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歌う紫水晶亭の人々  作者: Bcar
閑古鳥の鳴く冒険者宿に集う人々
14/32

13:賢者の告白

 毎朝の定例のように、朝ごはんを食べ終わったハナ一行は整列し、まるで班長のようにあれこれ伝達したりするモーナさんを見ている。

 ウキウキしているのはミアさんくらいで、ダニエルさんやコークさんはつまらなさそうにしているし、ハナさんやオリバーさんは少し浮かない顔をしている。真面目に聞いているのはクリスさんだけだろうか。

 私には話の内容までは聞き取れないけれど、ここだけは聞き取れた。


「今日はハナ、ダニエル、オリバー、コークに行ってもらう。儂は少しお休みじゃ」

「転移術の使えるモーナ殿がいなくて、大丈夫なのか?」


 不安げに言うのはクリスさん。しかしモーナさんは不敵に笑う。


「大丈夫じゃ。もうひとり転移術の使える者がおるのでな。のう、コーク?」

「はーい、コークちゃん使えまーす」

「そうだったのかニャ、コカ! すごいニャー!」


 ひらひらと手をふるコークさん、それを羨望の眼差しで見つめるミアさん。ダニエルさんは知っていたのだろう、そんなに驚いていない。


「では、コーク。今日の目的地はこの付近じゃ。なるべく人と交渉させるのはハナに任せよ。でないと、縁があるのか否かもわからん」

「はーいよ。じゃ、いこっかハナ」

「なーんか最近オレ出ずっぱじゃねぇ?」

「ぼやくな、ダニエル。お前は戦力としても心強い」

「慰めんなよ、オリバー……」

「……じゃ、皆、行ってきます」


 残されたメンバーが手を振り、ハナ一行を見送る。オリバーさんが直してくれた扉のドアベルが涼しげな音を立てた。


「モーナ婆ちゃん、久しぶりのちゃんとしたお休みニャね。クリスは何して過ごすニャ?」

「僕は勉強だ。仮にもこのパーティの唯一の正式な癒し手なんだから、もっと技術を磨かなきゃ。ヴィジーさんに教えてもらってくる」

「ニャー、真面目さんだニャ……」

「儂も休む訳ではないぞ、ミア。次のハナと縁深い存在のいる場所の目星をつけねばならん。占いをせねば」


 そして、クリスさんとモーナさんは自室に戻ってしまう。すれ違うようにアマリアさんが下りてきたのを、クリスさんが呼び止める。


「アマリアさん、ヴィジーさんは?」

「しーらない。まだ寝てるんじゃない?」

「そう……じゃあしばらく自習してよう……」

「あいつから医術学ぶ気? 間違った知識植え付けられないようにね」


 クリスさんは少しだけむっとした顔をしたが、すぐに涼しい顔を取り戻し自室へ向かった。


「アマリア、おはよーニャ!」

「おはよ、ミアちゃん。今日もオフ?」

「ニャー……まだミアの出番じゃないってモーナ婆ちゃんに言われたニャ」

「モーナちゃんに? あ、ルツァ、朝ごはんお願い。今日はメニュー、何?」

「ハムとキュウリのサンドイッチだけど……別のものが食べたかったら用意するよ?」

「あ、不満があるとかじゃないの。じゃあ飲み物はコーヒーをお願い」


 朝食でたびたび白米を出すようになり、次元の口から美味しい緑茶と急須も手に入れたので、我が店の品揃えは大幅に広がった。いやまったく、ハナ様々だ。彼女が何者なのかわからないけれど。


 コーヒーをドリップしていると、アマリアさんが思いついたように言った。


「そう言えば、ミアちゃん。なんでダニエルさんやあなたはモーナちゃんをおばあちゃんみたいに呼ぶの?」


 それは私も非常に気になっていたことだ。だが、お客様のプライベートをあまり根掘り葉掘り聞くのもよろしくないだろうとぐっと我慢していたことだ。


「え、モーナ婆ちゃんは、モーナ婆ちゃんだからだニャ。だから、婆ちゃんなんだニャ」


 ミアさんはそう言うが……。


「……ルツァ、わかった?」

「ごめんなさい。さっぱり」


 私が首を横に振るとミアさんはしょんぼりしてしまう。


「うー……ミア、あまり賢くないから説明できないニャ……」


 ああ、お客様をへこませてしまった。慌ててフォローの言葉を入れる。


「あ、ミアさんを責めているわけじゃないんですよ?」

「そうそう、よくわからないけど、何か理由があるのね?」


 アマリアさんも助け舟をだしてくれる。ミアさんの表情がぱっと明るくなる。


「ニャ! 理由! それだニャ。でも、それを言ったらミア、モーナ婆ちゃんにたっぷり叱られるニャ……」


 ミアさんはさらにしょげてしまった。私達が困っていると高笑いが聞こえてくる。この声は。


「ミアよ、心配はいらぬ! この我、ヴィスジオラギアが説明してやろう! ルツァ! 朝食と紅茶を頼む!」

「ヴィジー?」


 アマリアさんは怪訝な顔をしている。ミアさんは喜色満面といったようにひげをピンと伸ばした。


カウンターの端っこ、ヴィジーさんの定位置にどっかと座り、長い足を組み、白い手袋に包まれた女性のように細い指をタクトのように振りながら、歌うようにヴィジーさんが考察を述べる。


「おそらく、あの者、モーナは記憶を引き継ぐ転生者なのであろう。しかも幾度もそれを繰り返している。でなくては、あの童女の姿であの豊富な量の魔力、知識の説明がつかん。我が思うに、千年以上は繰り返しているな。その理由まではわからんが、賢者サラへのリスペクトか、狂信か……まぁ、そんなところだろう」

「賢者サラ……って、オクタの旅に同行して、シオの峰の麓で隠居してるっていう、永遠の命を持った人だっけ? 確か、初代の陰の水の守護者様」


 私が思い出しながらそう言い、紅茶を差し出すと、オペラマスクの奥の金色の瞳がきらりと光る。


「あぁ、ルツァはオクタ教の信徒であったな。まぁ、伝承上の存在ではある。そもそもオクタに反旗を翻したというかつての火の守護者であった魔王とやらをシオの峰に封印していて、その番をしているというのが眉唾物だ。……で、どうだ、ミア。この我の名推理」

「ニャ!? ニャー……。そ、そんな感じ! だニャ!」


 ミアさんの目は四方八方に泳ぎまくっている。だが、ヴィジーさんは満足したらしい。サンドイッチを食べ終わり、少し冷めたコーヒーで口を潤したアマリアさんが口を挟む。


「……確かに、賢者サラを見たって一般人はいないし、永遠の命ってのが嘘くさいけど……。エルフの老人なんかだったら知ってる人もいるんじゃない?」


 ヴィジーさんはちちち、と指を横に振る。


「浅はか! ミス・アマリア、余りにも浅はか! そもそもエルフは長寿な者でも五百才程だ。四百まではゆっくり齢を経て、五十年程普通に老いてゆく。二千年前の戦を知るものなど、とうに死に絶えたぞ」


 それに反論するようにアマリアさんが鼻で笑う。


「はっ、浅はかなのはどっちよ? もしもモーナちゃんが記憶を引き継ぐ転生を続けているとするなら、賢者サラは違うと言い切れないじゃない? モーナちゃんと同じように、転生を繰り返してるかもしれない」

「……なるほど?」


 珍しくヴィジーさんが反論しない。少し考え、ぽつりと声に出す。


「記憶を引き継ぐ転生者……賢者に等しい魔力……。ルツァ、オクタの聖典における賢者サラの伝説では、『サラ』とはどのような姿だと伝えられている?」

「え? えっと確か……。『真冬の空気のように鮮やかな空色の髪、高揚した乙女の頬のように潤う、桃色の目、そして実り多き大地の色のように豊かな褐色の肌』……? あれ?」


 水色の髪。 桃色の目。 ……モーナさんと、同じ。肌の色は、違うけど……。少しの確信めいた声色で、ヴィジーさんが呟く。


「……モーナ嬢が、賢者サラ、か……?」

「え? モーナさんが賢者サラなんだったら……賢者サラが同行してるハナさんって……何?」


 私が困惑の声を上げていると、その時、上から声が降ってきた。


「くしゃみが止まらんと思っておったら、お主たちが噂をしておったか」


 モーナさんは桃色のワンピースを揺らし、ゆっくりゆっくり下りてくる。


「モーナ婆ちゃん!」


 ミアさんがモーナさんに飛びつく。小さく震えるその肩を、モーナさんが優しく撫で、こちらを向いた。


「ふふ、客の素性の詮索とは、なかなかいい趣味をしておるのう、ルツァ」


 大人びた表情で言うモーナさんは、もうただの十才の女の子には見えない。もしもヴィジーさんの仮説が合ってたら? もしも、モーナさんが賢者サラの生まれ変わりなのだとしたら? だったら、ハナさんは?

挿絵(By みてみん)

「まぁ、隠す必要ももうあるまい。我が名はモーナ。……正しくは、モーナ・サラ・ルンデル。初代天の守護者、オクタに同行し旅をした陰の水の守護者じゃ。……もう二十五回程度転生を繰り返しておる。モーナは今の肉体につけられた名じゃな。シオの峰にも儂はおるが、あれはまんまるスライムを変形させ、人の姿を取らせておるだけの人形じゃ。魔王を牽制する為のお守りじゃな。そして今、二十代目の陰の水の守護者として、天の守護者に同行し、新たな守護者を探す旅をしておる。……この宿を拠点にしておるのは、天の守護者にハナが選ばれ、本来の拠点であった聖地マーカの守護者の城に来た時、天の守護者拉致の依頼を受けておったコークに爆破されたからじゃ。つまるところ、ハナの仲間は皆……五行の守護者じゃ」


 ……信じられない、いや、信じにくい話だ。

 あんな、ごく普通の女の子にしか見えない子が、この世界の要になる、天の守護者様? 今までハナさんが連れてきた仲間は、皆、五行の守護者様?


「守護者はまだ全員は見つかっておらん。ハナの縁はか細く、選定に時間がかかっておる。ひとり見つけては、芋づる式に探しておる。陰の火の守護者コーク、陽の水の守護者クリス、陰の水の守護者が儂、陽の土の守護者ダニエル、陰の土の守護者ミア、陽の金の守護者、オリバー。今は風の守護者の反応を追っているところじゃ」


 興味深そうにふむと頷き、聞いているヴィジーさん。信じられないといった様子のアマリアさん。私は少し納得していた。私の名前が初代の金の守護者様から取られているとわかった時、オリバーさんが少し嬉しそうだったのは、自分も金の守護者だったからか。


「合点がいったぞ、モーナ。我々を仲間に入れられなかったのは、我々が守護者たりえなかったからか」

「うむ、そうなるな」

「……信じられない、モーナちゃんたちが、この世界を支える立場だなんて……」

「はは、正確にはまだその域まで達しておらん。此度の旅は少々厄介でな。……さて、ルツァよ」

「は、はい!?」


 急に話を振られて、私は思わず姿勢を正す。


「ハナには『故郷』が必要じゃ。お主は幸い、オクタの知識に造詣が深い。この宿に帰れば、自分の故郷と同等だと、ハナに信じさせてやるためにも……これまでと同じように、振る舞ってもらえぬか?」


 天の守護者は、百年同じ姿で生き、守護者たちも同じように生き、二度と自分の故郷には帰れない。

 ……私が、少しでも力になれるのなら。

 ハナさんのホームシックを取り除けるなら。


「……わかりました。今まで通り、ですね」

「ありがとう、ルツァ。やはりこの宿を拠点と決めてよかった」


 モーナさんは少しだけ年相応の、幼さのある笑みを浮かべた。

 新しいお客様たちはとんでもない大物だ。けれど、私は変わらなくていい。今までと同じように、接客するだけ。


 ダダダッと階段を下りる音。法衣を纏っていないクリスさんがヴィジーさんをその目に捉え、駆け寄ってきた。


「ヴィジーさん! 良かった、起きてきてて! 僕に癒やしの術を教えて下さい!」

「フハハハハ! この我に教えを請うとは、お主は優秀な癒し手になることは最早決定しておるようなもの! 良かろう、朝食が終わったらお主の部屋で学習を見てやろう!」

「……はぁ、仕事って気分じゃなくなっちゃった。ミアちゃん、後で一緒に市に行こうか。お肉買ってあげるから、ルツァに料理してもらおう」

「ニャー! カンガルーの肉、あるかニャ?」

「あはは、カンガルーはどうだろうなぁ」


 皆、普段どおりだ。何も変わらない。それを満足そうに見つめているモーナさん。


「やはり儂の判断に間違いはなかったな」

「……なんか、すみません。こんな宿で」

「何を言う。こういう日常が彼らには必要なのじゃ。これから先、どんどん旅と使命が過酷になっていく彼らには、な」


 言葉の意味はわからなかったけれど、少なくとも、褒められているのはわかった。

 だから、私は笑う。

 ……ハナさんが帰ってきたら、美味しい日本食を用意しよう。

 そう決めた。

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