15:聖騎士マウロ
出し殻になった鰹節をからから炒める。みりんやお酒、砂糖と醤油を少しずつ入れながら、からから、からから。器用に箸を使う私をゾフィーさんは不思議そうに見ていた。
「店長さん、器用ですね。そのオハシっていうやつって西方でしか使われてないですよね?」
「あー、この宿、先代の頃は結構賑わってて、西方から来たっていうお客さんに教えてもらったんです。使えたら色々便利だよ、って」
嘘とも本当ともとれることを言いながらも、私は作業を続ける。今作っているのはカツオのふりかけ。白いだけのご飯が食べられないというミアさんに作っている。前もって熱湯で消毒しておいた瓶に詰めたら完成だ。
「こんな感じで、オクタの島の食事は食材をほとんど無駄にしないんです。出し殻の昆布だって佃煮にできますし、それだけでご飯がいくらだって食べられるんですよ。卵の殻だって肥料にしたり、洗剤の変わりにしたり……」
私が説明していると、ゾフィーさんはうんうんと頷きながらメモを取る。彼女が料理が好きだというのは本当らしい。色々と手伝ってもらってわかる。野菜の皮むきも魚の処理もあっという間に済ませてしまう。
ただ、彼女の故郷が割と簡素な食事が多く、手間のかかった料理をあまり知らなかっただけだ。
……それが愛しのダニエルさんをげんなりさせてしまったのだが。
今日は休暇、とモーナさんが言い、皆思い思いに過ごしている。ヴィジーさんは弟子ともいえる存在ができたのが嬉しいのか、自分の知識を分けてやるとクリスさんを連れて部屋に籠もり、ダニエルさんとコークさんは朝ごはんを食べ終わってから酒場フロアのテーブル席でカードゲームに興じている。
ミアさんは遊びに行ってくると外に走っていってしまった。初めは奇異の目で見られていた彼女だが、その人懐っこい性格で今ではこの街の人気者になっている。真面目なオリバーさんはじっとしていられないと言って、アマリアさんとギルドで仕事を探しに行ってしまった。何のための休みなんだかとモーナさんが呆れていたっけ。
そして私は朝の宿仕事が一段落し、こうしてゾフィーさんに簡単な料理を教えている。
カランコロンとドアベルが鳴る。仕事が終わったアマリアさんたちが帰ってきたのかと思って顔を上げる。しかしそこにいたのは。
「……思った以上に質素な宿ですな」
「おっ、オクタ教の聖騎士様!?」
この街では憲兵に近い仕事をしている騎士様に思わず背筋が伸びる。真っ青な鎧を纏い、金色のマントを靡かせ、濃紺の長い髪の毛を高い位置でポニーテールにした、涼やかな顔をした偉丈夫とも言える青年だ。年は二十前後だろうか。
聖騎士様はこちらに気がつくをぺこりと礼をする。
「これは失礼しました。こちらの店主、ルツァ・アメジスト様ですね。ご安心を。こちらにモーナ老師が滞在してらっしゃるとの事で、伝令を頼まれました」
……あ、そっか。オクタの聖騎士なんて高位の身分の聖職者なら、ハナさんやモーナさんがどういう人なのかわかるのか。
私が勝手に納得していると、聖騎士様の背後のドアが再び開く。
「む、マウロ殿ではないか。久方ぶりじゃのう」
散歩をすると言って出ていっていたモーナさんとハナさんが帰ってきた。
「これはモーナ様、職務お疲れ様で……」
マウロ、と呼ばれた青年が固まった。なんだろう? と視線の先を追うと、そこにはハナさんがいた。ハナさんも視線に気がついたのか、少し怯えたように目を伏せる。怯えさせたことに気がついたのか、マウロさんが慌てて視線を逸らして懐から書状を取り出す。
「し、失礼。モーナ様、騎士団長から通達です」
「ふん? あのハナタレ小僧が騎士団長とは、立派になったもんじゃな。どれ」
ぱ、と紙を広げ、ざっと流し見をすると、モーナさんは鼻で笑い紙をひらひらと落とし、踏みつける。
「ばあば、ばあばと懐いておったガキが、地位を持った程度で偉そうに。儂に指図するならばオクタをも超える神にでもなれと伝えよ、マウロ殿」
「し、しかし……」
あまり気に食わない内容だったのだろうか。マウロさんはその端正な顔を少し崩し困ったように手を胸に当てる。そこにはオクタ教の紋章が描かれていた。
……その印の意味を私は知っている。私が元の……紫村流歌だった頃に流行っていたソーシャルゲームのシンボルマークを簡素化したものだ。トライデントのようなその形は、きっとサインを、だとかとでも頼まれたのだろう。その時にオクタが適当に書いたものに違いない。深い意味なんてないマーク。けれども、今では救世主の象徴として崇められている。
モーナさんは少し何かを考えていたようだった。ちょいちょいとマウロさんに手招きをし、ハナさんから離れた位置でこそこそと話を始める。ここからだとそれが丸聞こえだった。
「マウロよ、ハナに惚れたか」
「なっ!?」
「隠すではない、隠すではない。これはお主にも、ハナにも、お主の尊敬する騎士団長殿にも光明であることじゃ。お主、守護者に相応しい。ハナの近くで彼女を守り、ハナの命が尽きるまで、ハナに仕えるのがお主に与えられた命運じゃ。騎士団長にもきちんと報告できるであろう? 守護者の選定は順調である、と」
マウロさんは顔を真っ赤にしていたが、それは彼にとってこれ以上ない口説き文句だったであろう。私の近くにいたゾフィーさんもととと、と小走りで近寄り、マウロさんとモーナさんの密談に参加した。
「騎士様、ハナさんが好きなんですか? じゃあ、近くにいた方がいいですよ! 今までの守護者様でも、天の守護者様と恋仲になった方もいらしたそうですし」
「うっ……」
ゾフィーさんとしては、ダニエルさんが『守らなければ』いけない相手が自分と同年代のハナさんなのは面白くないだろう。自分も彼女を守らないといけないのは承知の上だが、それよりも恋した相手と同じ時間を生きられる守護者になるという方がメリットがあったから、なったのだろう……と、私は想像する。ならば、恋敵になりえるかもしれないハナさんが他の男性と恋仲になってしまえばいいのだと思っているに違いない。
とどめはモーナさんの言葉だった。
「お主はハナに惹かれた。これは十分太い縁であり、そして、太い縁のあるお主は守護者に相応しい」
突然、マウロさんがハナさんに向き直り、跪いた。
「え? え?」
「天の守護者、ハナ様。我が名はマウロ。マウロ・ポリロード。オクタ教の聖騎士でございます。本日より我が主はハナ様、貴女です。たった今、モーナ様に守護者に選定されました」
「い、今!? モ、モーナ!?」
あわあわと混乱するハナさんを尻目に、モーナさんはふんふん鼻歌を歌いながら部屋へ戻っていく。
「さーて、正式にマウロ殿を守護者に選定したら、騎士団長の小僧に念話を送らねばなー。あやつのところの犬を一匹借りることも言っておかねば」
「モーナ!」
ハナさんの悲鳴にも似た叫びがむなしく響く。私はというと、マウロさんに宿帳に記帳をしてもらっていた。
「おーい、騎士くん。自分の部屋ができるまで、こっちでゲームしなよ。ゾフィーもハナも混ざんな。人数多い方が楽しいし」
気だるい声でコークさんが誘う。ゾフィーさんが嬉しそうにハナさんとマウロさんの背中を押してテーブル席へ向かう。
「そうそう! 仲良くなるには遊ぶのが一番ですよね、コークさん!」
「まぁオレは別にいいけどよ。お硬い騎士殿にギャンブルじみたカードゲームができるのかねぇ?」
「……賭けはしませんが、宿舎で仲間と遊びとして興じることはあります。……その髪飾り、レフトナ教の守護獣様ですか」
「おう、ダニエルだ。神の犬同士、せいぜい仲良くしようや、マウロくんつったか」
「文字通りの『犬』に言われたくありません。私は望んで神に仕える騎士ですから」
……なんか、マウロさんとダニエルさん、ギスってるなぁ……。相性良くないのかなぁ……。
一抹の不安を抱えながらも、私はマウロさんの部屋を整えるため、掃除道具とシーツを抱えて二階へ上がった。