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歌う紫水晶亭の人々  作者: Bcar
閑古鳥の鳴く冒険者宿に集う人々
17/32

16:オトナの恋愛模様

 朝ごはんも終わって、お皿を洗う。

 ヴィジーさんはいつもと同じように新聞を読んでるし、アマリアさんも仕事を探しに行ってしまった。

 ハナ一行は……ミーティングの真っ最中のようだ。


「今日のメンバーは、ハナ、儂、ミア、オリバー。以上じゃ」


 ミアさんは久しぶりのご指名にはしゃいでいる。オリバーさんは愛用の武器である斧を取り出し、ハナさんも片手剣を携える。


「早ければ今日中に帰れるじゃろう。会うのは……オリバー、お主の縁者らしいからのぅ」

「……俺の?」


 怪訝そうな表情をするオリバーさん。不思議そうにそれをクリスさんが見つめていた。


「……ご血縁者か、何か?」

「いや、クリス殿。俺に血縁者はいない。人間からもドワーフからも疎外されていたからな……」

「あ、ご、ごめん。オリバーさん」

「いや……構わない。……あ」


 オリバーさんは思い当たった人がいたのか顔を上げる。しかし、同時に表情は曇ってしまった。


「……あのひとか……。まいったな」


 気を落としたようにしょんぼりしてしまったオリバーさんの肩を私はちょんちょんと叩く。手の包をよっつ、手渡した。


「……竹の皮? なんだ、これは?」

「日帰りだって聞いたので、急ぎですけど作りました。お弁当におにぎりを。お昼に皆さんで食べてください。こっちが塩むすび、こっちが昆布、こっちがカツオです」

「……あぁ、昼食か。ありがとう、ルツァ」


 オリバーさんは少しだけ笑顔になる。オリバーさんが包みをモーナさんに渡すと、モーナさんも笑っていた。


「いつもすまんのう、ルツァ」

「気にしないでください。やりたくてやってるんですから」


 そしてハナさんたちが旅立ち、ばらばらと

メンバーは各々の行動を取り始める。


「ヴィジーさん、今日もご指導お願いします!」

「フハハ、クリス少年は勉学意欲が高いな! 流石この我の弟子だ! よし、今日は人間の急所と、毒物に侵された時の応急処置を教えよう! 部屋に行くぞ!」

「ハイ!」


 クリスさんはヴィジーさんにすっかり懐いている。ふたりで二階に上がる後ろ姿を見ながら、種族も違うのに兄弟みたいだなぁ、なんて思っていた。


 カウンターの私の正面にダニエルさんとマウロさんが座る。初めは気が合わなさそうだと思ったけれど、真逆な性格だからこそかどうかはわからないけれど、気がつけばなかなか仲良くなっていた。


「マウロくん、オリバーのあの反応どう思う?」

「どう、とはどういう意味だ、ダニエル?」

「昔の女かとちょっと思ったんだが、なんか違う気がしてな」

「やれやれ……そんな話か。オリバーだっていい年なんだ。後ろ暗い過去のひとつやふたつあるんじゃないか?」

「んー……後ろ暗い、ってのも、なんか違う気がしてな。例えばだけど、親にたまには顔を見せろと言われたみたいな?」

「親……しかし、オリバーは確か孤児であろう?」

「でもガキンチョひとりで生きてけるほど、妖精界ってのも甘くはねぇぞ? あ、姐さん、コーヒーくれるか」

「店長、私も同じものを」

「はーい、少々お待ちを」


 コーヒーミルを挽きながら、私は青年たちの話し声が気になってしまって、そっと聞き耳を立ててしまう。


「そういえばダニエルも孤児だったか。ビーストでは孤児はどういう扱いになるんだ?」

「孤児っつっても、オレはおたくの狂信者に親を殺されてるしなぁ。しかもこんな見た目だろ? でもまぁ、オレよりはオリバーはまだマシだったんじゃねえかな。少なくとも自分を捕らえようなんて奴はいねえんだし」

「……そうか、お前は苦労をしてたんだったな」

「へっ、そうでもねぇさ。ミアの親御さんに助けられてからはそれなりに幸せだったしな。お前だって大変だったろ? いつからオクタの教会にいるんだ?」

「俺が修行を始めたのは十二の時だ。聖騎士の称号をもらったのはほんの先日だからな」

「十二から……って、六年近くも修行しなきゃなれねえのか、聖騎士ってのは? ご苦労なこった」


 ふたりの前にコーヒーで満たされたふたり専用のマグカップを置く。ダニエルさんのは枯れ木の絵が描かれた白いカップ、マウロさんには青のストライプ柄のカップ。


 皆好きな柄のカップを陶器市で買ってきたのだ。ハナさんはクリーム色一色のシンプルなもの、コークさんは赤い水玉模様、クリスさんは水色のボーダー柄、モーナさんは赤いラインにリボンの絵があしらわれているもの、ゾフィーさんはトライバル風の狼のイラストが描かれたもの、ミアさんは青い魚のイラストがたくさん描かれたもの、オリバーさんは黄色一色のシンプルだが派手なもの。

 なんだか柄から皆の性格が垣間見えて、楽しくもなるが、それ以上に洗う時は慎重になってしまう。けれど、このカップが皆この宿にいてくれるのだと実感して、嬉しくなってしまう。不思議な気持ちだ。

 それに合わせるようにヴィジーさんやアマリアさんも自分用のカップを買ってきた。ヴィジーさんは白に細かなボーダーラインのたくさん描かれたもので、アマリアさんはオレンジの花柄だった。


 私が物思いにふけっている間にもふたりの会話は続いていく。


「いや、ダニエル。最初は失礼したな。お前の生い立ちも立場も考えずに」

「はは、気にしてねえよ。オレが不良守護獣なのは否定しねえしな。オレこそ悪かったよ。お前にとっちゃ、苦労して勝ち取ったモンだもんな、その聖騎士って称号は」

「……まぁ、修行は厳しかったが……その結果ハナ様に出会えたと思えば……」

「おぉ、アツいアツい。ハナに振り向いてもらえたらいいなぁ」


 けらけら笑うダニエルさん。……そういえば今は彼はフリーなんだっけ。ゾフィーさんって手近な女の子がいるのに手を出さないのは、好みじゃないからなのかなぁ……と思っていたら、その疑問はマウロさんが聞いてくれた。


「ダニエル、お前はゾフィーさんの気持ちには気がついているだろう? 応えないのか」

「応えるかよ。これから百年以上付き合いが続くんだぜ? なんかあって別れた女とそんなに顔を合わせる羽目になるなんてゴメンだね」

「別れること前提なのがお前らしいな」

「当たり前だろ、本気の恋愛なんて面倒くせえモン、するわけねえだろ。オレはマウロくんみたいに一途でも真面目でもないからな」

「俺にはそうは思えないが……」

「本人がそうだって言ってんだ、そういうことにしとくのが大人の男だぞ、マウロくん」

「そ、そうか。失礼した」


 大真面目に謝るマウロさんに、ダニエルさんは笑い飛ばすだけだ。


 いつの間にか日は高く登り、私は昼食の支度に取り掛かる。


「お、姐さん昼飯か。今日はなんだ?」

「朝ごはんで使ったご飯が残ってるので、野菜でかさ増ししてピラフにしようかと。何かリクエストがありますか?」

「いや、それでいいよ。姐さんの飯はなんでも美味いからな。な、マウロ」

「ええ、店長の料理の腕には感服しました」

「酒も美味いんだぜ? マウロくんがあと二歳(トシ)食ってくれたら一緒に飲めるのになぁ」

「……守護者として、正式に動き始めたら年齢なんて関係なくなる。その時でいいか? ダニエル」

「はっ、真面目だねぇ、マウロくん」


 エビの下処理をしながら微笑ましく聞いていると、とんとんとん、と階段を降りてくる音が聞こえた。そちらを向くとゾフィーさんがメジャーを手にしてダニエルさんに駆け寄ってきた。


「ダニエルさん、ちょっと採寸していいですか?」

「え、何。何で?」

「寒くなる前にセーターを編んであげます!」

「いや、オレ羊毛とか着られねえから。それにこれでもビーストだぜ? 冬になりゃ冬毛になって暖がとれる」

「えぇー……」


 ゾフィーさんのあからさまなアプローチもさらりと躱す。やっぱりダニエルさんは色恋ではそれなりに経験値が高いんだろうなぁ。

 ……私も好きな人にマフラーを、とか考えてたっけ。もちろん前世の学生の頃の話だし、渡す勇気がなくて自分でつけることになったんだけどさ。

 野菜も切り終わり、昨夜の残りのコンソメスープを温めながらそんなことを考える。

 エビと野菜を炒め終わり、白ご飯を混ぜ入れ、コンソメスープを少量入れ、蒸す。十分に炊き終わってから、バターを入れて炒めながら馴染ませれば完成だ。


「マウロさん、ご飯できるんで、上にいるクリスさんとヴィジーさん呼んできてくれますか」

「わかりました」


 すっと席を立ったマウロさんのいた場所に、さも当然と言わんばかりにゾフィーさんが滑り込む。流石にダニエルさんの表情が引きつった。


「どーしても着てくれないんですか?」

「ゾフィー、オレの戦闘スタイル知ってるだろ? すぐズタボロになるかもしれねえのに、もらえねえよ」

「そしたらまた編みますよ!」

「ダニー、もう観念して貰っちゃえばァ?」


 テーブル席にいたコークさんからそんな声がかかる。しかし、ダニエルさんに『いらんことを言うな』と言わんばかりに苦虫を噛み潰した表情で返事をされ、肩を竦めた。


 昼食はキレイに食べてもらって、ご飯粒ひとつも残っていない。私が最後の洗い物の大きなフライパンをごしごし洗っていると、ドアベルが鳴った。顔を上げるとハナさんが立っている。


「あ、おかえりなさい! 首尾よくいきました?」

「うん、ありがとうルツァ。おにぎり美味しかったよ」

「良かったです」


 ゾフィーさんはまだ諦めていないのか、メジャーを手にダニエルさんに絡みついている。ダニエルさんはそれから逃れようと身を捩る。続けて入ってきたモーナさん、そしてオリバーさんとミアさん。最後に入ってきたのは……。


「げ」


 最後に入ってきた紫色の長い髪を編み込んだヘアスタイルに、ボンテージのような黒い革のミニワンピースの上に鎧を纏った、レイピアを携えたセクシーなエルフの女性と、ダニエルさんの声がシンクロした。


「モーナ婆、悪いけどさっきの話はなかったことにして頂戴。私、クイーンの元に戻るわ」

「そうは行くか。もう契約は済んでおるのに」

「短い間だったがハナ。オレも聖地に帰らせてもらう」

「え!? こ、困るよ、ダニエル! ミアだって悲しむよ?」

「この男と長い間一緒にいなきゃいけないなんて聞いてない!」

「こんな勝手な女と共闘するなんざ御免だ!」


 エルフのお姉さん、そしてダニエルさん、ふたりは同時に、同じようなことを叫んだ。


「……事情を聞かせてもらおうかの。ルツァ、紅茶を三人分」

「は、はい!」


 こうして急遽三者面談が始まった。


挿絵(By みてみん)


 テーブルに紅茶の入ったマグカップふたつと、来客用のカップがひとつ並ぶ。残ったお茶の入ったティーポットをテーブルに残し、私はそそくさとカウンターの向こうに逃げ帰った。二階に追いやられた他のメンバーは階段から様子を伺っている。


「で、お主ら、どういった関係じゃ?」

「関係らしい関係もないわ。ただこの男が最悪だって知ってるだけ」

「勝手に惚れて、勝手に振ったのはそっちだろ、ナナ」

「フン、あんたがいるなんて知ってたら、オリバーの頼みとはいっても断ってたわよ」

「儂は、お主らが、どういう関係かと、聞いておるのじゃが?」


 ……モーナさんの圧が凄い。見た目は小さい女の子なのに、やっぱり最年長なんだなぁ……。観念したように紫のワンレングスに長く伸ばし、後ろ髪を編み込んだエルフのお姉さん、ナナアールさんが口を開いた。

その若草色の目は少し潤んでいる。


「……五年前、妖精族わたしたちのクイーンが聖地を訪れてモーナ婆と前任の天の守護者様が会談したことがあったでしょう?」

「うむ、あったのう」

「あの時にこいつと会って、少し話をしたの。私、すっかり騙されたわ。ダニエルってば、外面いいでしょ?」

「ひでー言われようだな、おい」

「その時私もフリーで、でもクイーンの元からは離れられない、だから聖地にいるような人なら気軽にまだ会いに来れると思ったの。それで付き合って、って言ったのね」

「オレ、ちゃんと断っただろ?」

「ダニエルは黙ってて! ……まぁ、言われたとおり振られたんだけど、私諦めきれなくて、でも、その夜にクイーンの守護を任されてて。代わる代わるクイーンと対面する守護獣様たちを見送って。最後に来たのがこいつだったの。で、私、いけないとは思ったんだけど、その様子を覗いてて」

「ふむ? そしたら何があったんじゃ?」

「この男、こともあろうかクイーンを口説いてたのよ! 手を取って、口づけを……」

「ほー……?」


 モーナさんから蔑むような目を向けられるダニエルさん。彼が言い訳でもしようかとしたのか、口を開こうとした瞬間、どんがらがっしゃん、と階段の方で音がした。何事かとそちらを見ると、オリバーさんが崩れ落ちていた。


「す、すまない。話を続けてくれ」


 そう言ってオリバーさんはそそくさと元いた位置に戻っていく。

 ……改めて、ナナアールさんが口を開く。


「よりもよってクイーンを、って。私このレイピアでこの男をクイーンから引き剥がしたの。私が振られたことよりも、クイーンに色目を使ったのが許せなかった」

「だから、あの時も言ったろ、挨拶しただけだって。クイーンもお許しくださったじゃねえか」

「それはクイーンが寛大だからよ! 不敬にも程があるわ! それで言ったの、あんたに言ったこと、全部撤回するって!」

「まぁ、そんな感じだよババア。それでオレは一方的に惚れられて、一方的に振られたってワケ。勝手な女だろ?」

「……ふむ」


 モーナさんは腕を組み、なにやら考え込んでいる。


「ナナアールよ。瞬間的にとはいえ、この馬鹿に好意を抱いたのは否定せんな?」


 ナナアールさんは少し怯みながらも、小さく頷く。


「ダニエル、ナナアールを振ったのは何故じゃ?」

「そんなもん、本気になりそうで怖かったからだよ」


 大真面目に言うダニエルさんの声には真実味が強く、ナナアールさんも驚いたらしかった。


「……そうなの、ダニエル?」

「オレは本気の恋愛は次で終わりにするって決めてんだ。オレは守護獣で、聖地から出られねえ。その上、相手が種族も違うなんて、どう考えても悲恋にしかならねえだろ?」


 大げさに肩を竦めて、ダニエルさんは煙草を咥え、手元にあったマッチで火を点ける。肺いっぱいに吸い込んだ煙をため息の代わりと言わんばかりに吐き出す。


「……ふむ、やはり金の守護者はナナアール以外にありえんな。ハナの友人たりえたミアの兄であるダニエルとも縁があり、ハナの恩師になりえたオリバーの養母でもあるなど、ハナとの間接的な縁が太すぎる。切りようがない。おそらく、ダニエルも、ナナアールも、ハナには不可欠な存在じゃ」


 ナナアールさんはぐうの音も出ないようで黙りこくっている。ダニエルさんは煙草を吸いきり、火を消して灰皿に吸い殻を落とす。


 どんがらがっしゃん、と落ちてくるのは今度はゾフィーさんの番だった。しかし、戻ることなく、ダニエルさんに駆け寄り、パーカーを握りしめてがくがくとダニエルさんを揺さぶる。


「ダニエルさん! そうなんですか!? 種族や立場の違いで恋が出来ないんですか!?」

「あー、そうそう。そうなの。だから出来ないの。遊びじゃないと付き合えねーの」


 ナナアールさんに対する発言に比べて、明らかに適当に受け流している。しかし、ゾフィーさんはそれでも十分だったらしい。


「……私は! 私はダニエルさんを諦めませんから! ダニエルさんの最後の恋の相手は、私ですから!」


 そう言って二階へ走り去っていくゾフィーさんを見て、ナナアールさんは少し呆気にとられたようにぼんやりしていたが、我を取り戻すと、少し冷めた紅茶を口にしてダニエルさんに言った。


「……あんなに狙われてるなんて、ダニエル、あんた本当に女運がないわね」

「はは、お前を逃した瞬間から実感してるよ、ナナ」


 苦笑するダニエルさんとナナアールさん。よくわからないが、話はまとまったらしい。彼と彼女の間に張り詰めていた空気も和やかなものになっていた。


「……大人の恋愛だぁ」


 ぼそり、と私が呟いたのを聞き逃さなかったのか、ダニエルさんが私に向かって笑いかける。


「姐さんにも味わわせてやろうか? どんな酒より酔わせてやるぜ?」

「本気の恋は次で終わりにするんでしょう? 遊びならお断りですよ」


 私がすっぱりとそう言うと、ダニエルさんはイタズラがバレた少年のように無邪気に笑って見せて、こういうところが女心をくすぐるのかもしれないなぁ、などと思ったのだ。

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