表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歌う紫水晶亭の人々  作者: Bcar
歌う紫水晶亭での出来事。
19/32

01:要の修復と経験稼ぎ

 その日は朝から少し張り詰めた空気が漂っていた。いつもならモーナさんが指揮を取るのに、ハナさんが真面目な顔で言う。


「今日からいよいよ、本番になる……なります。要を修復する為にも、皆の力が必要です。……改めて言います。協力してください」


 ハナさんは辿々しくそう言って深く頭を下げる。それに答えたのはレティリックさんだった。


「やめなよ、ハナぁ。あんたは天の守護者でしょー? レフトナの代弁者はどんとしててくんなきゃ、おれたち困っちゃうよー?」


 あふ、とあくびを噛み殺す。それを聞いて、ゾフィーさんも大きく頷いた。


「そうですよ、ハナさん。皆で協力したら、あっという間に終わりますよ」


「レティリック……ゾフィー……ありがとう……」


 涙ぐんでいたハナさんはその目をごしごし擦り、少し息を整えた。


「……今日は土の要を修復に向かうことにしました。なので、土の守護者……ダニエル、ミア、ついてきて。モーナ、サポートお願い」


 呼ばれた三人が席を立つ。


「ハナ、なんで土からなんだニャ?」


 ミアさんが不思議そうに訪ねる。ハナさんは笑う。


「最初に会った守護者がミアだったからね。きっと土の要は重要なんだって思ったんだ」

「ミアを見つけたから……ってのが根拠になるのかわかんねぇけどな。土からってのは良い判断だ。一番レフトナ(大地)に等しい元素だからな」


 気怠げに言うダニエルさんにモーナさんが鼻を鳴らす。


「まぁ、ダニエルが飽きず守護者を務めている間に修復したい気持ちもわからんでもないがな」

「ケッ、信用ねぇなー、オレ」


 だらだらと会話を続けるふたりに私は包みを持って駆け寄った。


「モーナさん、これ、今日のお弁当です」

「む? 普段の包みと違うな?」

「どのくらい時間がかかるかわからないので……干し肉と、あとこっちは乾かしたビスケット。こっちはナッツの砂糖がけです。これなら多少は日持ちするはずですから」

「ルツァさん、ありがとう」


 穏やかに笑うハナさんは、少し不安げに見えた。……そりゃそうだよね。これからが本番なんだ、って本人が言っていた。けど、私にはこういうしかできないのだ。


「……いってらっしゃい。モーナさん。ミアさん。ダニエルさん。ハナさん。……皆さん、無事に帰ってきてくださいね」


 四人が転移魔術で土の大地に向かい、残されたメンバーもガチャガチャと戦闘準備を開始した。


「あれ、皆さんも出かけるんですか?」


 私がそう言うと、コークさんが自動式拳銃のマガジンを装填しながら言う。


「これからは戦いも激化するから、待機組もなるだけ仕事なりなんなりして、腕を磨けって、うちのリーダーが言ってたよ」


 ふむ、私たちの元いた世界のテレビゲームで言えば『経験値稼ぎ』、といったところか。


「真面目だよねぇ、あの子も」


 ジャケットの内側に隠してあるガンホルダーに銃を仕舞い、コークさんは苦笑いをして肩を竦める。

 パーティは四人編成。コークさんはクリスさんとマウロさん、ナナアールさんを連れて、冒険者ギルドに貼られていた少し離れた森に巣食う人食い蛇の退治の依頼を受け、旅立った。


「あたしらは近場だからお弁当はいらないよ。じゃ、行ってくるね」


 散歩にでも出るかのように仕事に向かったコークさんたち。残されたのはオリバーさん、レティリックさん、ゾフィーさん。


「おれたちもなにか仕事探しにいこっかぁ」


 レティリックさんが言うと、オリバーさんが頷いた。異論を唱えたのはゾフィーさんだ。


「でも、三人だけって危険じゃないですか?」

「なら……アマリア。手伝ってくれるか?」


 オリバーさんに話を振られ、アマリアさんが私? と自分を指差す。


「あー、アマリアさんなら丁度いいかも。おれたち、この辺り土地勘ないしねぇー」

「そうですね、お願いしていいですか? アマリアさん」

「別に断る理由もないけどさ。ちょっと待ってて、武器取ってくる」


 ふと思い出したように、オリバーさんが言った。


「……そういえば、アマリアの武器はなんなんだ?」


 アマリアさんが腕を伸ばし、つるを弾く真似をする。


「ショートボウだよ」

「なるほど、似合いだ」

「はは、お褒めの言葉と思っとくね」


 皆仕事に向かい、そうして、部屋はがらんとしてしまった。残されたのは、ヴィジーさんと私だけ。なんだか久しぶりな感じがする。


「ヴィジーさん、あぶれちゃったね」

「癒し手はクリスもゾフィーもいるだろう。我が出るまでもない。この街で急患が出た場合、我がいなくては話にならんだろうしな!」

「はぁ、そっすか」


 そんな軽口を叩いていた。

 ……その時は。


 昼食時の忙しさに時間はあっという間に過ぎ、夕暮れが迫り、東に傾いた日の向こうからオリバーさんたちが帰ってくる。


「山賊討伐のついでに兎を何匹か獲ってきた。皮剥や血抜きなどの下処理は向こうで済ませてきたが、調理できるか、ルツァ」

「野うさぎですか!? うーん、この大きさならローストがいいかなぁ……」


 マスタードソースが合うだろうか、などと考えていたら、再びドアベルが鳴り響いた。今度はコークさんたちだろうか。そう思っていた。それは正しかったのだが、いの一番に入ってきたコークさんから想定外の言葉が飛び出した。


「ルツァちゃん! ヴィジーくん呼んで! 急患!」


 血相を変えたコークさんの背中には、酷い顔色を顔をしたクリスさんが乗っかっていた。


 ひとまずソファに寝かされたクリスさんは、荒い息で必死に呼吸をしようとしている。額を触ると、熱が酷く、私は慌てて濡れタオルを彼の額に当てる。白い肌が、一層白く見える。


「ナナアールさん、何があったんですか?」

「人食い蛇の討伐は簡単に終わったの。けど、場所が蛇の森ってだけあって、色んな蛇がいて……毒蛇バイパーが藪にいたことに気が付かなかったのよ。それにコークが飛びかかられて、気がついたクリスが庇って……ご覧の有様」


 憎々しげにクリスさんを見下ろしてコークさんが言う。その目に、うっすら涙が浮かんでいる。


「クリスくんの馬鹿。なんであたしなんか庇ったの。あたしは『蜘蛛』だから大抵の毒には耐性があるのに。あんたみたいなひよっこに庇われなくったって……」


 クリスさんがうすく目を開く。


「……でも、コークが、痛い思いをするのは、嫌だった」

「……本当に、大馬鹿。癒し手が倒れてどうすんのさ」

「ごめん……」


 ばたばたとエプロンをかけたヴィジーさんが医療具の入った鞄を持って階段を降りてきた。手にはいつもの白い手袋ではなく、医療用の手袋が着けられている。


「ルツァ、店を閉めておけ。死んでないな、クリス少年。熱があるのは上々だ。体が生きようとしている証拠だからな。少し手荒い治療になるぞ。我の治療方針で麻酔はせん。我慢しろ。ゾフィー、いるな? 貴様も癒し手ならば少し手伝え」

「はっ、はい!」


 そう言うとヴィジーさんは細い薪に清潔なハンカチを巻かれたものをクリスさんに噛ませる。私は慌てて店を閉店にした。

 よく研がれたメスを取り出し、クリスさんが蛇に噛まれた右腕上腕部に当てた。ぷつ、と皮の切れる音がする。


「毒はある程度血管からは抜かれているな。コークの処置か。応急処置にしては上等だ。さすがは『蜘蛛』といったところか。だが、筋繊維にまだ少量毒が残っている。こいつはそこから化膿し、壊死し、下手をすれば腕を切り落とさねばならん、恐ろしい毒だ。だから、早いうちに毒の回った筋繊維を切り取る。少年、少々痛むだろうが、男だろう。我慢しろ」

「んんんんん!!」


 淡々と説明をしながら、処置は行われる。クリスさんはヴィジーさんの容赦ない治療に悶えていた。メスで手早くクリスさんの腕の変色した肉を削ぎ、あふれる血液はゾフィーさんが即座に清潔な布巾で拭い取る。痛みで暴れそうになるクリスさんを押さえつけながらも手早い造作で傷口を縫い合わせ、ヴィジーさんが魔術の詠唱を始めた。


「酷寒の冬の風、甘くなりし時を思い出せ。命芽吹き、汝の命は再度立ち上がらん」


 詠唱が終わると傷口が淡く光り、溢れていた血液は止まる。痛みも引いたようで、クリスさんの荒い呼吸は少し和らいだ。


「毒の回っていた部位は全て取り除いたが、念の為血清を打っておこう。あとは血止めと化膿止めにヨモギの軟膏を塗って……よし」


挿絵(By みてみん)


 注射を打ち、薬を傷口に塗り込み、包帯を巻き、ヴィジーさんはすくっと立ち上がる。


「処置は終わったぞ、料金は五千ゴールドだ、コーク」

「お金取るの!? ヴィジーくんのケチ!」

「何を言う、我はこれで飯を食っているのだぞ? 同じ宿のよしみで今後も病状を診てやるのだから、安いものだろう」

「ちぇっ、もってけドロボー! 釣りはいらねえや!」


 江戸っ子口調でコークさんがお札を投げる。ひらりと舞う一万ゴールド札を受け取り、ヴィジーさんはにっと笑い、「毎度」と言った。


 私はその姿をただ呆然と見ていた。……ヴィジーさん、本当にお医者さんなんだなぁ。


 ヴィジーさんがかつかつとこちらに歩み寄る。治療を済ませたばかりのヴィジーさんからは、消毒薬や薬草、そして少し血の匂いがする。


「……ルツァ、随分と我に見惚れていたな。ふふふ、ようやっと我の素晴らしさに気がついたか? 仕方のない女だな、まったくもう」

「は? ……は!?」


 見惚れていた!? 私が!? このトンチキエルフに!?


「ほら、ルツァ、兎が焦げていくぞ」

「あ、やっば、……あっつゥ!!」


 ヴィジーさんに指摘され、慌ててミトンも着けずにオーブンに触れてしまった私は、そのまま彼に馬鹿にされながら軽い火傷の処置をしてもらう羽目になったのだった。


 少し焦げたうさぎのローストのマスタードソースかけは皆の胃袋に無事収まり、クリスさんは手荒い治療の代償に、私の作った卵粥を『コークさんに』食べさせてもらうという役得を得た。

 図らずとも全員が何らかの経験を得た一日は、こうして過ぎていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ