちとら料理もうまいし酒も上等なの仕入れてるし、頑張ってるつもりなんですよ?


 私の『お父さん』と『お母さん』は私が十六才の頃に流行り病で亡くなった。癒し手様の病床待ちをしている間のことだった。

 私は元々捨て子で、そこで冒険者をやっていた『お父さん』と『お母さん』に拾われた。

 冒険に一区切りつけたあと、お父さんとお母さんはこの冒険者宿、歌う紫水晶亭をオープンさせた。

 三階建ての大きな宿。

 一泊客用の部屋の数は十。定住客用の部屋は二十。名物はお母さんの作る鮭のシチュー。

 私が宿を継いで、もう九年。

 私が小さい頃には満室だったこの宿は今……。


 定住客がおふたり様だけでございます。


 私がため息をついてバケツの水を捨て、フロアに戻るといかにも冒険者といった軽鎧に麻のキュロットスカートを穿いた小さな体躯の女性がカウンターに座っていた。


「アマリアさん。おはよう!」

「おはよ、ルツァさん」


 小さく笑って挨拶を返してくれるのは、その数少ないお客さんである妖精族のアマリアさん。

 種族でいえば小人族ブラウニーである彼女は盗賊でもある。

 といっても、冒険者職業としての盗賊で、本当に悪いことをしてる訳じゃない。この世界でそんなことをするのは、闇ギルドの『闇の担い手』くらいしかいないと思う。

 まぁ構成員の『蜘蛛』なんてどこに潜んでるかわかんないけど。


「アマリアさん、コーヒーにする? 紅茶にする?」

「お酒がいいなぁ」

「朝っぱら! もう、いくらブラウニーがお酒好きっていったってこの時間は許さないよ!」

「ちぇー」


 笑って言いながらアマリアさんはタバコに火をつける。火の消えたマッチを灰皿に落とし、煙を肺に満たし吐き出した。


「アマリアさん、どうせこの後盗賊ギルドに行って仕事探してくるんでしょ?」

「まぁ、小さい仕事でもしなきゃ食べていけないからね。ルツァさんに宿代払えないもん」


 私がコーヒーを差し出すと、アマリアさんはありがたそうに両手でカップを持ちそれを口に運ぶ。


「んん、いい匂い。……ルツァさん、豆変えた?」

「あ、うん。風の大地の山で取れる豆なんだって」

「風の大地……ってルツァさんの元の故郷だっけ? 私行ったことないんだけど、砂ばっかりって聞いたけど、本当?」

「……どうなんだろ、小さい頃過ぎて覚えてないや」


 へへ、と曖昧に笑えば、それ以上アマリアさんは追求してこない。


 半分は、本当だ。私は本当はどこで生まれたか、知らない。

 いや、正確には知っているけれど、この世界の(・・・・・)私のことは、よく知らないのだ。


 ……三十五才の誕生日を迎えたばかりだった。

 私は疲れた体を引きずって、終電を待っていた。

 最後に休んだのはいつだっけ。

 そんな事も忘れていた。

 合コンに行けば引き立て役、婚活しても箸にも棒にも引っかからない。仕事はブラック、まっくろけ。それでも働かなきゃ生きていけない現代社会。


紫村しむらさん、残業できるよね?」


 当たり前みたいに渡された期限が翌日までの仕事の資料。

 『どうせ男もいないんだから』

 そんな言葉が聞こえた気がした。

 誕生日。だからなんだっていうんだ。あの時計の短針が十二を指せば、なにかが変わるのか、ってんだ。

 悪態を吐きながらひとりカタカタとキーボードを叩く。


 あぁ、こんな世界もう嫌だな。

 自由になりたいな。

 もっと幸せになりたいな。

 親に孫の顔見せてあげられないのが残念だ。


 そんな事を思っている間に時計はあっけなく日付を変え、ようやく仕事を終えた私はとっくの昔に切られたタイムカードに目を落とし、深くため息をつく。


 あぁ――……。なんだか、とても、つかれた。


 ふ、と気が遠くなる。

 気がついたら線路の上。

 走り近寄るライトが私を照らす。


 あ、死んだ。


 そう思ったまでは覚えている。


 目が覚めると、金色の髪の男の人と、オリーブ色の髪の女の人が私を見ていた。

 なんだか、古めかしいRPGの鎧みたいなの着てるなぁ。なんだろ。夢かなぁ。


「大丈夫? ……ひとり?」


 自分の姿を検めると、幼い子供の姿をしていた。肌は浅黒く、長かったブラウンに染めた髪は黒く短くなっていた。

 そして、私はその『冒険者』の夫婦に拾われた。

 年齢はなんとなく五才だと思ったのでそう言った。


 現代社会のなにもかもすっとばして、私は異世界転生とやらをしたらしい。

 いや、異世界転移? よくわからないが、まぁ、ともかく。

 私はルツァ、という名をもらった。よくわからないが、この世界の昔の英雄の名前だそうだ。

 そして、夫婦の姓をもらった。

 ルツァ・アメジスト。

 それが私、紫村流歌しむらるかに与えられた新しい名前と、新しい人生。

 肌が黒いことなんてどうだって良かった。多少差別はされるけど、紫村流歌だった頃みたいに同じ人種同士で差別されるよりずっとマシだった。

 それに話せばちゃんとわかってもらえる。

 私は両親が冒険者を引退し、冒険者宿を開いてから教会の運営する学校に通うようになっていた。


 先生が黒板に書く文字は、何故が見慣れた日本語だった。それを疑問に思ったが、顔には出さない。おかげで言語学のテストだけはいつも高得点だった。これが異世界転生の強みというやつか。

 その日の授業は神話と歴史についてだった。


「今より二千年前、戦が絶えず、荒廃したこの大地、レフトナに降臨されたのが初代天の守護者である、オクタ様です。オクタ様は世界を巡り、各地に守護たる要を立て、そしてそれを守る、『守護者』を選定しました。男の守護者は陽の守護者、女の守護者は陰の守護者。火、風、土、水、金。そして陰と陽。それら全てがそろうことで、この世界に安寧がもたらされました。ですが、百の年月が経つと天の守護者様の命が尽きてしまいます。その瞬間、この大地であり、神であるレフトナ様がレフトナ様の代行者たる新たな天の守護者様が選定されます。そして再び要を守る守護者が選ばれるのです。もしかしたら、あなたたちの中から新たな守護者様が選ばれるかもしれませんよ」


 先生の語りに、クラスメイトがどよめいた。私は疑問に思い手を上げる。


「どうしました、ルツァ・アメジストさん」

「はい。次の守護者様は冒険者さんからは選ばれないのですか? 守護者様はええと、いろんなものと戦うんですよね?」


 先生はにっこりと笑う。


「いい質問です。確かに戦う素養のある方が守護者様に選ばれれば、要が危険に晒されることも少なくなるでしょう。ですが、全て天の守護者様の選ぶこと。例え屈強な戦士でも、知識ある魔法使いでも、天の守護者様との『繋がり』がなければ、五行の守護者様に選ばれることはないのですよ」


 はぁ、そういうものなのか。と私は思う。

 そして学校では色々なことを学べた。

 神話で語られる、英雄オクタと、その仲間たちの冒険譚。

 ルツァというのはオクタと旅をした初代の五行の守護者の名前であるということ。

 オクタを妬んだ火の陽の守護者が裏切り、しかし激闘の末に封印されたこと。これはかなり誇張が入っている気がした。

 水の陰の守護者サラ様は不老不死であり、今もシオの峰の麓で暮らしていること。

 この世界のインフラ整備を行ったのはオクタであること、この世界の現在の宗教はオクタを敬う宗教『オクタ教』が主であること。

 土着信仰の強い妖精族やビーストと呼ばれる半人半獣の種族はこの大地であるレフトナを神と崇める『レフトナ教』であることも多いこと。

 オクタの信者の中にはオクタの世界の古臭い衣服を好んで着る者も多いこと。

 ……その『古臭い』衣服は、私には見慣れた、三十五才の私が死んだ世界、時代のものに近い衣服であること。


 つまり、オクタも、私と同じような異世界転移者だった。

 オクタ……おそらく、正しい名前は『奥田』だろう。

 彼がこの世界を整えた。だから、この世界では日本語が共用語で、文字も日本語で書かれているのか。

 そして地理の授業で、この世界の地図を見た。

 見覚えがあるのにどこか違和感のあるその地図は……反転した、私の世界の世界地図だった。

 だから、この大地、レフトナでは太陽は西から昇り、東へ沈むのだ。地図の中、私が元々生まれた島国は、西の端の方にちいさくぽつんと佇んでいた。


 私は心臓がどくどくして眠れなかった。

 私の世界からこのレフトナに転移する者は他にもいたのだ。

 ……皆言わないだけで、皆がそうなのかもしれないと思うと、少し怖くなった。

 もしもここが死者の国ならどうしよう。

 けれど、日々過ごすうちに気にならなくなった。

 ここは現世で絶望した人がやってくる夢の国なのだと思うことにした。

 だって、寝起きするし、ご飯食べるし、トイレ行きたくなるし、当たり前みたいに普通に生活している。

 ……あと、気にするようになって気がついたことだが、オクタが整えたインフラは私の世界では常識と言えるようなことばかりだった。

 上水下水、電気はないけど、代わりの魔法結晶。

 魔法結晶で動く魔法道具は電化製品に限りなく近い。テレビはないけど、ラジオはある。魔法結晶は高級品だから、個人で使えるのは教会の偉い人だけだけど。

 けれどオクタが若かったからか、作るのが難しい電化製品や自動車みたいなものは作れなかったらしい。

 ……もしかしたら、あえて不要と考えて作らなかったのかもしれないけれど。

 だってこの世界には魔術がある。

 転移術もあれば、浮遊魔術もある。

 空も飛べるし、一瞬で瞬間移動できるのに、電車や車や飛行機は不要だろう。


 ……ともかく、オクタ教の学校で学んだ私はオクタ様はすごいんだ、すばらしいんだと教え込まれた。

 聞けば、オクタ様がこの世界に召喚された時、彼はまだ十六になったばかりの少年だったらしい。

 なのに、彼は己の正義と平等の心で、妖精族やビースト、そして人間に対する差別の心をほとんど取っ払ってしまった。

 それでも私が人から差別されてるのは……。


「……多分、私の喪女根性を悟られているから……へへっ」


 自虐的に笑い、はぁ、とため息をついて朝食を作る。

 生まれて三十五年と二十年経ちましたが、私は未だに彼氏がいません。

 これもきっと私の人生の運命なのだと諦めることにして、キッチンに立った。

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