海
一日目
海
22:32→23:03まで
青い海。青い空。私はこの季節が好きだ。
眩しい太陽に焼かれながら薄着になって水へと飛び込むのもいい。帽子を被って山を駆け巡るのもいい。夏という季節は人を元気にする力がある。
今年も海の時期がやってきた。
私はこの田舎の海の家でバイトをしている。
観光客も居ないような寂れた海の家で……。
「ちょっとなるみちゃんあまりボサっとしてないでおつかい頼まれてちょうだい」
調理場の暖簾から頭を突き出した日に焼けた美人さんが指図してくる。
「いやだーこのクソ暑い中誰が好き好んでわざわざ隣町と大差ないくらい遠いスーパーまでおつかい行くと思うんですか!!せめて日が落ちてからにしてくださいよ」
私は客が居ないことを良い事に客席の机に体を預けている。
「行ってくれたらついでにアイスでも買っていいから、ほら早く」
アイス程度の安い報酬で動くほど私の燃費は良くない。特にこの海の似合う季節には全くと言っていいほど動かない。
「すみませーん?かき氷一つイチゴ味で」
入口の方から若い男性の声が店に響く。
「ん、はーい!ほら、お客さん来たからさっさとシャキッとする」
「わかりましたー。それじゃー暁なるみひとっ走りしてきまーす」
「はいはい、いってらっしゃい」
調理場からはかき氷機の動く音が響いて来る。
海の家を出て裏手に止めてある自転車のサドルで一度軽く火傷して自転車を浜辺から道路へと押し上げる。自転車またがりそのまま海沿いの平地をギアを少しずつ上げながら漕いでいく。昼を少し回った太陽はまだ空高く波に合わせて私の視覚へと存在をアピールしてくる。
そんなにしなくてもちゃんとあんたの事はわかってますよ。
海と山の間を30分程走らせると隣町と大差ない距離のこの町唯一のスーパーに到着した。
スーパーの駐輪場に自転車を止めて鍵を掛け……ない。多分帰りに触れなくなる。
スーパーの自動ドアが開くと中の冷たい空気が薄着の格好の私を癒してくれる。ああ、ここが天国か。などと思いつつカゴを取り渡されたメモを元に買い物をしていく。
「えーと、焼きそば麺10袋にキャベツ3玉……自転車で来たのは間違いかもしれないな」
帰りのことを考えて憂鬱になっている所に聞き覚えのあるような無いような声が耳に入ってくる。
「あれ?なるみちゃん?なるみちゃんだよね?元気してた!?」
声のした方を見るとお菓子コーナーでしゃがみこんで駄菓子を見つめる旧友の姿が。
「あー……山田さんだっけ?」
「そう!覚えててくれたの!久しぶりだね!こっちでの暮らしはどう?」
山田さんは中学まではこっちに住んでたけど父親の仕事の都合で東北の方に行っていた子だ。
「んーまあ、バイト先のおつかい頼まれるくらいには元気だよ。こっちは相変わらず暑くて何も無い変わらない日々を送ってるよ」
「本当に暑いよね!!バイト先のお使いでその量の買い物?私、お母さんと一緒に来てるから乗せてって貰えないか聞こうか?」
「いや、私自転車だから」
「そっかー……自転車は流石に乗せれないな」
棚の向こうから彼女の母親らしき声がする。
「千秋ー?そろそろ帰るわよ」
「はーい!今そっち行くから!ごめんねお母さんに呼ばれたから行くね」
彼女は手を振りながら小走りで去っていく。
えーとあとは、サラダ油2リットル……。
買ったものをダンボールに詰めてもらい紐で括りつけて帰り始めた。
店に入る前よりも暑い気がする……。
海の良く見える道を自転車で駆け抜ける……。これを言葉に表すのは難しい。だが、この空の透き通るような青さと海の鮮やかな青をどちらも楽しめるこのクソ暑い季節が私は大好きだ。
海の家に帰りつく時には既に午後4時を回っていた。
「あ、おかえりー遅かったね彼氏と遊んでたの?」
「私に彼氏がいないことを知った上で言ってるならその綺麗な顔にそこの熱々の砂をかけてあげるよ」
互いに冗談を交わしつつ私は買ってきたダンボールを店の調理場の机に置いた。
「いやーほんとご苦労ご苦労。ほら、これはお駄賃代わりのかき氷だよ」
目の前に置かれた透明な少し大きな器には真っ白い山が盛られている。
「シロップは?」
「みぞれと粒あんと白玉三つ」
「ほんと変わんないね」
「それほどでも」
私が氷を食べる度、目の前には海が広がっていく。
今度、山田さんを連れて来ようかな。
このシリーズは雪宮が小説を書きまくりたいという考えから生まれたものです。
イラストを30秒で描くドローイングを元に行っています。
今回は30分で書きました。
楽しかったです。