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歌う紫水晶亭の人々  作者: Bcar
閑古鳥の鳴く冒険者宿に集う人々
15/32

14:恋するザワークラウト

 ナッツを炒る。砂糖を入れて、更に炒る。砂糖が溶けて固まったら、また砂糖を入れて更に炒る。黙々とそんな作業を続けている。


「地味な作業じゃのう、ルツァ」


 カウンター席に座り、新聞を読み終わったモーナさんが、ぼんやりとキッチンを見つめながらそう言った。


「こうすると保存食にもなりますし、これ、コーヒーやお酒にも結構合うんですよ」

「ほう」

「……ところで、ハナさんたち、遅いですねぇ」


 彼女たちを見送ってから、一週間は経とうとしている。

 こんなことなら、早めにこのナッツの砂糖がけを渡してあげたら良かった。まぁ、コークさんやオリバーさんみたいなサバイバル技術の高そうな人がついているから、お腹を空かせていることはないだろうけれど……。


「ううむ、先日コークと念話魔術を試みたときは、それらしき人間とはコンタクトを取れているらしいのじゃが、難航しておると言っておった。かといって、いつまでも儂が面倒を見続ける訳にもいかんしのう」

「モーナさん、歴代の天の守護者様のお目付け役なんでしたっけ? 何をするか導く的な……」


 私が砂糖でコーティングされ、白くなったナッツを新聞紙に広げながら訊ねると、モーナさんは小さく頷いた。


「うむ、先代の頃はすっかり老いておったのでな。あまり役には立てんかったのう。魔王を復活させようと企む馬鹿者共の相手をして任の間に死んだこともある。まぁ、その度転生しておるのじゃがな」

「何度も死の苦痛を味わうなんて……ちょっと嫌ですね。怖いですし」

「まぁ、慣れるものではないな。しかしルツァも不思議なことを言うのう。まるで自分も経験があるかのような口ぶりじゃ」

「はは」


 笑ってごまかす。けれど、モーナさんなら信じてくれるかもしれない。私がオクタの時代から来た転生者なのだと。けれど別に告白する必要も感じない。うちわでぱたぱたナッツを冷ましていると、外で何かが落ちる音がした。


「? なんでしょう?」

「どれ、見てこよう」


 モーナさんがぴょんこと椅子を下り、ドアを開ける。そこには折り重なるように倒れたハナさんたちがいた。


「なーにをしておる、コーク。転移魔術は慣れておろうが」

「いやー、こんな大人数の転移はじめてでさ、目測見誤っちゃった」

挿絵(By みてみん)

 一番下で潰れているコークさんがズレたサングラスを戻しながら照れ笑いをする。慌てて飛び退くハナさんやオリバーさん。少し離れた位置にいるダニエルさんと……その腕にしなだれかかるように抱きついている、桃色のロングヘアを低い位置でカントリースタイルのツインテールにした女の子。アイボリー色のワンピースに、鮮やかな緑色のベストを着ているその姿は、ただの村娘といった風貌だ。紫色の目をキョロキョロさせている。


「ダニエルさん、ここが拠点なんですか?」

「あぁ、まぁな……」


 その子がそう訊くと、げんなりとしたようにダニエルさんが答える。

 しかし、ダニエルさんの言葉を聞き終わる前に女の子は宿に入り、私に向かってぺこりとお辞儀をした。


「ゾフィーといいます。今日からハナさんの旅のお供をさせてもらうことになりました!」

「は、はい。ご丁寧に。店長のルツァです。えっと、じゃあ宿帳に記帳を」

「店長さん、私、料理が得意なんです! お手伝いさせてもらいますか?」

「いや、来たばかりのお客様にそんなこと!」

「姐さん、ゾフィーをキッチンに入れるなよ。もうザワークラウトはうんざりだ」


 ゆったり入ってきて口を挟んだのはダニエルさんだ。私は意を決して言う。


「ええと、ゾフィーさん。今日はオクタの故郷の料理を作るんです。作れますか?」

「オクタ様のお生まれになった場所のお料理……は知りません……」


 少ししゅんとさせてしまったが、これで大丈夫だろう。ちらりとダニエルさんに視線を送るとダニエルさんも安堵したように小さく頷いた。


「で、でも覚えます! そしたら、お料理してもいいですか!?」

「え? ええー……うん? じゃあ、覚えられたら……」

「よかった!」


 花が咲くように笑う。この子もハナさんと縁の深い守護者なのだろうか。年頃は同じくらいに見えるけれど。

 私はナッツの砂糖がけをどかしてキッチンを広くする。食料庫に入って材料をあれこれ見繕う。じゃがいも、人参、たまねぎ。お肉は買ってこないといけないなぁ。気がつくと隣にゾフィーさんが立っていた。


「うわ、びっくりした! ど、どうかしましたか?」

「何かお手伝いできることはないかと思って」


 ゾフィーさんは鼻息も荒く腕まくりをする。そんなこと言われてもなぁ……今日来たばかりのお客様を使うなんてできないし……。私が困っていると、カウンターの向こうからダニエルさんが声をかけてきた。


「姐さん、何か買い出しはないか? オレ行ってくるぜ。そら、ゾフィーも行こう。この街を案内してやるよ。市場の周り程度だけどな」


 それを聞くと、ゾフィーさんは目を輝かせて食料庫を出る。……私が困っているのを見て、助け舟を出してくれたのだろうか。ともかく私は買い物メモとお金をダニエルさんに預けた。


「じゃあ、お願いしますダニエルさん。領収書、お願いしますね」

「おう、任せとけ。ほら、行こうぜゾフィー」

「はい、ダニエルさん!」


 ドアベルの涼しい音と共に、嵐が去ったように店内は静まり返る。

 げんなりとテーブル席に臥せっているハナさんにアイスティーを差し出した。


「長旅、お疲れ様でした」


 私がそう言うと、ハナさんは力なく笑う。


「……旅っていっても、ほとんど、ゾフィーの家に滞在してたんですけどね。説得に時間がかかっちゃって」

「説得ですか?」

「ゾフィーは敬虔なオクタ教徒で、癒やしの術が使えて、村で唯一の癒し手だから、村を離れられないって」


 カラコロとストローで氷を鳴らす。氷はクリスさんが魔術で作ってくれたものだ。氷が手軽に手に入るようになって、更にドリンクメニューも増えて万々歳。クリスさんが宿にいるときじゃないと用意できないけど。

 アイスティーを飲みながらも、ハナさんのボヤキにも等しい語りは止まらない。


「毎日毎日、説得したんだけど、あぁ、もうだめかな、って諦めかけたんです。縁がなかったんだって。でも、ゾフィーの村にオークの集団が襲ってきて、私たち、村を守ることになって。ゾフィーは奥の教会で怪我した農夫さんたちを癒やしてました。コークがゾフィーのそばについて、護衛して、私達はオークたちを蹴散らして。……でも、スキを突かれたんです。オークを何体か、村に侵入させちゃって……。前衛で戦ってたダニエルが一番早くそれに気がついて、村に戻っていきました。私とオリバーは前線を崩す訳にはいかないから、動けなくて。だから、中で何があったのか知らないんです。でも、オークを蹴散らしてゾフィーのいる教会へ入ったら……オークの死体と、呆れたみたいに立ってるコークと、ダニエルと、……ダニエルに抱きついてるゾフィーがいました。それで、あっさり、ダニエルがいるならついてくる、って言い出して……」

「はぁ……?」

「……ゾフィー殿が言うには、ダニエルは身を挺して自分を守ってくれた『王子様』らしい。惚れたんだな、要するに。ハナ殿に向かって『あなたのためじゃありません』ときたもんだ」


 ハナさんのぼやきが終わろうとした頃、斧を壁に立て掛け、ソファに座るオリバーさんが付け足すように言った。


「えぇ……? で、でも、ゾフィーさんも守護者様なんですよね? そんなので大丈夫なんですか?」

「恋のライバルとしての縁、もありえるってモーナが……って、え? ルツァさん、守護者って今……」


 困惑するようにモーナさんと私を交互に見るハナさんに思わず笑ってしまった。そして言う。


「あ、大丈夫です。旅の事情、モーナさんから聞きました。大丈夫です、口外しませんから」

「人数も増えてきて、もう隠す必要もないと思ったのでな。大丈夫じゃ、ヴィジーもアマリアも知っておる」


 モーナさんがナッツの砂糖がけをつまみ食いしながら言う。私は再びナッツに伸びてきたモーナさんの手をぴしゃりと叩きながら言う。


「だからって特別扱いしたりしませんし、今まで通りです。手伝ってもらいたかったら手伝ってもらいますし、ヴィジーさんやアマリアさんと同じお客様です。モーナさん、もうすぐ晩ごはんなんだからつまみ食いしない!」

「ちぇっ」


 私は食料庫からかんなと鰹節を持ってきて、丁寧に布巾で拭いカビを落とし、かんなに鰹節を当てる。見様見真似で記憶にあるように鰹節を削ろうとした。しかし、粉になるばかりでうまくいかない。それを見ていたオリバーさんが近寄ってきた。


「……こいつを削ればいいのか?」

「オリバーさん、できます?」

「あぁ、大丈夫だと思う。やらせてくれ」


 オリバーさんは慣れた手付きで鰹節を削る。見慣れたふわふわの削り節がはらはらと下の箱に落ちていく。


「削るのはいいが、これはなんだ?」

「えっと……煮干みたいなものですよ。カツオって魚を乾かして作るんです。でも塊のままじゃ使えないから、こうして削って使うんですよ」

「確かにいい香りがするな。大工道具が調理器具になるとは思わなかったが」

「あるものはなんだって使うのがオクタの島の信条なんですよ、多分。あ、量はある程度でいいですよ。昆布との合わせ出汁にするので。ふふ、ハナさん。今日の副菜は肉じゃがですよ。糸こんにゃくはないですけどね」

「肉じゃが? 嬉しいです! ずっとパンとザワークラウトやウィンナーばっかりで飽きてたんですよ。ゾフィー、料理は上手なんだけど郷土料理しか作れないから……」

「あー、それでダニエルさんあんなこと言ったんですね……」


 ゾフィーをキッチンに入れるな、の意味をやっと理解した。同時に少しゾフィーさんが可哀想になった。きっと特技で好きな人に喜んでもらいたかっただけだろうに。


「……ゾフィーさんがいろんな料理、作れるようになれば、皆の旅の食事も充実します……かね?」


 ぽつりと私が言う。ハナさんはきょとんとしていたが、小さな声で「そう……かも」と肯定の声を上げた。


「……私も作れるもの、限られてますけど。この宿に慣れたら、積極的にゾフィーさんにもキッチンに立ってもらいます。私の作れる食事のメニューしか、教えられないけど、少しはレパートリーが増えると思いますし」


 私の言葉に、ハナさんが困惑の声を上げた。


「いや、それはありがたいけど……ルツァさん、平気? 門外不出のメニューとか……」


 私は少し考えて……。


「じゃあ、鮭のシチューだけは教えませんね」


 そう言って笑った。

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