17:最後のピースと新たな冒険とあまり関係のない人たち
ナナアールさんが来てから数日。
モーナさんの目に隈ができている。
あぁ、またハナさんの『縁』がわからなくなったのか……。今では事情を飲み込んだ私は黙ってコーヒーを差し出した。
「……お疲れ様です、モーナさん」
「……いや、うむ、仕方ないことじゃがな。『向こう』のハナの縁が希薄じゃからこそ、この機にレフトナはハナを天の守護者に選定したのかもしれん」
この機、というのはよくわからなかったが、ともかくハナさんは選ばれるして選ばれたらしい。確かにオクタとまったく同じ時代、同世代の子が選ばれるなんて、なんだか特別な感じがする。
「残りひとり……。仕方がない。最後の手段を使うか……」
モーナさんはコーヒーを飲み干し、ひとつため息をつくと席を立った。
晩ごはんが終わり、皆まだ席でだらけている。
お酒を酌み交わすダニエルさん、オリバーさん、コークさん。
マウロさんとクリスさんが何か話をしている。
ナナアールさんとゾフィーさんとハナさんとミアさんも何か話をしているようだ。
ヴィジーさんはいつもの席で食後の紅茶を楽しんでいる。アマリアさんはデザートに、とヨーグルトに蜂蜜をかけて食べていた。
各々好きな行動を取っている中、モーナさんが椅子から降りてほこんと咳払いをした。
「あー、すまんが皆の衆、少し聞いてくれ」
皆の視線がモーナさんに集まる。アマリアさんが声をかけた。
「モーナちゃん、私とこれ、席外したほうがいい?」
「これとはなんだ、ミス・アマリア?」
これ呼ばわりされたヴィジーさんが少しむっとしているが、モーナさんは首を横に振る。
「いや、いてくれて構わん。お主らは既に事情を知っておるからな。……で、守護者集めに関してじゃが、とうとうハナからの糸が途絶えた」
それを聞き、ハナさんは力なく笑った。
「はは……そりゃそうだよ。だって私なんか……こんなに集まったのが奇跡なくらいで……」
「が!」
モーナさんが語気を強め、ハナさんの言葉を遮る。
「お主たち、ハナと同じように、このレフトナにおいてイレギュラーな存在がおることを忘れてはおわんか?」
「……いれぎゅらー、って何だニャ、ダニー?」
ミアさんが隣に立つダニエルさんに訊ねた。ダニエルさんは少し考えて、こう答える。
「んー、『不規則』、っつーか、この場合『想定外』の存在って言ったほうが近いか。つまり、この世界の理から外れてる存在ってことだろ、ババア?」
「うむ、この世界の寿命から外れ、常に宿命を背負い続けて生きておることをオクタに指定された存在、つまり『儂』じゃ。じゃから、儂は常に『天の守護者の関係者』という縁を持ち続けておる。よって、儂と縁のある者から最後のひとりを選定する」
「モーナ婆の縁……?」
不思議そうにコークさんが顎を触る。
「考えてもみよ、延々と転生を繰り返しておるが、生まれたばかりの幼子がすぐに『サラ』として生きられるとでも思うか? つまり、『サラ』を育てる役目を負った存在。代々『サラ』に仕えるお目付け役がおる。現在その任を請け負っておるその男を、此度の最後の守護者としよう」
そう言うと、モーナさんは指笛を吹く。甲高い音はどこまでも響いていくようだった。秒も経たないうちに、ドアベルが鳴った。そこにいたのは、若草色の長髪をやんわりと結い、菫色の瞳をしたエルフの青年だった。少しタレ目で、ぼんやりした印象を受ける。背中に矢筒と弓を携えている、いかにもな『エルフ』だった。
「なぁにぃ? サラ。おれ、裏方じゃないのぉ?」
「緊急事態じゃ。これも使命と思ってくれ」
モーナさんがそう言うと、彼は気怠げに頷いた。
「んー……わかったぁ」
「あと儂のことは肉体の名で呼べ」
「はぁい、モーナ」
……見た目通りの喋り方をする人だなぁ……。
モーナさんがその人を跪かせると、その額に手を翳し、なにか詠唱する。
「汝、レティリック・シルバ。天の守護者、ハナ・クラゲに従うならば、その色を示せ」
レティリックと呼ばれたそのエルフのお兄さんの体が薄く光る。青い。空のように青い光だった。
「青き光を持ちし男、レティリック。汝を風、陽の守護者とレフトナは定めた。守護者選定はこれで終了とする!」
ほう、と誰かが息を呑む音が聞こえた。
「えーと」
エルフのお兄さんが頬をかりかりと掻きながら立ち上がる。
「サラの後見人の一族、シルバの当主、レティリックです。まだまだ若造ですけど、よろしくおねがいしまーす。冒険者登録すると、狩人になる……のかな?」
レティリックさんはキョロキョロと回りを見渡す。視線の先にはハナさんの『守護者』さんたちがいた。
「守護獣、聖騎士、僧侶、ハーフドワーフ、ただの村娘、精霊女王の護衛、ただのビースト、『蜘蛛』。うん、変わった縁。オクタみたい」
「……私、オクタじゃないよ。えっと、レティリック」
俯くハナさんに、レティリックさんが優しい声色で言う。表情は変わらないが、微笑んでいるような声だった。
「うん、知ってる。でも、同じくらい、大変そう。おれ、君のことも頑張って守るね、ハナ」
穏やかにレティリックさんが言うと、ハナさんの表情が驚きに変わる。それを見て、レティリックの目が少し笑顔に変わった。
モーナさんがぱんぱんと手を叩いた。
「さぁ、これで守護者は無事に選定された! 我らの戦いはこれからじゃぞ、いいな、ハナ!」
「う、うん!」
それを聞いて不思議に思った。守護者を決めたら、あとは『要』を守るだけじゃないのか?
「『二千年目のイレギュラー』か。本当にハナはオクタの再来かもしれねえな」
笑いを噛み殺しながら言う、ダニエルさん。私は思わず訊ねてしまった。
「えっと……まだ、やらなきゃいけないことがあるんですか?」
ダニエルさんはなんでもないように答える。
「あぁ、各地の要はもう『ない』んだ。だから怪物共も大手を振ってそこらを暴れまわってる。つまり、『魔王エイブ』が復活してんだ。俺たちはこれからエイブの手をかいくぐりながら『要』を修復して回らなきゃならねえ」
……けろり、と、とんでもないことを言ってみせた。
……え? 魔王、って、初代の火の守護者で、オクタと揉めて、シオの峰に封印されたっていう……? 伝承上の存在じゃなかったのか!?
「新聞にはない情報だな、ダニエル。機密情報ではないのか?」
少し不機嫌そうな声のヴィジーさんが言うと、ダニエルさんはひらひらを手を振った。
「おう、機密も機密。俺たち守護者以外は知ることもねえ。でも、ここが俺たちの拠点だ。密談を続けるのも限界がある。いずれバレるなら、今言っといたほうがいいだろ、ババア?」
話を振られたモーナさんは頷いた。
「うむ。幸い、この店は食事時以外は客が少なく、ヴィジーもアマリアも、店主であるルツァも口外はせんだろう。まぁ、万が一したら……」
「おれが殺すけどねー」
笑ってレティリックさんがとんでもなく物騒な言葉を繋いだ。な、なんてこった。とんでもないことを聞いてしまった。
「なるほど、サラ様のお目付け役はそういう役目も仰せつかってる、と。気が合いそうだね、レティ、って呼んでいいかな?」
コークさんがそう言って笑って手を指し伸びた。レティリックさんがそれを握り返しながら笑う。
「あはぁ、『蜘蛛』みたいに大手さんと同業なんて光栄だなぁー。あなたのコードネームは?」
「ふふ、うちのギルドがコードネームを使ってることも知ってるんだね。あたしは『コーク』。好きに呼んで」
「わかったぁ、コーク」
物騒なふたり組が仲良く話しているのを横目に、モーナさんが腕を組んで胸を張る。
「まぁ、お主たちはそんなことはせんと信じておるよ」
そう言って、にっこりと微笑む幼い姿のモーナさんこそ、魔王に見えた。
そしてハナ一行は世界を救う旅を改めて始めることになるのだが……、私は。
「わ、私は美味しいご飯とお酒を用意して待ってますね! えっと、皆さん、頑張って!」
普段どおりの仕事を、毎日するだけなのだ。