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歌う紫水晶亭の人々  作者: Bcar
閑古鳥の鳴く冒険者宿に集う人々
10/32

09:和ます力

「やった、やったぞ! ハハハハハ!!」


 少女の高い声で高笑いが聞こえてきた。早朝六時少し過ぎ。よたよたした足取りで下りてきた声の主……モーナさんはその大きな目に隈を作っていた。


「モーナさん、おはよ……いや、寝てないんですか!?」

「ふふふ、暗いトンネルをようやく抜けた気分なんじゃ。占いの手も止まらなんだ。やはり鍵はコークじゃったな。これで仲間集めを再開できる。ルツァ、コーヒーをくれ」

「いいですけど……。ああ、えっと、すぐにシャワーが出るように火をともしておきますから、シャワー浴びてください。髪の毛ボサボサですよ。もう、小さい子なんだから夜はちゃんと寝てください! そんなんじゃ大きくなれませんよ?」

「はは、すまんすまん」


 私は大きくため息をつき、コーヒーを差し出す。最近、なんとなくだけど、ハナ一行の皆が使うカップも決まってきた。モーナさんは赤いラインの入ったマグカップだ。


 コーヒーを飲み、シャワーを浴びて身なりを整えたモーナさんの前に、朝食を終えたハナ一行の皆さんが整列する。


「ようやく闇を抜けた……といったところじゃ。旅を再開する。が、冒険者としてのルールとして同時に旅立てるのは四人まで、と決まっておる。ので、今日から留守番が発生する。了承せよ」

「わかったニャ!」

「で、ババア。今日は誰を連れて行くんだ?」


 ビーストのふたりがそう言うと、モーナさんが名前を読み上げる。


「うむ、まずはリーダーのハナ。これは外せん。そして儂、ダニエル、そして新しくメンバーに入ったコーク。今日はミアは留守番じゃ」

「はーい!」


 元気よくミアさんが返事をする。そして旅立つ四人をミアさんと見送った。


「ミア、お留守番はじめてだニャ。ルツァが普段どんな仕事してるか見れるニャね」

「そういえばいつも何かと理由をつけてダニエルさんやハナさんとお出かけしてましたもんね」

「ニャー。ミア、土の大地の田舎生まれだから、都会は珍しいもの、いっぱいだったんだニャ」

「はは、なるほど」


 ミアさんはきっとハナさんやモーナさんに選んでもらったのだろう、冒険に出る時のあの軽装ではなく、それでも身軽に動けそうなクロースを胸と腰に巻いている。

 私がお皿を洗うのを興味深そうに見ていると、カツカツと靴音を鳴らしてヴィジーさんが下りてきた。


「おやおやおやおや、今日はハナ一行はまだ揃っていないのか? ビースト娘ひとりとは、珍しい」

「おはよう、ヴィジーさん。ハナさんたちならもう出たよ。今日はミアさんはお留守番」

「ニャ!」


 ミアさんが元気に手を上げる。しかしヴィジーさんはさほど興味がないのか、ふい、と顔を背けた。

 ミアさんは不安そうに耳をイカにして声を潜めて言う。


「ルツァ……もしかして、ミア、ヴィジーに嫌われてるニャ?」

「いや、わかんないですけど……ヴィジーさん、結構人見知りする方なんで……」

「……ふぅん、そうなのかニャ……」


 ミアさんは私から離れ、新聞を読みながら当たり前のように私が紅茶を出すのを待つヴィジーさんに近寄る。


「ヴィジー、ヴィジー。何してるニャ?」

「なんだなんだ、娘。我は最新の情報をこの優秀な脳に詰めている最中だ。貴様に構っている程暇ではないのだよ。遊んでもらうならばまだ寝こけているブラウニーに遊んでもらえ」

「娘じゃないニャ、ミアはミアだニャ。ヴィジーとはちゃんとした自己紹介できてなかったニャ。ミアは土の大地から来たニャ。ヴィジーはどこから来たかニャ?」


 そういえば私が遮ってしまったのだった。少しバツの悪い顔をしていると、ヴィジーさんはフンと鼻で笑い、ミアさんの目をじっと見る。


「我と友になりたいのか、ミアとやら。ならば我の名を覚え、呼んでみよ。ヴィジーはただの登録名。本来の名前ではない」

「いいニャよ! やったニャ、ミア、ヴィジーと友達になれるニャ!」


 ヴィジーさんの口元がにやりと笑いの形に変わる。


「我が名はヴィスジオラギア・セルボシュインス! 二度とは言わん。さぁ、呼んでみせよ、ミアよ!」


 ミアさんはぽかんとしている。あぁ、ヴィジーさんの名前、一発で覚えられる人、そうそういないんだよなぁ。それを友達の条件にするなんて、意地の悪い人だ。


「ヴィスジオラギア・セルボシュインスさんっていうのかニャ? すごい立派な名前だニャー! エルフの貴族様かニャ? これからはヴィスジオラギアって呼んだ方がいいかニャ?」


 ……覚えた。

 ミアさんの思わぬ特技を見てしまった。ヴィジーさんも言葉を失っている。ぐいぐい顔を寄せてくるミアさんの頭を抑えながら困惑しているようだ。


「ねぇ、ヴィスジオラギアー! ヴィスジオラギア、返事してほしいニャー!」

「ええい、連呼するな! ヴィジーでいい、ヴィジーで! 朝食の後で構ってやる!」


 ヴィジーさんの完敗だ。私は笑いを堪えられず、顔を背けたまま紅茶を差し出す。


「ええい、笑うな、ルツァ!」

「だって……ふふ、ミアさん、お友達になれて良かったですね?」

「ニャ!」


 ミアさんは満足そうに笑ってひげを伸ばす。そして言われたとおり、ヴィジーさんが食事を済ませるまでおとなしくしていた。


「で、ミア。我と友になり、何がしたい?」


 口元を紙ナプキンで拭いながら、ヴィジーさんは腕を組んで偉そうに言う。まぁこの人が偉そうなのはいつものことなのだが。


「ヴィジーがどこで生まれたか、知りたいニャ。エルフの森、色んな場所に、いっぱいあるニャ?」

「我の森が知りたい?」

「モーナ婆ちゃんが言ってたニャ。エルフの森は色んな場所にてんてんとあるニャ。だから同じエルフでも風習が違うことも多いニャ」

「ふむ、あのわらべの姿の。……いや、まぁいい。我は水の大地の生まれだ」

「水……えっと、えーと、島のところが全部、水の大地だったかニャ? どの島かニャ?」


 そう言ってミアさんは壁に掛けられた世界図を見に行く。

 各所にぽつぽつと点在する島。中心が聖地マーカに据えられた世界図なので、オクタが生まれた……私も元々いた日本という島国は、左の方にぽつんと描かれている。ここも島なので、水の大地に含まれるそうだ。

 ヴィジーさんが近寄り、指差したのは、この土地からもさほど離れていない場所。……元の世界で言えば、イギリスに当たる場所だ。

挿絵(By みてみん)

「おおー、ここかニャ? いい場所だったかニャ?」

「我が森はエルフの言葉では霧の森と呼ばれていてな。人間が迷い込むことも少なくなかったな。そのまま居付き、子を成す者もいた。そのせいか、ハーフエルフも普通に暮らしている、まぁ、おおらかな森であったのではないかと思う」


 ……ミアさんすごい。子供特有の純真な好奇心がそうさせているのかもしれないけれど、あの自分のことはあまり語りたがらないヴィジーさんから、故郷の話を引き出すとは。


「もしかしたら、ヴィジーは故郷があまり好きじゃなかったかニャ? 申し訳ないこと聞いたニャ……」

「気にするな。古い話だ。他に疑問はないのか? 我の気が変わらぬうちに聞いておけばいいと思うよ?」

「じゃあ、なんで顔を隠してるのかニャ?」

「このマスクか? ふふ、それは我が余りにも麗しすぎるからだな。外せば後光が虹色に輝き、周囲の目を潰してしまう。だから我は顔を隠しているのだ」

「すごいニャー! しかも癒し手、お医者さんだニャ? いっぱい勉強してて、賢いニャ!」

「ハハハハハ! そうだろう、そうだろう。讃えよ、褒めよ」


 ……なんだかんだで、仲良くなれそうだ。良かった、と何故か少し安堵した。そうこうしている間にアマリアさんが不思議そうな顔で下りてきた。


「……ルツァさん、なんであの変人エルフとミアちゃんが仲良くしてるの?」

「あー……なんか馬が合ったみたいで?」

「ふーん……」


 ……なんか、アマリアさん、ご機嫌斜め?

 いや、これは今までふたりっきりでギャイギャイ喧嘩しかしてなかった相手が笑って会話してるのを不思議に思ってるという感じだろうか。


「アマリアさん、ゆで卵、どのくらいの硬さがいい?」

「ハードボイルド」

「はいはい」


 アマリアさんの朝食を用意している間も、ヴィジーさんとミアさんは楽しげに会話を続けていた。


「……その時、我に啓示ともいうべき閃きが走った。これは食事による服毒である、と! ならば犯人は明確であろう? わかるか?」

「はい!」

「答えはなんでしょうか、ミアくん!」

「その時の調理を担当した人だニャ! その冒険者さんは無事だったのかニャ?」

「そのとおりだ。つまり、毒に無知な者が調理をした為に起きた事故であり、事件性はなかった。安心したまえ、ミア。その冒険者は我が即座に治療し、今も元気に働いている。彼はこう言ったよ。『もうあいつの作った飯は食べたくないね』と」

「おおー!」


 アマリアさんが食後のコーヒーを飲み干しても、ふたりは楽しげに会話を続けていた。ミアさんはアマリアさんが食事を終えるのを待っていたのか、アマリアさんに声をかけた。


「アマリアもヴィジーの話、一緒に聞くニャ! 楽しいニャよ?」

「やぁよ、ミアちゃん。私そいつ嫌いだもん」

「我も嫌だぞ、ミア。我の声がもったいない」

「えー? 皆仲良くしたら楽しいニャよ。ほらほら、一緒に座るニャ!」


 そう言うが早いか、ミアさんはヴィジーさんの手を引きテーブル席に座らせ、アマリアさんも椅子から下ろし、ヴィジーさんと同じ席に座らせる。


「ちょ、ちょっとミアちゃん?」

「ミア、我はミス・アマリアと仲良くしたいと思わないのだが?」

「ルツァ、お茶が欲しいニャー! ほらほら、ヴィジー。もっとお話して欲しいニャ! 他には重症だった人を治した話はないのかニャ?」


 離れようとするふたりの手を握ったまま離そうとしないミアさん。その奥に潜む爪を恐れてか、身動きが取れないアマリアさんとヴィジーさん。やがて抵抗をやめておとなしく座り直す。


「で、では、ドラゴンの炎に焼かれた者の話をしてやろう」

「待ってよヴィジー。ドラゴンってあのドラゴン? 伝説上の話じゃないの?」

「黙って聞け、アマリア。オチを急くものではないぞ。これはドラゴンの伝承が残る村で仕事をした時の話だ……」

「ドラゴンなんてほんとにいるのかニャ!?」

「ミアも! だからオチを急くものではない!」


 私が洗濯と部屋の掃除を終え、テーブル席に提供したお茶のポットのみっつめが空になる頃。


「つまり、その村でドラゴンと思われた生き物は火蜥蜴サラマンダーであり、伝承にあるように消えぬ炎ではなかった。よって、我は無事に執刀し、壊死した肉を切り落とし、高度な治癒魔術を持ってして肉を再生させ、彼の窮地を救うことが出来たのだ。どうだ、我の偉大さが理解できたかな、アマリア?」

「えー? ドラゴンが火蜥蜴だった、ってところは信じられるけど、ヴィジー、本当に肉体を再生させる魔術なんて使えるの?」

「ふむ、例え切断された肉体でも、患者に息があり、かつ的確に筋組織をつなぎ合わせることが可能ならば、何の損傷もなかったように治癒できるぞ? それもこれも我が高度な術と優秀な知識があってこそ、だ。どれ、ここにいるアマリアを使い、この場でやって見せよう」

「ちょ、勘弁してよ!」

「あはは、ヴィジーは面白いニャー」


 ……あの蛇蝎のように嫌いあっていたアマリアさんとヴィジーさんが、それなりに和やかに歓談している。私は夢でも見ているのだろうか。

 それとも、これがミアさんのある種の力なのだろうか。

 私の視線とミアさんの視線がかち合った。ミアさんはにっこり笑うだけだった。

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